第五章 04 復讐を叫んだのは
新年にはパーティをひらき、プレゼントを贈り合うのがこの国の習わしだ。せっかく迎えた新年の初日に、ミニスにはリボンを奪われ、兄からもらったのは怒鳴り声。散々な年始だ。
おまけに体が熱を持ちはじめた。刺繍を完成させて気が抜けたせいか。いや、刺繍が大詰めを迎えたころからずっと、疲労感が抜けないでいる。
「う~ん……、風邪薬とかあったかな?」
一階のソファでだらだらしていたラティエルは、重だるい体を引きずって近くの棚を探る。いよいよ頭がボーッとしてきたところへ、ノック音が響いた。ドアをあけると侍女リリーが食事を部屋へ運び入れる。
ドロリスが連れてきた侍女のひとりで、セピア色のくすんだ茶髪をゆるくまとめ、前髪で左目を隠している。愛想のない不気味な侍女だ。
(ああ、もうお昼か……)
リリーはラティエルの食事中ずっとそばにいる。あとで食べると言っても、片づけがあると言って聞いてくれない。今日も食べ終えるまで居座るようだ。
「ねぇ、今日は食欲がないから……いらないわ」
「いけません、お嬢様。召し上がらなければ病気になってしまいますわ。スープだけでも……。さぁ」
無理やりスプーンを持たされる。病気になるも何も、すでに死にそうだ。仕方なくスープを口に運ぶ。ここに来てから毎日このスープ。スパイスがきいていてあんまり好きじゃない。それを半分ほど飲んだところで、とうとうラティエルの手は動かなくなってしまった。
(体が動かない……、心臓がどきどきする……)
意識が朦朧とするなかリリーに助けを求めたが、伸ばした手は乱暴につかまれ、すぐそばにあるソファへ引きずられていく。痛いという声も出ない。突き飛ばされたかと思えば、リリーはその上に馬乗りになった。
「ふん、やっと効いてきたのね」
「……?」
「恨むなら母親を恨みなさい。悪役令嬢の娘に生まれたのが運の尽き。あの女はわたくしから何もかも奪ったの。まずは家族から奪ってやるわ」
――悪役令嬢? アイリスの言っていたあれか、とラティエルはぼんやり思う。
前のめりになったリリーの前髪が浮き、あらわになった左目がおかしい。白目まで黒ずみ、意思を持っているかのようにギョロギョロと動いた。おそろしさに悲鳴をあげようとしたが、まったく声が出ない。
「っ――⁉」
「これは復讐よ!!」
鼓動は早くなるばかり。寝そべっているせいか脈の音がうるさい。それに、この声には聞き覚えがあった。
(似てる。あの復讐を叫んだ声は、リリーだったの?)
気が済んだのか、リリーは二階へ上がり、何かを手にして小屋を出て行った。
内臓を押さえつけるような不快な気持ち悪さが、思考能力を奪っていく。額に汗がじっとりと滲む。
(うっ……、なんだか昔に戻ったみたい)
それは星乃の記憶だ。めまいや動悸に悩まされる毎日。だがそれを訴えて、親を困らせたくはなかった。我慢して口角を上げていれば、両親は笑顔を向けてくれる。
(息がしづらい……、わたし死ぬのかな)
そのとき、乱暴にドアが叩かれる音がした。蹴りを入れているようにも聞こえる。そういえば先ほど、ドロリスが『痛い目に遭わせる』と言ってなかったか。きっと下働きの男たちを送り込んで来たのだろう。
小屋には結界を張っている。母とラティエルの二重結界だ。そうそう破られることはない。そう考えた刹那――雷が落ちたような轟音と、大地を揺るがす振動に包まれた。母とラティエルの魔力が取り払われたのがわかる。
(まさか……嘘でしょう⁉)
ラティエルの結界だけならまだしも、母の結界が破られた。我が国一番の魔術師と謳われた、あの母の結界が。そんなことがあり得るのか。
衝撃に身を揺らしたラティエルはソファから滑り落ちる。軋むドアが不穏な音を立ててひらいた。ソファが死角になっていて、お互いに姿は見えない。数人の足音が、二階へ駆け上がって行った。
(今のうちに……逃げなきゃ)
視界はモヤがかかったようにハッキリしない。遠くで何かを探す気配はするが、もう耳もよく聞こえない。とにかく今は、外へ逃げなければ。
這って這って、やっとの思いでドアまでたどり着いたというのに、下男たちを従えたドロリスがこちらへ向かってくるではないか。
「まだそんな力が残っていたなんて。これ以上、屋敷を風通しよくされては困るわ」
ドロリスが口を動かしているが、ラティエルには聞き取れない。いい加減、気絶できたら楽なのに、まとわりついた鈍い痛みが、ラティエルの意識を何度でも引き戻すのだ。もう後ずさる気力もない。
「さすがに力尽きたようね。あなたたち、あとは任せたわよ」
ラティエルを一瞥してドロリスが踵を返す。近づいてくる下男たちを見て、何を言っていたのかを察した。下男のひとりがラティエルの頭に手を伸ばす。髪の毛をつかみ上げるつもりか。
「ッ、ギャアアァァ――!!」
今度はラティエルにも聞こえた。すぐ目の前で、男が腕を押さえてのたうちまわっている。霞む目を凝らして見上げれば、腕が氷漬けになっていた。
――次の瞬間、ふわりとラティエルの体が浮いた。誰かに抱き上げられたようだが、もう限界がきてしまった。目をあける力もない。
「ラティ⁉ しっかりしろ! ラティエル!」
「お嬢様⁉ この症状は旦那様と同じ……、エピス毒ですわ!」
幻聴か、遠くにジルの声を聞いた気がする。レジーナの声もした。それを最後に、ラティエルの意識は遠のいていった。




