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交渉が再開されて店主は転移魔法に関する魔法陣が書かれた羊皮の価格を提示した。
「ほう 白金貨2枚か…」
「これでも 依頼を受けてくれたお礼もあり通常の1/3で引き受けるのじゃぞ」
なる程 この魔法を素で発動できる者は一生楽隠居生活かな…。
失礼な事を考える太蔵であった。
白金貨1枚は日本円で換算すれば1千万円に匹敵するであろう。
「いや 不満はない、かなりの割引だと理解している」
通常の価格では6千万円に該当する事になる、無論この世界は定価の概念は無く個別交渉にて決まる。
「よし ならば今から書き上げるから、明日の朝には出来上がるわい」
魔法袋から財布の袋を取り出し、白金貨1枚を前金として手渡す。
「おう 毎度じゃ。ならば明日の朝に取りに来い」
翌朝早く太蔵は待ちきれず宿内でウロウロするのも気が引けて森の中へ移動していた。
当然早い時間帯であるので店の看板は閉店の札がかかっているが、家の前にある簡易ベンチに座り込んでのんびり朝日を浴びて店が開くのを待っていた。
森林の朝は気持ち良い、何となくあの婆さんが店をこの場所に構えているのが納得したような気分になる。新鮮な空気を吸い込んでいると身も浄化されるような気分になるものだ。
「何じゃ こんな早くから…中に入れ」
突然に扉が開き中から呆れた顔の婆さんが眠たそうに姿を現す。
朝早くから すまん。
太蔵は半分自分の行動の照れ隠しもあり謝りながら店内の小さな接客テーブルの椅子に座る。
「ほれ お茶でも飲んでおれ」
店主がお茶を用意してくれ太蔵の前に差し出した。
その折かがみ込んだ時に何となく視線が店主の胸元に移動した。
ペンダント…?
反射的にあの夜の手に触った感触を思い出す。
初老の店主と言えど女性である、何も胸元深くにあったペンダントが何かの弾みで出てきても不思議ではない。
だがそのペンダントに何か不思議な胸騒ぎを覚えた太蔵である。
有難う 頂く。
とっさの事で良くその品を確認できなかったが、胸への視線を誤魔化すかのように太蔵はお茶のお礼を言いながら簡単な世間話を終えて、店主の作成した品を待っていた。
「どれ この羊皮が完成した品だ。念の為確かめてみよ」
店内から転移魔法で庭に移動してみせよと言うのだ。
「建物の中からでも転移出来るのか?」
「大丈夫じゃ、理屈は良くは知らぬがそんなものじゃ」
確認のため言われた通りに転移魔法を発動してみる。
転移魔法独特の違和感と共に何も問題なく言われた庭先に太蔵は姿を現した。
「問題ない 有難う。これで帰還に関して一歩前進した」
太蔵は残りの残金を支払、店主に礼と色々迷惑をかけた事を謝り店から出ていく。
玄関口で店主が森の中に消えていく太蔵の姿が見えなくなるまで見送っていた。
やがて店主は店の入口に鍵をしめて自分の部屋へと入って行く。
するとその後直ぐに店主の部屋から、若い女性の涼やかな声が小さく聞こえてきた。
若い女性の手には外したばかりと思われるペンダントが握られていた。
さようなら 貴方。もうお会いすることもないでしょう、貴方から授かった子を元気に産んで立派に育てますから安心してくださいね。
後日談ではあるが、数カ月後にこの店は突然休業の看板がぶら下がり、ほぼ一年後にようやく店が再開した。其の時には嬉しそうに赤子を抱きながら店番する店主の姿が見られた。
馴染みの客がたまに訪問すると、それは嬉しそうに 私の初孫だよ と初老の店主は孫自慢を延々と話し出すのであった。
「「ほうー その羊皮に転移魔法が…」」
城に帰り着いた太蔵は田嶋・岡田両氏だけにその羊皮を見せる。
太蔵からの説明を興味深く聞きしきりに感心している。
「よくぞ これが手に入ったな、しかも白金貨2枚だと?」
「いや それは先方の依頼を一つこなしての報酬として…」
詳しい依頼内容は話したがらない太蔵である。
「しかしスキルが授からなければ倍の魔力が必要なのか…」
「はい 当分魔石回収に明け暮れる毎日だと思います」
「いやいや それでも帰還に関して希望が持てた訳だし、まずは万々歳だな」
「はい あっそう言えば勇者達が帰ってきたのですか、街は物凄い熱狂ですが…」
外の生活が一週間ほど続き、帰ってみれば何か異常な熱狂が街に溢れていた。
「うん それそれ、3日前にようやく到着したんだよ。お陰で連日祝宴の宴がね。まぁ彼等が当然主役で俺達は刺身のツマ程度の存在なのだが…」
両氏が力なく笑い出す。
「すると正式に今後の身のふりが決まったのですか?」
「ああ 勇者は伯爵その他は子爵を授かり、俺達にもおこぼれの名誉男爵が授けられるそうだ。まだ内示で正式には数日後の発表になるけれどもね」
「それはおめでとうございます、これでこの先安泰ですね」
「有難う でも少し心配事もあるが、まぁなんとかなるかな」
二人は目を合わせて苦笑いをしている。
何か話したくない事がこの先あるのだろうか と太蔵は黙って二人を見ていた。
突然乱暴にドアがノックされる。
反射的に太蔵は魔法陣の書かれた羊皮を魔法袋に収納する。
荒々しくドアが開かれて日本人と思われる人物が入ってきた。
その顔を見た瞬間何か相容れない刺々しい感情が太蔵に湧いてきた。
「おう ここに居たのか、後で打ち合わせがあるから勇者の部屋に…うん?その小僧は誰だ?もしかして仕官せずに在野に下った予備役か?名は何という?」
直感に狂いはなかった、歳は30前後と思われるが非常に慇懃な態度と横柄な口の聞き方をする、何となく近寄りたくない陰気な感じが伝わる。
「ああ 初めまして 三橋 太蔵といいます」
「ふん 在野に下った者が何でここにいる?」
「まあ 田川 そんなに問い詰めなくても、今回の祝を兼ねて尋ねてきてくれたんだよ」
年上の岡田氏が田川と呼んだ男を諌める。
「なんだと?おい岡田、正式発表は数日後だが、俺は子爵様だぞ。名誉男爵の風情で俺になんて口のきき方をするんだ。もう少し礼儀を弁えろ!」
部屋の中が一瞬で緊迫した空気が流れる。
「ふん まぁ俺はお優しい男だから今回は許してやるが、数日後からはよくよく考えて俺に言葉をかけろよ。次回からはただじゃ済まんぞ。分かったなら返事をせんか!」
「「ああ 了解した、済まんかった」」
「分かればいいんだ 分かれば、おいそこの小僧、ここはお前が居ていい場所じゃない、さっさと出ていき在野で野垂れ死にでもしろ。そしてその二人は打ち合わせをするから勇者の部屋に集合せい」
言うだけ言うと荒々しく部屋のドアを閉めて出ていく。
「えーと 何か随分な方の様ですね」
「済まんな太蔵君 嫌な気分にさせて、昔はあんな男ではなかったのだが長い魔王との戦いで色々あったみたいなんだ…」
正式に名誉男爵に任命されればこの首都内で屋敷を構えるので、帰還準備が終われば屋敷まで尋ねてくれと二人は太蔵に伝えると急ぎ勇者の部屋に向かう。
城のギルド出張所にて全財産を太蔵はおろすと、送金カウンターへ向かう。
「えーと 確かカージラント男爵のご息女のラーシャ様の口座に振り込みたいのですが可能ですか?」
「あっ はい 可能ですよ。此方の書類に記載して下さい」
現地の文字が掛けない太蔵は受付の方に手伝ってもらい、おろした殆どの金額を送金手続きした。
ラーシャの事が気にはなっていたが、もはや会う手段もない。
彼女の為に出来る最後の手段は送金しかなかったのだ。
多少は胸のつかえが減る気分にはなる、偽善と笑われるかもしれないが。
当面の暮らせるわずかな金額だけを残して太蔵は城内から静かに出ていった。
「よし 今日は転移が約10キロぐらいは移動出来たな」
何度か通った上級ダンジョンの前に転移魔法で現れた太蔵は一息入れる。
自分の魔力量アップの為には体内の魔力を使い込む必要があると、あの森の魔道具屋の婆さんから丁寧に教えを請うた。
限界近くまで魔力を使い込むと回復時には僅かだか魔力量が増えていくと、その教えに従い1日の終りにはほぼ空になるよう毎日転移魔法の訓練を続けていた。
田嶋氏達と分かれて二ヶ月が過ぎようとしていた。
連日のダンジョン攻略に明け暮れていた、目的は魔石集めである。
当初見積もっていた魔石数では完全転移は無理と判明して、当初の予定の最低倍を目標に太蔵は動いていた。
正確には貰った魔法袋の容量500kgがすべて魔石で満載になる事が条件になる。
万一に備えて上質の魔石が必要となる、それには上級ダンジョンに潜るしか手はない。
言葉は悪いが同じ重量のクズ魔石では魔力密度が違うのだ。
何がなんでもより高品質な魔石が必要になる、一人では辛い上級ダンジョンではあるが目的の為に太蔵は来る日も来る日もダンジョン攻略に汗を流した。
近場には数箇所の上級ダンジョンが存在する、マンネリ化を防ぐためにダンジョンを順に攻略して廻る。
本日は移動日で転移魔法の修練と到着までの時間短縮を狙い次のダンジョンへと向かっていた。
「ふう ようやく到着したな 早く野営の準備をしなければ…」
背中に背負っていた軽減籠から野営に必要な部材を取り出す。
その時急に背後から声を掛けられた。




