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この世界に帰ってきた次の日から早朝訓練がはじまる。
体術は父が、剣は祖父がそれぞれ講師役を務めて太蔵の相手をした。
結果は太蔵の余裕勝ちであった。
魔法に関してはこの世界では無理があったが、レベル47における体力・反射系は異世界の常識をそのまま引き継いでいた。
正確には素の状態時の体力・反射系より約6倍近くの力を発揮できる事になる。
「うーむ かなわん」 「惨敗ですね」
祖父・父ともあっさりと負けを認めた。
レベル47と魔物狩りにおいての実地訓練が実を結んだと言うべきか当然の結果であった。
なれど体力・反射系には太蔵に負けるも二人共積み重ねた技の技術が違う。
二人から仕掛けられた熟練した技は太蔵も間一髪回避に成功している。
覚える事はまだまだありそうだ。
「それはそうと 一つ確認しておきたい事がある」
祖父が改まって太蔵に問う。
「お前 異世界で人を殺めたのか?」
突然の問に答えに窮した。
「ふむ 今の態度で理解した。何もその事で意見を言うつもりはない、聞けばこの世界より遥かに過酷な現実が待っていたのであろう。生き残る為に必要ならば仕方の無い事と思う。だがお前の剣は少々荒れている、つまり殺人剣とは言わぬがそれに近い刃筋になっているのに気づいておるか? 残念だか今のこの世界では必要ない剣だ。活人剣になれとはいわぬ、あんなのは言葉の綾だ。剣は剣、所詮は相手を斬り自分の身を守る事から始まっておる。なれど殺人剣に染まるのは防がなければならん。明日からまた修行のやり直しを命ずる。よいな?」
返す言葉がなかった、いつの間にか異世界の生活に慣れ過ぎていた。
無論召喚された太蔵達は普通の庶民とは違う道を最初から進む事になったのが一番の原因であろう。
ひたすらに強く負けない事を教わり、一度の敗北が即 死と継ったダンジョン生活。
綺麗事の一切通用しない世界であった。
相手をいかに効率的に倒す事だけが目的のレベル上げにどっぷりと浸かっていた。
「恐れ入ります、其の言葉忘れぬように精進いたします。でも人を殺めたのにどうして気づいたのですか?」
「お前が持参したあの剣だ、当然魔物とやらの修行で魔物の返り血も浴びたであろうが、人を殺めた形跡が感じられた。お前の父もそれに気づいておったぞ」
父も隣で頷いていた。そうかやはり此の二人は凄いと再度認識を新たにする太蔵であった。
「さて 年寄りの愚痴はこの辺で終わりだが、今後のお前はどうしたいのだ?今更会社勤めなど肌に合わぬであろう」
最終学歴も高校中退ではまともな会社には就職も出来ないだろう。
当面は実家にお世話になるとしても将来の方針を決めておかねば。
「えーと 私は今現在この世界では23になるのですか、ひとつお願いが・・」
祖父や父のつてで全国の古武術関連の道場を紹介してもらい、しばらく各道場にて住み込みで修行してみたいとお願いした。
祖父や父の顔が少しニヤけた気がした。
「ほう それは・・つまり将来はこの道場を継いでもよいと?」
「はい ただ場所はここで落ち着くかは不明です」
「はは かまわん、今更時代遅れの古武術だが儂らの時代で潰すには少々抵抗があった。ならば修行の旅に出る前に明日からはまだお前に教えていない 皆伝 の修行になるがよいか?」
「はい 勿論です。宜しくお願いいたします」
太蔵は異世界での半年以上の生活で染み付いた垢が一生綺麗に消せずに引きづるだろうと感じていた。
それほど強烈な人生観を半年の間で味わっていた。
ならばその道に似た方向で生きていければ良いと割り切っていた。
その年は祖父と父の協力の元、新別府流古武術第14代宗主としての 皆伝 伝授に時間を費やす。
太蔵が無事伝授を終えて祖父の知り合いの古武術道場に昔ながらの、武者修行とも言える住み込みにて鍛錬を重ねる日々が訪れたのは翌年の春の頃であった。
基本三ヶ月~半年程の滞在にて各道場主から迎えられての鍛錬となったが、一つの道場が終わると一旦実家に戻り修行の実施結果の報告と実際の組手等を祖父等と研究し、文献に残し自分の血肉としていった。
年に平均2道場訪問して約5年が経過した時に、旅先にて祖父の忌報が入る。
孫に奥義伝授の任が無事に済んだ安心感か、ここ数年高齢の祖父が急に老い始めていた。
祖父の体調に普段から気にはしていた太蔵であったが、それはあまりにも急な知らせではあった。
冬に風邪から突然の入院とあっけない他界に、残された家族は悲しみの年末となってしまう。
更に数年後車を運転中の父が無謀な大型トラックにより側面追突され、これまた不幸な流れになった。
当時は高度成長時代であり、交通事故死も毎年激増していた時代でもあった。
祖父に続いて父までが他界し、太蔵はかなり精神が不安定な時代で心は揺れ動いていた。
残された家や数少ない門下生の面倒を見る必要もあり、この後太蔵は3年その責を果たしていたが父の3回忌も無事に済むと太蔵は姉の珠江とその夫である飯沼 健二郎の三人で話し合いが開かれた、一旦道場を閉めたいと太蔵は提案したのだ。
太蔵はこの年32歳(実際は27歳)、本来は腰を据えて今後の生活基盤を作る必要があったが、太蔵は今だ武芸に関して熱心なのと、定期的に山に籠もる事がある。
太蔵にとって分家筋の叔父が小さい頃より太蔵を可愛がってくれた。
その叔父が所有する地方の山に出かけては武術と実は魔法の訓練に明け暮れていく。
無論 少ないが門下生がいる手前、集中しての滞在でまた東京に戻る生活であり、父・祖父の供養も一段落ついた今もう少し本腰を入れて鍛錬に明け暮れる日々を過ごしたかったのだ。
異世界にいて、ある意味一番ワクワクしたのは魔法ではなかったかと考えていた。
今は残っていた魔石を利用してのみ魔法も再現出来るが、何とか自力で魔法が再現出来ないものかと考えていた。
それが無理であろうと頭で考えはするが、あの魔法の味がどうしても忘れられない、武術の鍛錬半分と魔術の再現に費やす努力が半分の山ごもり生活である。
今後暫くは自分の思うべき事を行って行きたい、当面この家は姉夫婦に貸し出し住んでもらう事にした。
姉夫婦は小さな貸家で、子供も3人に増え手狭感から近日中に引っ越しを考えていたのだ。
渡りに船で姉夫婦達は太蔵のいない間、この家を借りる事で話がつく。
表では太蔵が帰るまでの数年と言う話であったが、太蔵はもうこの家には帰らないような気がしていた。
それは姉の珠江も何となく感じていたと、後年話してくれた。
中部地方G県の片田舎、小さな小高い山々が連なるその場所は太蔵のお気に入りの場所であった。
其の中で一番標高の高い(精々6百メートル程度)山が太蔵の住処となる。
戦時中は山頂に高射砲が設置されていたが、この時代流石にその跡が残っている程度で、便利なのは高射砲の為に狭いながらも、別名軍隊道路が山頂までは続いていた。
だが、長い間人が来ることは稀の為に荒れ道路に変わってはいるが。
周りの山は終戦後の植林により針葉樹が植えられていたが、何故か叔父は他の所有する山は植林していたが、この山は全体の1/3程度の山裾しか植林していなかった。
その為に残りの2/3はほぼ手が入っていない広葉樹の昔ながらの山の姿を残していた。
そしてその山の2/3ほどの高さに少し開けている地形がある。
昔はこの場所に軍の高射砲部隊の軍施設が置かれていたようだ。
この場所にて太蔵は掘っ立て小屋を作り、余っている土地で野菜関連の畑を耕した。
自給自足に近い生活を開始していた。
叔父の山と言う事もあり完全な私有地であり、麓の買い出しに古びたバイクを利用して麓まで時々下りては用を済ましていた。
使用するバイクは私有地の為、ナンバーなどはついていない。
麓にバイクを乗り捨て帰りにまたそのバイクで小屋に向かう気ままな生活である。
蛇足だが、太蔵は免許なども持ってはいない。
当面一週間に一回程度の投稿予定になります




