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荒い息が整うのを待って太蔵は水谷氏に立ち会いの申し入れをする。
勢い込んで彼は頷き太蔵の前に立った。
な なんだこの人は?
何度も繰り返される水谷の空攻撃、これでもかと繰り返される拳と蹴りの攻撃、必ず当たるはずでの距離での攻撃は全て虚空を彷徨う。
嘘だ 何かが違う この人は!
フェイントからの攻撃も含め、ありとあらゆる攻撃がかすりもせぬ…。
水谷一人での舞踊劇、ほぼ全力での拳と蹴りの攻撃を半時間は続けたのだろうか?
最後は疲労困憊で座り込む。
声も出ない、ただ荒々しい呼吸をしている自分に呆れ果てる。
一人で暴れて一人で疲れ果てている。
受けの一つさえない、と同時に何度自分の後ろをとられ冷や汗を掻いたことか。
幼児と大人の戦い?! いやそれすら生ぬるい。
この人物は人間か? どんな常識も通用しない不思議な体捌き…。
流石に地力の差をこれでもかと見せつけられた。
「ま 参りました…」
やっとの事でその一声が絞りでた。
精も根も尽き果てた水谷がそこに居た。
「うん 筋はなかなかいいと思うよ、技の切れも悪くないね」
息の切れなど微塵も感じられない。
やめてくれ そんな慰めは、、余計に凹んでしまう。
返って罵倒された方がまだすっきりとする。
それほどの格の違いを見せつけられた。
「し 失礼ですが、新別府流とはこれほどの…」
その言葉に彼は首を横にふる。
「新別府流が凄いのではなく、私が凄いのだ」
とんでもない言葉を平気な顔で相手に話す。
どれほどの自信家だ、不遜だと責められても不思議ではないセリフだ。
新一がクスリと微笑む。
こりゃ 笑うなと新一を軽く睨む太蔵だ。
慌てて真顔になり、すまし顔を繕う。
いまだ止まらぬ汗と激しい呼吸の中、水谷は頭を下げる。
「良ければ 門下生 弟子として教えをお願いします…」
弟子か… 確かにこの所そんな事も考えていた太蔵ではあったが、現実的にはこんな山での一人暮らしが続いていた、とても弟子など持てる身分ではない。
「うーん 嬉しい申し入れではあるが、現実こんな生活をしている。道場の…」
その言葉を最後まで聞かずに水谷は話し出す。
「任せて下さい、自分はこの土地で生まれ大工の友人やら知り合いが居ます。安く造らせます」
おいおい 各自の仕事の邪魔をするのではないかと心配になる。
「太蔵さん この山は父名義ですが、将来は自分が管理する事になります、ならば父に提言してこの山の立木を利用すれば皆さんの手間賃で何とかなると思いますよ」
新一くん君もか…。
お金に関してはある程度太蔵は纏まった物を持っていた。
姉に土地・邸を譲った折に姉がそれでは申し訳ないと祖父等の貯金口座から太蔵に手渡してくれた金額があったのだ、其の中には父が無謀トラックにより死亡した折の保険金もそこそこ振り込まれていた。
太蔵はたまに日雇いのアルバイトなどで、渡された金額にはほとんど手を付けていなかった。
新一は 任せろと胸を張っていた。
いやいや 親戚筋とは言え筋は通さねばならない、道場を造るなら正式に土地の賃貸契約なりを結ばねば 今は良くても後々面倒になるケースもある。
ならば一度この件で、叔父さんに話をつけるかと三人で山を降りて新一の実家に向かう。
久々に叔父と会うことになったが、叔父は新一と太蔵は分かるが、もう一人確か昔は町内の悪ガキで有名だった水谷との同行で、何か珍しいものを見る目で各自を見比べた。
「どうしたんだい?珍しい組み合わせだが…」
「どうもお久しぶりです、あの当時はご迷惑をおかけしました」
まず最初に口火を切ったのは水谷であった。
何事かと新一は水谷を見つめた。
「ははは 若気の何とかで、彼の乱暴ぶりに少しだけお灸をした事があった」
さも愉快そうに叔父は笑い出す。
「はあ、あの折は済みませんでした、お陰で目が覚めて…それで武術に目覚めましたので…」
良くは分からぬが叔父と一悶着あったようだ、だがそれが良い流れになったようだ。
分家筋とは言え叔父も幼少から新別府流の稽古を続けてきた身だ、大抵の人物には負けぬはずだ。
「実は今回お願いがありまして…」
改めて太蔵は今回訪問した理由を順に述べていく。
切っ掛けは水谷の腕自慢から始まり、道場建設までの話になり その結果土地の賃貸契約にまで発展した事を伝えていた。
「なる程 なる程、ふむふむ…所で新一とも手合わせをしたと言う事だが、その結果を知りたいね」
途端に新一がビクッと固まっていた…。
「ふーん その様子なら負けたんだな?」
何とも言えぬ笑いを自分の息子に向けている。
「その…申し訳ありません」
新一は深々と頭を下げる、それを庇うように水谷が慌てて言葉をかけた。
「いや 三橋さん 何方かと言うと技は互角でありまして、最後は私の体力勝ちと…」
元々の体力自慢が数年間の自衛官生活にて更に地力をつけた水谷が済まなさそうに話す。
「はは 気を使ってもらい有難う。新一はこの数年間稽古はさぼり気味でね、このご時世だから古臭い流派には興味が…おっと太蔵くん別に君に…」
「ははは 承知しています叔父さん」
「水谷くん 君に聞きたい、太蔵くんと手合わせしてどう感じた?」
「幼児と大人 いやそんな言葉では理解できない程の体捌きでした」
「体捌きとな…」
叔父は考え込む、無論体捌きは重要なれど流れがあっての体捌きとなる、なれど水谷から発せられた言葉に叔父は何かが引っかかっていた、自分の知らない奥義の中に特殊な体捌きがあるのか?
その点が非常に気になっていたのだ。
「太蔵くん 一度第14代当主としての技を見せてもらえないか?」
あれあれ 厄介な、叔父の目が少し燃えている。
武術家としての生家で生まれ育った叔父はやはり武道家としての血が流れているようだ。
渋々太蔵は庭に引き出されて、叔父と対面する。
「いざ 参るよ」
本来は年下である太蔵より攻撃を仕掛けるのが筋であるが、太蔵は第14代当主である、よって自分から仕掛けると叔父は言っているのである。
無言の圧力から叔父は渾身の突きと蹴りを見せた。
無論最悪の場合を考えて寸止めにする気持ちがあった、だが技を掛けた瞬間に太蔵は消えていた。
いや正確には移動して叔父の背後に回っていたのであった。
叔父は困惑していた、目の前から人が消えた?!
だが流石に武人でもある叔父は直ぐに理解した、方法は分からぬが死角に移動したと、ならばどの場所にと考える瞬間に、叔父は今度こそ遠慮なしの手刀を背後に居ると思われる太蔵に向けて放った。
体が半回転した時に見た風景に太蔵は存在しなかった。
恐ろしい寒気が叔父を襲っていた、太蔵が自分の後ろにいる?!
考えられぬ事だが、全力の手刀と共に半回転したその動きに合わせて太蔵も叔父の背中の動きに合わせて共に移動している?!
その証拠に叔父に向けて今太蔵はかすかな殺気を叔父の背中に流し込んできたのだ。
かなわぬ!
瞬間的に全ての技の格が違うと判断して叔父は力が抜けていく。
信じられぬ動きであった、魔神にも匹敵する動きである。
まいった…
力なく呟いた叔父はゆっくり更に半回転移動すると、そこには照れくさそうに片手の指でポリポリと頭を掻いている太蔵がいた。
当面一週間に一回程度の投稿予定になります




