第6話 美少女だけど癇癪持ちだった
面接が終わると日暮れ時。
街を散策したい気持ちもあったが、鳥頭の面接官が用意してくれた宿舎にまっすぐ向った。
部屋につくやいなや、俺はベッドに倒れ込んだ。
「ふぅ。なんだか気疲れしたな。今日はぐっすり眠れそうだ」
そのまま目を閉じる。
体は泥沼のようにベッドに沈み込み、意識がすっと消えていく――
かと思いきや。
「……眠れない」
眠れなかった。眠いはずなのに。
何度も体勢をかえる。寝返りを打って寝やすい姿勢を探す。が、だめだった。
なぜか?
頭の中をぐるぐると思考が回っていたからだ。
いうまでもなく、明日の仕事のことだった。
同僚はどんな人だろう。
仲良く慣れるだろうか。
うまくやっていけるのか。
前の仕事の経験は活きるのかな。
本当にここで良かったのか。失敗できない。
ハブられやしないか。うまく喋れるかな。俺にできるだろうか。10年ぶりの仕事。もしまた嫌になったら。どんな挨拶をすればいい。事務ってほんとに俺の想像してる事務と一緒なのか?もっとライラさんにいろいろ聞いておけばよかった。
上司はどんな人だろう、上司はどんな人だろう、上司はどんな人だろう。
久々の仕事。やっぱり不安だ。
寝てしまったら、朝が来る。朝が来たら出勤だ。
俺はそれを無意識に恐れていた。
少し眠りかけてまた目が覚める。不安が頭を駆け巡る。寝返りをうつ。
立ち上がって水を飲む。
今度こそ寝よう。また寝転ぶ。布団をかぶる。目をつぶる。
眠れない。自分の心臓がうるさい。
自然な呼吸ができない。呼吸って、いつもどうしてたっけ。
遠くから聞こえていた酔っ払いたちの声ももう聞こえなくなった頃。
完全に眠ってしまった街。
俺はまた眠れない寝返りをうった。
衣擦れの音と、自分の一挙手一投足がたてるかすかな音だけが大きく聞こえる。
夜のしじまに、俺の苦悩だけが爛々と渦巻いていた。
更に数刻。
そして空が白み始めた頃。
俺はまだ、眠っていなかった。
顔を出しかけた朝が、胃を締め付ける。
普段なら、前世なら、そろそろ寝る時間だ。
こうなって初めて、ぼんやりとした眠気が、ようやく少しずつ膨らみ始めた。
「……今寝たら、起きれないよなぁ」
初日から遅刻はしたくない。
俺はまだ目覚めない街に散歩に出ることにした。
* * * *
「――眠たい」
何度目かのボヤキを口にしながら。俺は船着き場へたどり着いていた。
潮騒が健康的な環境音を作り出す。
健康的な人類ならヨガでもしたくなるような、陽の氣に満ちた心地よい朝の時間帯。
その中心に、俺という不健康な男子がふらついているのは可笑しいよな、と自嘲する。
かなり長い間散歩しているような気がする。
もう完全に眠たい。いつでも寝られる。
だが、寝たら終わる。
ここで寝たら完全に終わる。
俺の異世界生活がスタートダッシュからコケてしまう。
それだけは嫌だ。
その想いだけが俺の歩を進めていた。
あー。のどが渇いた。
モンエナが飲みたい!レッドブルが飲みたい!
ギブミー!カフェイン!
そんなときだった。
「ん…?この、この香りは…!?」
どこからともなく漂ってくる覚えのある香り。
香ばしい、こんがりとしたいい香りだ。
間違いない。これは、この香りは…
くんくんと香りのもとをたどると、
「やっぱり!コーヒーだ!この世界にもあるんだ!」
まだ眠る街に1件だけ開いたキャッッフェ。
モーニングコーヒーのお時間です。
テイクアウト用に路面に開かれたカウンターの上には、茶色い2つに割れたお豆の看板。
そしてこの香り、見まごうことなきコーヒーの店である。
まさに今求めていたもの!
店頭では、ちょうど銀髪の少女が、コーヒーを受け取っているところだった。
テイクアウトの紙カップ。
カウンター据え付けの容器からスプーンで砂糖をドバドバと入れて、ひと混ぜすると、カップを持って歩き出す。
フタみたいなものはないらしい。
この世界は、紙カップはあるけど、プラスチックは無いのかもしれない。
なんだか微妙な文明レベルだな。
などと考察しながら少女を見ていると。
あ、ころんだ。
銀髪の少女は見事にすっころんだ。
なにもないところで――いや、石畳の小さな段差がある――けつまずいて、前につんのめる。
肩下まである真っ白い髪がなびく。
コーヒーの茶色い液体が、支えを失って宙に飛び出す。
焦る少女の顔。
手をつかなきゃ、いやそれよりもコーヒーが、そんな逡巡が、俺にはまるでスローモーションのようにゆっくり見えた。
――ベシャリ。
二兎を追うものは一兎も得ず。
少女の努力虚しく、コーヒーはこぼれ、少女は顔面から大地に突っ伏した。
おお、母なる大地よ、その胸で彼女たちを優しく受け止め給え。
アーメン。俺は祈った。
だが彼女に母の胸は硬すぎたらしい。
立ち上がった少女は、赤くなった顔をさすりながら、100点満点中125点のアヒル口で口を尖らせていた。
「私は不機嫌です」とでも言いたげだ。
というか完全に不機嫌だった。
俺に気づくと、何見てんのよ!とばかりにガンを飛ばしてきた。
まあ俺はすかさず目をそらしたので、効いてないんだが。
そして、今落としたカップなど見向きもせず、大股でずんずんと店に戻ると、
「もう一杯ください」
店員も苦笑いだった。
俺は、落ちたカップの方に近づいた。
勘違いすんなよ。ゴミ拾ってやろうなんて、俺はそんなできた人間じゃない。
カップは床にカラカラと転がり、コーヒーは石畳の隙間に染み込まれていっている。
俺はしゃがんでカップを手に取ると、底にわずかに残った黒汁に指を浸して、舐めた。
苦くて甘い。ていうか結構甘い。だが確かにコーヒーだ。ちょっと酸味が強くてフルーティな感じ。浅煎りってやつだろうか。
かなり甘いのは、砂糖が容器の底にベッタリと溶け残っているからだ。
いや入れすぎだろ砂糖。めちゃくちゃ甘党じゃん、あの子。
「ありがとうございました〜またお越しくださ〜い」
立ち上がって、銀髪少女の方を振り返ると、ちょうど新しいコーヒーを持って店を離れるところだった。
そして、俺の方に気づくと、
「あっ!」
また足元が疎かになって
「お、おい!」
同じところでつまずき、
「あああ〜〜!!」
コーヒーが宙を舞う!そして倒れ込む、銀髪少女!
本来であれば、繰り返されるはずの失態。
だが違った。今回は!
そう!俺ガイル!
倒れ込む方向に!俺が!いる!
その刹那、
――ゴーン!
朝8時を知らせる鐘が鳴った。
1の鐘、そのほんの一瞬の出来事。
俺の右手は、俺をめがけて遊覧飛行するコーヒーを優しく出迎え、奇跡的にすっぽりとキャッチ。
さらにその手を優しく後方へ逃がすことで、コーヒーのこぼれを防ぐ。
新庄剛志もびっくりの完璧なキャッチング。
そして左手!
俺の左腕は、斜めに傾いた銀髪少女の白いローブの下に差し込まれ、
すんでのところで少女を抱きとめる。
可憐な顔面が!華奢な肉体が!再び大地に叩きつけられるその衝撃から!悲劇から!少女を見事守り抜――
とは、ならなかった。
ビターン!
結論から言うと、俺の左腕は間に合わなかった。
ぜ〜〜んぜんっ、ま〜ったく、これっぽっちも間に合わなかった。
少女が倒れたあとにただただ空を切った。ヒュッって。
なんならビターンのあとにワンテンポおいて、ヒュッって。
左手だけは、特になんの仕事もしなかった。なんの!成果も!得られませんでした!だった。
おかげで少女は、ハエたたきで叩き潰されたゴキブリみたいに地面に張り付いていた。
動かない。
リンゴーン!リンゴーン!
二人の間に鐘の音だけが響く。
コレは流石に…声をかけたほうが良い…?
「あ、あの……だ、だいじょうぶ……ですか???」
ガバッ!
あ、おきた。
「あなたね!コーヒーじゃなくて私の方を助けなさいよ!」
開口一番。
お怒りであった。
ぷんすぷんす!なんて擬音が聞こえてきそうだ。
「あ、ご、ごめ」
「人と話すときは、目を見て話しなさい!」
おいおい、俺はコーヒーの救世主だぜ?
マイナス2になるところをマイナス1で抑えたのに。なんで俺、怒られてんの?
こっちが泣きたくなるぜ。
「もうサイアク…あ〜〜〜」
ローブをパンパンと払うと、俺の手からコーヒーをもぎ取って行ってしまった。
立ち去り際も、大股でズンズンである。
一人残された俺は、
「はぁ…」
ため息をつくしかなかった。
嵐みたいな子だったな。半分助けたのに怒られて、理不尽にもほどがある。
可愛いからってやって良いことと悪いことがあるぞ。
チラと正面を見ると、苦笑いの店員がこっちを見ていた。
「お兄さんも一杯、いかがですか?」
そうだった。カフェインが欲しくてここにきたんだった。
気を取り直して、俺も一杯いただこうかな。
「じゃ、じゃあ…あ、」
言いかけて、あることに気づいた。
本当にくだらないことなんだが、念の為、結果は分かっているが、ポケットに手を突っ込んで、まさぐる。
やっぱり、ない。そりゃ持ってないよな。ないに決まってる。
俺、金持ってねえわ。
「すいません、財布忘れちゃったみたいで…」
そんな俺を見て、店員はまた苦笑した。
「はーあ」
不幸中の幸いだったのは、なぜだかはわからないが、目は覚めていたということだった。
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