第二十三章 01 別れの手紙
魔人として唯一生き残ったウェインは死刑を希望した。命令だったとはいえ、すでにふたりも命を奪った罪がある。
国王はこれを了承したが、ウェインを探していた母親が名乗り出て、減刑を求めた。酌量の余地があり減刑が認められるも、どこの監獄からも受け入れを渋られ、いまだ王宮の牢に囚われている。
王子たちやその婚約者の命を狙った首謀者として、元ベガ家のピエールとリリアの名が公表された。
エリスとミニスの実父――先代サルガス伯爵を落馬事故に見せかけて殺したのも、ピエールだった。すでに死亡したピエールの亡骸は魔法で灰に。リリアは絞首刑のうえ、同じく亡骸を灰にする。墓は建てられない。
エリスについては第四騎士団が調査し、レプタイル帝国第二皇子の妃候補として迎えられたことが確認され、手が出せないでいる。
カストル辺境伯令嬢ルイーズは、十歳で記憶が止まったままだった。断片的に話された内容をつなぎ合わせた結果、自分の中にいるもうひとりの人格“エロイーズ”が、ジャイルズの剣にひどく怯えた辺りから記憶がなくなっている。
このことからお咎めなしとなったが、今後カストル領から出されることはないだろう。
エロイーズの本当の父――ミルザム子爵は、サルガス伯爵を牢内で殺害したことを認めた。反省の色も見られないことから絞首刑が決まった。
ピエールたちの脱獄を許してしまったカストル辺境伯も責任を取り、爵位を息子に譲って蟄居した。あらたにカストル辺境伯となったのは――
「ラティ!」
貴族の正装に身を包んだハーヴィーが足早に近づいてくる。煌びやかな王宮でもひと際目立つピンクがかった金髪に、星の瞳。成人済みのハーヴィーは、すっかり貴公子の風格を備えている。
「ハーヴィ……じゃなくて、カストル辺境伯閣下。ごきげんよう」
ラティエルはいつになく瀟洒なドレスをまとい、淑女の礼で迎えた。何せ今日は、王太子となったテオフィルスとブリジットの結婚パーティー。淑女モードでお祝いしたい。なのにハーヴィーはしかめっ面を見せる。
「やめてくれよ。今までどおりで頼む」
「あら、わたくしは今までのラティエルとは違いますのよ?」
先月、十六歳の誕生日を迎え、ラティエルは正真正銘の大人になったのだ。
扇子を広げて口もとを隠し、ふふふと優雅に微笑んでみせる。
ハーヴィーは少し考える素振りをして、残念そうにため息をついた。
「そうか……、女性向けの美しい剣帯が手に入ったんだけど、淑女には必要ないな」
「うふふ、ふっ⁉」
「女性騎士を有する帝国産だから作りも細やかで、あ……いや、淑女様には興味のない話でしたね」
「ま、待って。今日は淑女だけど、明日は違うから!」
「ぶはっ! 日替わり定食かよ!」
いつものように笑い転げるハーヴィーを見て、今しかないと思った。聞きづらい内容だが、とても気になっていたことがある。
「ねぇ……、お兄様とは話せたの?」
「ん? ああ……話せたというか、一方的に罵倒されて終わったかな」
「……そう」
呪いを解く場にはハーヴィーとディーン、そして関係者が集められた。
彼らの両親であるアーサーとロザリンはもちろん、ディーンの本当の父親であるダルシャンという家令。彼はカノープス公爵家から追放された長男で、ルーシャンの兄だという。ロザリンに恋をして忘れられないままカストル家に仕え、主を裏切った。
事が発覚した当初、アーサーは親子ともども鉄槌を下そうとした。ところが、ロザリンに泣きつかれ、我が子として育てる道を選んだのだ。
「面会するなり、兄上から殺意を向けられたよ」
騎士に取り押さえられながらも、ディーンは心ない言葉をハーヴィーに浴びせた。
「兄上は知っていたんだ。自分が父上の子どもじゃないって」
それでもアーサーは子どもたちに分け隔てなく接した。ディーンがハーヴィーに呪いをかけたことを知っても、見捨てなかった程に。それはダルシャンに対しても同じで、二度と裏切らないという言葉を信じて屋敷に残した。
「ハーヴィーのお父様って、懐が広いよね」
「ダルシャンが家令として有能だったからだよ。それが余計に、兄上を調子づかせちまった」
変わらずカストル家の嫡男として扱いを受けるうちに、ディーンはさらなる望みを持つようになる。
――星の瞳があれば、王位も狙えるのではないかと。
「もちろん原因は、ピエールや姉上が唆したからだけど、兄上自身の意思も大きかったと俺は思ってる」
我が国において、他者に呪術を行使した者には極刑が科される。だが、ハーヴィーに呪いをかけたディーンは、当時まだ十歳。そのことを考慮して極刑を免れたというのに、皆の前で暴れたディーンの心証は最悪だった。
まるで厳罰を望んでいるかのよう。そこでハーヴィーは気がついた。ディーンの放つ殺意が、半分はディーン自身に向けられていることに。
「兄上なりに、自分の行いを恥じているんだと思ったら、変な希望を抱いてしまったんだ。更生の余地があるんじゃないかって。また……、昔みたいに……」
ハーヴィーは言葉に詰まり、何かを振り切るように窓の外へ視線を向けた。
「呪いを解いたあと、兄上の両目は焼け爛れて、治癒魔法でも治らなかった。痛かっただろうし、この先何も見ることができない。なのに……、そうなってやっと、兄上が笑ったんだ。ホッとしたみたいに」
おかしいだろ? と笑うハーヴィーの顔は、今にも泣き出しそうだった。
ラティエルはそっとハンカチを差し出す。ハーヴィーは手を伸ばし、けれどハンカチを取るでもなく、その場にひざまずいた。
「ラティエル」
「な、何? どうしたの?」
「俺……いや、私の手を取ってくれないか? 必ず幸せにすると誓う」
「ハーヴィー、わたしは……」
その手を取るわけにはいかない。ラティエルの心を占めているのはジャイルズだけだ。この気持ちを偽ることなど、もうできはしない。
ラティエルが口をひらく前に、ハーヴィーが続けた。
「これはジャイルズ殿下の意向でもあるんだ」
「――え?」
「答えを聞いてから渡そうと思ったんだけど……、迷いがなさそうだからな」
ハーヴィーは立ち上がり、懐から手紙を取り出した。封蝋には第二王子の紋章。ジャイルズのものだ。
思わず披露宴の壇上に目を向ける。ジャイルズは王族の席から動かず、公務と同じように氷の彫刻と化している。祝いの席ゆえ、わずかに微笑んではいるが。そういえば、今日はまだ一度も目が合っていない。
(いつもならすぐに目が合うし、いつの間にかそばにいるのに……)
ラティエルは人差し指に風魔法をまとわせて封を切る。わずかに震える手をもどかしく思いながらも、手紙を広げた。
『ラティエル。あれからよく考えてみると、騎士を目指すそなたに公爵夫人が務まるとは思えない。辺境伯夫人が相応しいだろう。ハーヴィーと幸せになってくれ』
ジャイルズの文字で間違いない。見慣れた達筆な筆跡で、淡々とした言葉が並んでいるのに、文字からはなぜか、ジャイルズの苦しげな顔が思い浮かんだ。
――これはジャイルズの本心なのだろうか?
(でも、公爵夫人のくだりはそのとおりだわ)
社交なんてラティエルがもっとも苦手とする分野だ。母は夜会にお茶会にと出向いては情報収集も発信も怠らない。同じことを求められたら、ラティエルは早々に音をあげるだろう。
――ああ、これは仕方がない。
ラティエルは顎に手をあて、思わずこぼした。
「……でき過ぎてる」
「うん? 何がだ?」
「この文章、わたしがあきらめられるように書かれたものだわ」
「そりゃぁ……女性を振るんだから、そう書くだろ?」
「そうなんだけど、そうじゃないのよ」
ラティエルは騎士を目指している。女主人と騎士、二足のわらじを履くのも気が滅入る。しかも公爵夫人という立場がのしかかれば、『自分には無理だから仕方がない』と言い訳ができる。これはジャイルズから贈られた“逃げ道”だ。
(外堀を埋めようと動いていたくせに、わたしを逃がそうとしてる。どうして?)
ラティエルはもうひとりじゃない。幸せにならなければユスティアの心を守れないし、ティナの出世にもかかわる。ラティエルが結婚して幸せになれるとしたら、その相手はひとりしかいない。
だが、まずは――ラティエルは顔を上げ、ハーヴィーをまっすぐに見つめた。
「ハーヴィー、あなたの手は取れない」
ごめんなさいという言葉は違う気がして飲み込んだ。
告げるとすぐに、ハーヴィーは眉尻を下げながらへにょりと笑った。
「だろうなぁ。まぁ、わかってたけどさ」
「ハーヴィー……」
「あの殿下がラティを手放すなんておかしいだろ? だから調べてみたんだ」
「何かわかったの?」
前のめりに聞くと、ハーヴィーも顔を寄せてきた。小声でささやき合う。
「ケンタウルス家の噂を知ってるか?」
「噂……ううん?」
「なんでも王家の――」
「――おやおや。顔を寄せ合って、良からぬ話かな?」
突然割って入った声に振り返る。白髪混じりの金髪に星の瞳。「学園長」と言いかけて、ふたりともすぐに膝を折った。ここは学園ではないし、貴族の装いからして「殿下」とも呼ばれたくないのだろう。
「「ケンタウルス公爵閣下」」
「その名で呼ばれるのもあと少しだね。早くジャイルズに任せて、悠々自適な隠居生活を送りたいものだよ。――ああ、楽にしてくれ」
「「はい」」
ケンタウルス公爵オスカーは、意味深な笑みを浮かべてふたりを見つめ、ハーヴィーへ声をかけた。
「カストル卿。婚約者でもない未婚の女性に顔を寄せるなら、相応の覚悟を持ちなさい。もう子どもではないのだから」
「元より、そのつもりです」
「そうか。……ということは、あの子は振られてしまったのだな」
オスカーは顎をなでながら、残念そうにラティエルを見た。
とんでもないと、ラティエルはふてくされ気味に答える。
「振られたのはわたくしのほうです。公爵夫人には相応しくないと」
その言葉にオスカーは目を瞬き、次いで口もとを押さえ、吹き出した。
「――失敬。ジャイルズは本気で君を愛しているんだね」
「なぜ、そう思われるのですか?」
「この話は長くなりそうだ。場所を移そう。君も来るかね?」
オスカーの誘いにハーヴィーは腰を折る。
「私はテラスで涼んで参ります」
「賢明なことだ」
微笑んでオスカーはドアへと向かう。そのあとに続きながらも、ラティエルは小さく手を振ってハーヴィーと別れた。




