第三章 03 母は悪役令嬢
誕生日から三日後、ラティエルにお客様がやって来た。母の手紙と一緒にペンダントを送った相手――ポラリス魔宝伯だ。
金の刺繍がふんだんに入った紫紺色のローブをまとい、フードを目深に被っている。口もとにも布をあてているようで、下から見上げるラティエルでさえも、顔はまったく見えない。
一階の応接室へ通すと、おっとりした声が部屋に落ちる。
「人払いをお願いできますか? お嬢様」
女性の声だった。ラティエルはお茶を持ってきたメイドたちを下がらせ、大丈夫だからとドアを閉めた。――刹那、フワリと暖かい空気が部屋を満たし、結界が張られたのだと気づく。
「防音と認識阻害を少々……。ごめんなさいね、わたくし顔を知られたくないの」
そういえば、謎多き魔道具師との噂を思い出す。顔も見せない得体の知れない相手に対し、おっかなびっくり礼をとる。
「お初にお目にかかります、ポラリス魔宝伯爵様。ラティエルと申します」
「アイリスと呼んでちょうだい。あなたのお母様とは親しい仲なのよ。それなのに娘が聖女であることを隠していたなんて、ひどいわ」
「せ、せいじょ?」
「あら、本人にも教えていなかったのね。まずは……、ラティエルと呼んでもいいかしら?」
「もちろんです」
向かい合ってソファに座る。アイリスは口もとの布をずらしながら器用にお茶を飲む。カップをソーサーに戻したのを見計らい、ラティエルから切り出した。
「アイリス様は、母とどのようなご関係なのでしょうか?」
「そうねぇ、セレーネ様とは学園の寮でルームメイトだったの」
母の学生時代など聞いたことがない。ラティエルは興味津々で前のめりになる。ところが、次にアイリスから出てきた言葉はとんでもないものだった。
「セレーネ様は学園きっての悪役令嬢として、それはそれは有名だったのよ」
「――あ、悪役令嬢⁉」
なんだか前世で聞いたことのある言葉だ。地位も気位も高く、恋敵をいじめるような役どころではなかったか。
(たしかにお母様にピッタリかも。生まれは公爵令嬢で、やられたら倍にしてやり返すような性格だもんね)
「現在の国王陛下が第二王子であることはご存じ?」
「はい。でも経緯までは……その、不勉強で……」
「ふふ。セレーネ様はね、第一王子の婚約者だったのよ」
「こんやくしゃ…………、ええっ⁉」
「でも第一王子は、とある男爵令嬢と恋に落ちてしまったの。それで婚約破棄を突きつけられて……、あのときのセレーネ様はウットリするほど恐ろしかったわぁ」
口調から、恍惚としているだろうアイリスに、倒錯的な気質を垣間見る。賢明なラティエルは黙って続きを聞いた。
「最終的にはセレーネ様がやり込めて、王家から賠償金をタンマリいただき、第一王子は王位継承権剥奪のうえ、北の辺境へと追いやられたのよ」
「北の辺境……ですか?」
「今はカストル辺境伯と名乗ってらっしゃるわ」
「カストル⁉」
カストルといえば、ハーヴィーの家ではないか。彼が第一王子の息子だったとはおどろきだ。同時に我がレグルス家が、カストル家と仲がよくない理由もわかった。
ともあれ親同士のいさかいなど、子どもたちには関係ない。だからハーヴィーの研修を受け入れたのだろう。現にアデルもラティエルも、ハーヴィーとは仲がいい。
それからも昔話を聞きつつ、ラティエルの目はテーブルの上に置かれた箱に引きつけられていた。
視線に気づいたアイリスが、小さく笑って箱をひらく。そこには青色の輝きを取り戻した星の石のペンダントがあった。
「ふふ、あのセレーネ様が魔獣ごときに斃されるわけがないと思っていたのよ。だから手紙を受け取ったときには笑ってしまったわ。――それで、セレーネ様は?」
「母は……」
母がどこまで手紙に書いたのか知らないが、アイリスに隠し事をするべきではないだろう。今まで起きたことを話した。
「――というわけで、猫の姿のまま、谷底へ……。まだ見つかっていないんです」
「そう、だったの……」
顔を隠しているアイリスがどんな表情をしているのか想像もつかない。落胆させてしまっただろうか。ためらいがちに声をかけようとして――絶句した。
口もとに手をあてたアイリスは体を揺らし、とうとう声を出して笑いはじめたではないか。
「うふふっ、ふふ。ご、ごめんなさいね」
何がおかしいのだという不審な気持ちが顔に出ていたのだろう。ラティエルに貴族の仮面はまだ備わっていない。慌てた様子でアイリスが咳払いをした。
「ンンッ。セレーネ様は指輪を口にくわえたのよね? それなら数秒で指輪に溜めてあった魔力を受け取って、人間に戻っているはずだわ。……あの指輪、わたくしが作った魔道具なの。人間に戻れば魔法も使えるから、うまくやったはずよ」
「ええっ⁉ ではなぜ、母は家に戻ってこないのですか?」
「ふふふ。そう、そこよ! 愛しい我が子に会うのを我慢してまで身を隠している。これは何か企んでいるわ。――ええ、絶対に!!」
アイリスの言葉に気が抜けてしまった。本当にそうだったらいいのだが、谷に落ちてから、もう二ヶ月も経った。父の具合もよくない。
「わたしに……、できることはないのでしょうか?」
「あるわよ。まずは、あなたの力を取り戻しましょう」
「――ちから?」
青いペンダントを手にしたアイリスは、ラティエルの隣に座った。ペンダントをラティエルの首にかけ、メモを目の前に突きつけた。アイリスから発せられる無言の圧は「さぁ読め」と言っているようで、ラティエルは戸惑いながらも声に出して文章を読みあげる。
「我は星に願う者なり。ラティエル・レグルスの名のもとに、刻下、全権を継承する?」
言い終えると同時にペンダントの星の石が光った。青い光に金の粒が舞う。光をまともに見てしまったせいか、ラティエルの意識が遠のいていく。
「いってらっしゃい、ラティエル」
意識の沼に沈む前に、優しく頬をなでられた気がした。




