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三度目の打ち合いで太蔵は片膝をついてうずくまる。
「ふぅふぅ ようやくまともな拳が当たったな、、今まで微妙に勢いを半減されていたがこれで勝負ありだな。しかしこれだけのレベル差をものともしない戦いぶりは流石拳の達人の域にあると言えよう。なれどこれで最後だ、覚悟せい!」
最後の一撃を加えようと太蔵に近づく田川だが、何故か太蔵は口から流れ出した血を拭きもせずに田川を睨んでいる。
「まだ この場においても悪あがきするつもりか?諦めが悪い奴め、直ぐに引導を渡してやる」
田川は渾身の力をこめて一撃を加えようとしていた。
見届け人の中にいた大宮が有らぬ方角を見て大きく頷いた。
それに反応して森の崖に潜んでいた飯島二曹が静かに頷き射撃銃のトリガーにかけていた指に力が加わる瞬間にそれが起きた。
「火魔法 火球!」
片膝ついて青息吐息の太蔵の右手から巨大な火球が突然現れて、目の前に居た田川に襲い掛かる。
「なに!!魔法だと? ちっ!」
慌てて自分の両手で顔面をクロスして防御態勢を作りその場から大きく飛び退いた。
素早い動きではあったがあまりに太蔵に近寄り過ぎて、逃げた空中姿勢の状態では方向転換も出来ずにまともにその火球を前面から受ける事になる。
「ぐおぉぉぉぉ」
必死に我慢して着地と同時に地面に転がり回り燃えている服の消化に努める田川であった。
「太ぞうぅぅぅ 何故に魔法が使えるのだ!」
髪の毛はちりぢりになり、顔や全身が火ぶくれになりながらも鬼の形相で田川は太蔵に吠え立てた。
「ふふ ぃたた、これが何であるか分かるか?」
太蔵は依然片膝ついた姿勢で片手で胸を押さえ、もう一つの手でなにやら摘まんで田川に見せた。
「ま まさか 魔石か?!」
「そうだ どう言うわけか魔法袋の中からこれが出てきてな・・」
「嘘だ! 魔法発動に於いて近くの魔石から順に魔力を消化して、それでも足りなければ自分の魔力を消化していく。真っ先に魔石は消化される筈だ、騙されんぞ!」
「いや そうは言っても事実だしな、儂の勝手な推測だが、儂が持っていた魔法袋が魔石で満杯になった時にどうやら魔法袋の一部が傷付いてこの一つが取り残されたようだ。お陰でこの一つを今まで大切に保管していて今回ここで役にたったと言う事だな。因みに後一回は火球を打てるはずだ、もう一発喰らってみるか?」
にやりと笑いどうするかと田川に問いかける。
「お前 それは卑怯・・・・」
田川は自分の言葉に気づいてその後口を閉ざす。
卑怯などと言えば自分こそレベル76の卑怯の塊と自覚したのだ。
「・・むむ 良かろう今日はここまでだ、後日また会おうぞ」
くるりと身をひるがえし物凄い速度で崖に向かい飛び降りて逃げていく田川であった。
「あっ 待ちやがれ卑怯者!」
あまりの逃げっぷりに呆れて思わず口から相手を罵る言葉が漏れた久保田だ。
「「「老師!!」」」
外にいた皆が老師を心配して介抱する為に駆け寄って来る。
久保田も向かおうとしたがそんな久保田の服を引っ張る者がいた。
「・・ねぇ ここで信じられない事のオンパレードなのを見たけど、、最後の魔法とは何よ?あれは本物?それともトリック?」
しまった、、ここに彼女が居たか・・どう答えるべきか?
「さ さぁ 俺にもわかんないなー、詳しくは本人に聞いてみてくれ」
「・・ねぇ 何度も言うけど 本当に演技が下手ね あなたって!」
「う うるせえ」
アナーシャのジト目についそっぽを向く久保田だ。
太蔵を心配して囲む輪の中に裏山から降りてきた飯島二曹が大宮に近寄って来て、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした・・絶好のチャンスに老師の放った魔法に驚き、そしてあの逃げっぷりには銃先を合わせきれませんでした」
力なく俯く彼に大宮は 気にするな と言う表情で彼の肩口を軽く叩く。
魔法の初見では誰しもが呆気にとられるし、人外の走りには尚更であろう。
彼は飯島の気落ちした事に痛く反省をしていた。元々が非合法な行為だ、あえて失敗などで彼を責める気などはないのだ。
太蔵は軍病院に運ばれたが、胸骨6本骨折の大怪我を負ったのだが、ものの一週間で強制退院してしまう。
超人的な回復もあるが、病院内の消毒薬の匂いを嫌っての退院である。
皆が呆れて退院を阻止しようとしたが、コルセットや湿布薬と痛み止めの薬にて無理やり自宅療養となる。
それでも何となく嬉しそうに何やらしている太蔵である。
「全く 呆れた爺さんだ・・」
口は汚いが、太蔵の回復が嬉しい久保田である。
「で あの女の口止めは?」
「ああ 他言すれば追いかけてそれなりの処置をすると言う脅しと、見返りに当面この道場の専属受付嬢が条件だ」
「それって 今と変わりないよな?」
「専属だぞ?今より立場は上だぞ?」
「うーん まぁいいか、バレたって他人が真似はできんしな・・」
小田切は久保田が出した条件には少し頭をひねっていたが、納得したようだ。
「そうか?もう少し別なやり口が良かったか?俺の一物で口止めするとか?」
小田切は完全に馬鹿にした目で久保田を見ていた。
「じょ 冗談だ 本気にするなよ」
一時にせよ平和な日々が戻って来た道場内である。
「何故だ 何故に魔石など持っているのだ 畜生め!」
太蔵とは逆に荒れている田川である、組織の利用する闇医師の元で火傷による治療をしながら苛立っていた。
「田川さん そんなに動き回ってもう大丈夫なんですか?」
専務の大西が呆れたように田川に確認する。
当初待ち合わせの場所に現れた田川は若い者が驚愕するような火傷を負い現れた。
太蔵の情報をくれた地元組織にお願いして医者を紹介してもらい、応急処置を受けて深夜に無理やり地元まで戻って来た。
出迎えに出た社長や専務を始め、組織の皆が心配顔で田川を見ていた。
その姿はまるでエジプトのミイラ男そっくりに顔の一部以外は正に包帯だらけという有様であり、皆が息をのんで絶句していた。
通常なら当然入院であるが、それを断って地元に戻り闇医師の治療だけで済ましている。
皆が入院を勧めたが田川は勝手に治るとうそぶいていた。
その言葉に嘘はなく、日中訪問治療で訪れる闇医者もその回復力の高さに呆れかえっていた。
田川に尋ねると、一般人とは基礎力も回復力も桁外れに優れているから心配するなと言う。
それでも一週間は大人しく部屋にてほぼ過ごす生活をおくり、その後に少しづつ元の生活に戻りつつある。
「最初は火傷による皮膚組織の回復にどれだけかかるかと思いましたが・・・」
大西は当初の心配が嘘のように日々回復していく田川を見て考え込んでいた。
「やはり 異世界の影響がこれほどまでも凄いものとは・・・」
「ふん まぁそれは否定はせん、もう数週間もすれば完全復活であろうよ」
一部ケロイド状であった肌被覆もどんどん元の状態に戻りつつある。
「しかし あいつめ、厄介な物を持ってやがった・・・」
「・・魔石ですかい?田川さんは持ってこなかったのですか」
「袋の中に何個かは忍ばせていたが、此方では単なる石に変わっていたよ」
残念そうに唇を嚙む田川だ、田川は魔導士だ。彼にとって魔法は命と同然だ、しかしこの地球では魔素がない事は承知している。
万一に備えて魔石を魔法袋に入れてあったが結果は無駄な荷物になってしまった。
「・・それにしても、本当にあれが最後の魔石なのか?」
貴重な魔石が何個もあるとは思えない。
言葉通りに信じるなら後一度魔法が使える事になるが、田川は猜疑心に陥っていた。




