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小田切と大宮の二人が突然何やら思いつき、老師に食いついてきた。
「お前等 何を言っているのだ?」
依然ピンとこない久保田は不満げに二人に顔を向けた。
「馬鹿!ここまで言われてまだ理解できぬのか? 転移だ! 転移魔法だ!」
普段なら小田切のその言葉に反応して、言い合いになる久保田だが流石にそれを言い出すような状況では無かった。
「はぁ?? 転移魔法って あの・・転移か?」
改めて老師の顔を繁々と覗き込んでいた。
「うん 正解だ。ここまで実証するのに時間がかかったがな・・」
にこにこと老師は皆の顔を見渡した。
「嘘だろう? いや・・そもそもこの魔法で老師は異世界から・・・」
久保田はまだ自分の考えに整理がつかないのか何やら呟いていた。
話に聞いていた転移にて異世界から帰還したのはそれなりに理解していたが、実際に今その魔法を行使したとの現実感がイマイチ現実味が湧かないようだ。
そんな久保田を無視して小田切が質問を開始する。
「・・そうか、この周辺に印が多いのは近場の転移を繰り返して行い安全性の確認に時間がかかったと?」
「はい 小田切さん 正解です。いくら異世界での慣れがあったとて、この世界では状況が違う。
慎重にならざるを得ないからな、まぁ転移の序に近くのサテンやら本屋にて買い物をしたり息抜きも行ったのでな」
何やら どうだ凄いだろうと 偉そうな子供じみた態度も少し感じられるが・・。
「・・だから唐突に居なくなったり、現れたりと・・」
「うむ 当初はかなり慎重に発動していたぞ、なんせ欲張ると大変な結果になるからな」
転移での距離ミスは死亡事故につながると、老師から聞いた覚えがある。
当然慎重なデーター集めから始まったものと思われる。
「それで 最高到着地点がここですか?」
大きな地図の一番遠くに描かれている印を指さす。
「そうだな その地点が今の所の最高到達場所となるな」
「・・おおよそ、片道50キロ弱ですね、、」
地図にのっている縮小の距離計を見ながら小田切が推測する。
「ついこの間の記録だ、往復で百キロが限界だな。帰り着いた時はかなり気分が悪い状態だった」
「・・こんな山に近い場所にどうやって転移できたんですか?」
転移は一度は行った場所が条件と聞いた。
この場所に何か思い入れが?小田切はそう感じていた。
「いや これを見たぞ」
あっけらかんと老師はある雑誌を取り出した。
ローカル地区の観光案内雑誌であった。
「ここの歩きの里山コースがおすすめと写真と案内文があってな・・」
雑誌に書かれた記事と写真を頼りに転移したと言う。
「その他にもこんな本から転移の行先を決めたな・・」
尚も数冊の雑誌等を机の中から取り出して並べていた。
はぁ・・・ 3人は軽いため息をついた。
そうか 何も一度行ったところが条件ではなく、その場所が正確に認識できれば、写真からでも転移が可能になると理解したのだ。
「でだ、大事な事だが・・俺は異世界に行けるのかな?」
久保田がそろりと一番の関心事について老師に尋ねる。
それに対して老師は苦笑いをしながら答える。
途端にその場の空気が緊張感に包まれ始めた。
「現段階では正直無理だ、使用する魔力量が半端ないほど不足している。なれどお前たちの協力次第では近い将来可能になるかもしれん」
「「何を協力すればよいので?」」
高弟二人の食いつきが異常なほどに良い。
あまり感情を見せぬ小田切も久保田に負けぬ勢いで希望していた。
「もう少しデーターを集め、必要な品の精査を行っての話になる」
「「必要な品・・?」」
「あくまで可能性があるかもと言う話だ、確信が持てたら話す」
過剰な期待はある意味ユウゾーも迷惑ではある。
なれど そっけない振りをしながらも、ある意味一番楽しみにしているのは他ならぬ太蔵本人であった。
彼はあの世界で気掛かりな事をもしかしたら解決できるかもと思っていたのだ。
無論 そんな素振りは高弟達の前では微塵も出してはいない。
転移について関係者に話した事により、遠慮がなくなったのか?太蔵は暇を見つけては日中その姿を隠ます事が多くなる。
その度に高弟達は 深いため息を吐き続ける事が多くなった。
「大宮さん 明日の東京行の後に例の研究所に訪問したいのだが、向こうの所長と連絡をつけてくれないか?」
首相との面談後に魔素開発の研究所に用があると言う、それに応えて大宮がせわしなく研究所へとアポを取り始めた。
「・・研究所に何の用が有るんだ?」
不審に思った久保田が老師に尋ねた。
「うむ お前たちの協力も必要だ、詳細は後日にな」
ニコニコ笑いながら詳しい説明は後日だと太蔵はそれ以上は語らなかった。
「老師 研究所の所長にアポ完了です。お待ちしていますとの事でした」
さてと 明日以降は少し忙しくなるぞと太蔵は気合を入れ始める。
翌日太蔵達一行は朝一番から首相官邸に向けて移動した。
面会時間は昼一番になるが、失礼の無い様に時間前には到着したい。
相手は多忙の職務を調整しての面談だ、待たせて時間を無駄にしては失礼になる。
東京駅に到着すると迎えの車に乗り込む、人目に付かぬように官邸裏口から太蔵等は入り込む。
時間にはかなり余裕がある。
官邸で用意してくれた昼食を済まして一息入れていると、時間前だと言うのに首相が到着した気配がある。
「老師 お久しぶりです、変わらずにお元気そうで安心しました」
数人のボディーガードと総理そして官房長官が共に現れ、にこやかに手を差し伸べた首相閣下であった。
少しの間 太蔵等の近況報告を聞きながら、今後の武器開発についての意見交換を交わしていく。
「・・で 本題なのですが、ご報告は あの田川氏についてです・・」
やはり その件かと太蔵は軽く頷きながら、鈴木官房長官から詳細を話し出す。
特殊な場所での彼についての聞き取り調査及び超人的なその体についての検査がほぼ完了したとの事だ。
その折に出てきた新事実に皆が驚愕して裏を取ろうとしたが、確認のしようがないと判明。
体についてはかなり深い研究が現在行われている最中だ。
筋肉組織やニューロン系の伝達速度が一般人に比べるとかなり特殊に発達している との知らせを受けて引き続き検査を繰り返し行っているらしい。
(・・繰り返し? つまりモルモット対応か、、)
何とかしてあげたいが、どうにもならぬか、、。
異世界から逃げ帰り、もう少し静かに暮らしていてくれたなら・・。
「彼は今後も各種検査を受けていく予定なのだが・・検査場所を変える必要が出てきてね、、」
(なんだ? 何を言いたいのだ?)
「その、、合衆国大統領から直接総理に電話があって話し合いの結果、日米にて共同での詳しい検査をする事に決定したのです」
「・・彼の最低の尊厳は認められるのでしょうね?」
米国が絡んで来たのか・・流石の情報網と感心すべきか、情けない結果と嘆くべきか・・。
そうか この魔素研究に於いてはかなり我が国も頑張っていたが、田川氏の件がばれたらこれ以上隠し通せないか、米国のかなり強いごり押しがあったと判断すべきだな。
「・・国として もっと強固に完全独立を早くなしとげなくてはなりません」
突然にそれまで黙って報告を聞いていた総理が、小声ながら悔しそうに呟いた。
無論 その為には国内で解決する問題が山積みであるし、国民一人一人の意識が変わっていく必要がある。根底にあるのは国民の現状に気づく意識作りに関わってくる。
「・・彼の尊厳に関しては十分な配慮を申し入れております」
「・・そのお話を米国が守れるとお思いですか?」
官房長官はそれに対して明確に何も答えようとはしなかった。
面談時間を過ぎて、総理一行は慌ただしく次の予定へと退席していく。




