第4話 細腕だけど怪力だった
「ダイダラス商会?」
ライラさんに渡された求人票には、いかにも異世界風な社名が印字されていた。
企業ジャンル、交易・貿易・流通 とある。
商会とはあるが、要は商社みたいなかんじだろうか。
たしかにしっかりしてそうな会社ではある。危険な仕事でもないだろう。だけど、
「うーん、俺に合うかな...」
俺の首は45度に傾いだ。
せっかく異世界なのになんて地味で普通な会社なんだ、なんて無粋なことは言わないでくれよ?
普通なのはいいことだ。
普通最高。普通万歳!
というか異世界デンジャラスな会社はいくつも見たが、実際ないだろ?あれは。
普通っぽい、なんなら元の世界にもありそうな会社。そこはいいんだ。別にいい。
だが――商社となるとまた話は違ってくる。
元の世界でも、商社といえば就職の花形。
髪をオールバックに固めた、脂っこいギラギラした男たちがバリバリ働く、体育会ノリの印象が強い。
人生のメインストリームを行く、主役たちの会社だ。
陰キャ代表みたいな俺がやっていけるか、不安である。
そんな俺の不安を察するように、ライラさんからフォローが入る。
「でもほら、募集は事務職みたいですよ?会計業務とか、そっちのお仕事みたいなので、ご希望にはぴったりだと思います!」
「あ~まあ事務職なら、まあ...」
たしかに商社ならバックオフィス系もかなり人員が必要だろう。あんまりイメージないが。
「ですよね!アリ!ですよね!」
温度感高く、グイッと身を乗り出してくるライラさん。
「それにそれに!ダイダラス商会は世界中に支社のある超大きい会社ですよ!安定感も抜群です!今までユウヤさんがおっしゃってた条件もぜーんぶ満たしてますよ!」
「ま、まあそれはそうだな」
気圧され気味にうなずく俺。
なんだ、このもどかしい感じは。
悪くはなさそうだが、100%腑に落ちているわけでもない。
決定的に魅力的な何かがあるわけじゃないからだ。
今ここで決めなくてはならないという特殊な状況と、就職というイベントの重さがアンバランスすぎるんだ。
もうちょっと色々見てみたい気持ちもある。
求人票の山に視線を送る俺だったが、ライラさんは声のトーンを落としてこう切り出した。
「ユウヤさんにだけは、正直にお伝えしますね」
言いながらライラさんは、俺に優しく手を重ねた。
い、一体何だ急に。
そのまま静かなトーンで続ける。
「正直、ダイダラス商会は、今ある求人だと、ずば抜けていい案件です。これだけ山のように求人がありますが、ほとんどはもっと危険だったり、安月給のものばかり。天界の職安に回ってくる求人なんてそんなものです。条件的にはここがベストなのは間違いありません。
ユウヤさんの転生を遅らせることはできないので、この中から選んでもらうしかありません。だから、もう決めちゃいませんか?それに...」
「それに?」
大きく息継ぎをして、さらに落としたトーンで、こう続けた。
「こうして悩んでる間にも、他の方が決まっちゃうかもしれませんよ?こんないい条件のところ、他の人だってほっとくはずありませんから」
言われてハッとした。
たしかにそうだ。
本当に人が必要な会社なら、天界にだけ求人を出すわけがない。転生者なんてそう多くないだろうし、悪くいえば身元も確かじゃない人材。
普通にもっと身近なところから採用候補者を探すだろう。
ダイダラス商会は大手ということだし、どこの世界だって安定してる会社に人が集まるのは一緒だろう。
ここは転生者向けの職安だし、この空間には俺しかいない。だから競争相手はいないんだと錯覚していた。
だが、ライバルは相当いると考えていい。
何をマゴついているんだ、俺は。
元の世界のハロワだって、好条件の大手企業に就職できるなんてイメージはなかった。
1社あるだけでも御の字じゃないか。
不安ばかりが占めていた心中に差した、ひと雫の焦りの感情。
その気持ちはまたたく間に広がり、俺の口からは自然と、
「ここに、するかぁ」
と、独り言のように漏れ出していた。
その言葉をライラさんが、聞き逃すはずもなかった。
パァっと目を輝かせて、まだ出る余地があったのかと思うほどに大前のめりに大接近し、俺の両手をグッと握り上げた。
「よかった!気持ちが固まったんですね!!ダイダラス商会は、きっとユウヤさんにピッタリの職場ですよ!明るい未来へ一歩前進!まっとうな人間の道へいざ爆進!!!ですね!!!」
今日一番の笑顔で俺に笑いかける。
ここで決まりですよね!ね!という無言の圧に苦笑いしながらも、俺は同意するようにうなずいた。
ライラさんは、新しい白紙の用紙を取り出すと、サラサラと記入を進めた。
どうやらエントリーシートのようなものらしい。
内容に間違いがないかパパっとチェックしたあと
「ではここにサインを!」
と羽ペンとインク壺を差し出した。
天使の羽ペンだ。
インク壺には、青色のインクが入っている。
すでに先方の企業名や、俺の個人情報が諸々記載され、あとは署名欄を埋めるだけの状態だ。
「さあさあ!善は急げですよ!ササっと書いちゃってくださいな!」
俺の進路が決まったのがよほど嬉しいのか、わざわざ俺の後ろに回って肩に手を置き、早く早くと急かすライラさん。
ちょ、近いってライラさん!
何がとは言わないが、当たってるよ!
ええい!ままよ!
背中に柔らかい感触感じ、少しパニクりながらも俺は促されるままにサインを記入。
書き終わると、青いインクはポーっとうっすら発光を始め、まるでこの書類が有効になったことを示しているようだった。
「これで、いいのか?」
「バッチリです!エントリー完了です!」
エントリーシートを手に取り、嬉しそうに眺めるライラさん。この笑顔、プライスレス。
「ほら、ユウヤさん!」
ん?なんだこれ?
どうしたんだ、俺に手のひらを向けて。
「何言ってるんですか!ハイタッチですよぅ!」
「あ、ああ、そういうことか」
ハイタッチなんていつぶりだろう。
パーンといい音が、二人きりの桃色の空間に響き渡った。
* * * *
「それでは、ひとまずお別れですね」
俺は今、ゲートの前にいた。
これをくぐると、この天界の職安を離れ、現世へと受肉するらしい。
今更だが、ここにいる俺は精神体というか、魂のみの状態なんだな。
「新たな人生の門出をお祝いします!第二の人生、楽しんでくださいね!」
「あ、ああ...」
ぴょこぴょこと可愛らしく、胸の前で手を振るライラさん。
促されるように、ライラさんに背を向け、ゲートへと体を向ける。
これをくぐれば、本当の意味で転生完了。
仕事のある毎日が始まる。
そう思うと、ぐっと体に力が入る。
これは、緊張か。
「大丈夫ですって!当分はライラがしっかりサポートしますから!」
元気の塊みたいな声に背中をグッと押されたような気がした。
最後まで俺のことを後押ししてくれる。この子のおかげで俺は、やっと――
「って、え」
体が前に進む、否、つんのめる――ってこれ、ホントに押されてる!?
「それじゃー張り切って、いってらっしゃ~い!!」
どどどどーーーんんんん!!!!
物理的に背中押されてるー!!!!!
「うわっっっ!あっ!!!っとととと!!!」
最後は物理的なプッシュ。予想外に強い天使の腕力で、思い切り突き飛ばされたのだった。
足はもつれ、俺はバランスを崩しながらゲートへと頭から突っ込む。
「ああ~~~~情けね~~~~何だこの門出~~~~!!」
そして俺は、ジュオン!と音を立ててゲートの向こうに姿を消した。
感傷に浸っていたのが恥ずかしくなるような不格好さで、――だが一応、勢いよく――俺は新たなる現世へと旅立ったのだった。
* * * *
「ふ~。ようやく行ってくれましたか」
私はコキコキと首を鳴らして、肩をほぐした。
また誰もいなくなった空間に、私だけがひとり残されている。
「働きたくないなんていうから、どうなることかと思いました」
まったく。転生者は世界の役に立つから新しい命を授けてあげているっていうのに、働かないなんてありえませんよね。
ほんとに理解できません。
仕事がないなんて、存在意義がないのと一緒なのに。
私は席に戻って、お茶を入れた。
ヒト仕事終えたら、自分にご褒美。
熱々のお茶へ、フ~っと息を吹きかけると、心地よい温風が顔に返ってくる。
メガネが白く曇り、視界をぼやけさせる。
あー。ホッとする。
眼鏡がゆっくり晴れていくのを、ぼーっと見つめていた。
難しい仕事を終えた自分を、自分でねぎらってあげよう。
伊達メガネを外し、眉間をもみながら、深く息を吐いて椅子に深くもたれかかる。
「ふー。本人がその気になってくれてよかった」
私のトークもなかなかのものよね、なんてひとりごちる。
さっきまで、ずっと考えてたことを思い出す。
このヒト、ユウヤさんがいつまでもゴネつづけたらどうしようって。
その時は――
危ない危ない。
使わないに越したことはないんだ。
ポケットから小瓶を取り出して、自分にしか見えないように確認してすぐにしまう。
淀んだ青色のたゆたう小瓶。
なんとかなってよかった。
少しだけ目を細める。まつげの向こう側に世界がにじむ。
私は大丈夫。
これからもうまくやっていけるわ。
そう思いながら、私はまたティーカップに口をつけ、少しぬるくなったお茶をゴクリと飲み込んだ。
夢ハッピー元気っ子ライラさんの意外な一面が垣間見えたところで次回へ続きます。というか異世界転生モノなのに4話でまだ転生してないってマ!?次回はついに受肉です!
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