第1話 転生したのにハロワだった
自分に向いてる仕事を探すのって大変ですよね。異世界では見つかるといいなぁ。
「転生者職業安定所へようこそ!新しい転生者の方ですね!」
俺は何がなんだかわからなかった。
「たしか俺は......自分の部屋にいたはず......いつもどおり引きこもりぬくぬく生活を送っていたはずだが...」
状況をつかめないままに呆然と周りを見渡すと、周囲には薄ピンク色の空間がどこまでも広がっている。
距離感のつかめない不思議な空間は、現実感が感じられない、どこか異界のように感じられる。
そして俺の真正面には、対面式のカウンターデスク。
まるで役所の総合窓口を、1人用に切り出したかのようだ。
そしてデスクの向こう側には、少女が座って、俺を出迎えていた。
「大丈夫ですか?転生者の方は直前に大変な目にあっていることが多いですから、記憶が混濁していらっしゃるのかと思います。しばらくしたら思い出せると思いますよ。えーっと、お名前は...」
受付の少女の天使のような癒やしボイスが、甘く耳に届く。
目の前の少女は、パラパラと分厚いファインダーをめくり、目当ての書類を探し始めた。
その間に俺は、少女の風貌に目を走らせる。
声に似つかわしい可憐なパッチリおめめ。
どこか垢抜けない童顔と、不釣り合いなナイスバディ。
うーんなんて可愛い女の子だ。
ゆめかわ系のポワポワとした洋服がよっくお似合いだ。
まさに天使みたい、という形容詞がしっくりくる。
それを裏付けるかのように、頭上には複雑な印章の天使の輪が浮かんでいる。
「あった、ユウヤさん、ですね!」
頭の中で、パチッと火花が散るような感覚。
そうだ、俺の名前はユウヤ。
だんだん頭がはっきりとしてきた。
名前をきっかけに、眠っていたシナプスが、1つまた一つと連鎖的に活性化していく。
それでなんだっけ、思い出せ。
俺はどうしてここにいる?さっきまで何をしていたっけ?
たしか、いつものように部屋にいて、それで...
ウンウンと頭を抱える俺を、少女が心配そうに見つめている。
「どうですか?思い出せそ?」
ジンジンと脳に直接響くような、蠱惑的なカワボ。
その響きに脳が刺激されたのか、
「っっっ!そうだ!!!」
稲妻が走るように、俺はすべてを思い出した。
「そうだった...いつまでも働かない俺に、ついにキレた親父が俺の部屋に車で突っ込んできて...」
部屋の窓ガラスをぶち破り、あろうことか親父は車で突っ込んできた。
俺が小さい頃から長年乗り古して色褪せた、白の軽自動車。
俺を連れ出すための荒療治。
きっと本当の最終通告のつもりだったんだろう。
強硬手段で部屋に入るには窓からが手っ取り早いのは間違いない。
ドアは俺が内側からしか開かないようにガチガチに多重ロックで固めているからだ。
それならばバットでも鉄パイプでも角材でも、いくらでも方法はあったはず。
だが実際には、ただ窓をカチ割られるだけでは済まなかった。
積もり積もった不満や鬱憤、ストレス。
全てを載せて、親父も乗せて、オンボロ軽自動車がこんにちわ。
部屋の半分をめちゃくちゃにしながら、親父は突っ込んできた。
時間は夕方。俺は普段ならPCの前に座っている時間帯だった。ネトゲをしながら苛立ちを台パンにぶつけている時間だ。
そのはずだった。親父もきっとそう思っていたんだろう。
自慢じゃないが、ニートなりに規則正しい生活を送っていた俺だ。
まさか今日に限って、俺がまだベッドでゴロゴロしているなんて、思いもしなかったんだろう。
そう、俺のベッドは窓際にあった。窓際で俺は寝転んでいたのだ。
そのすべてをぶち壊すフルスピードで、ダイナミック・エントリー。
飛び散るガラス片を巻き込みながら、俺の頭に車のバンパーが直撃。
部屋が再び静かになった頃には、頭からはまるで数年ぶりに部屋に差し込む夕日のような、真っ赤な血が流れ出て......それで......
「それで死んで、転生したってわけ?」
「思い出されたみたいですね!よかったです!」
よかったです!ではない。
にぱっと輝く笑顔を向けられても困るんだ。
良くない。
良いわけあるか!
実の父親に轢かれて転生!?
もうちょっとまともな転生理由あるだろ!
歴代異世界転生者アニメの最もクズな主人公だって、もっとまともな死に方をしているっつーの!
落ち込む俺と対象的に、目の前の少女は元気ハツラツとしていた。
「もうどうしようもありませんから、気にするだけソンってものですよ!せっかく転生したんですし、次の生活を楽しみましょうよ!」
こっちはさっき死んだところなのに、なんてポジティブな子だ。ここまで明るいと、もはや眩しい。
え、俺、死んじゃったの?なんて現実を飲み込むので精一杯な自分がアホらしく思えてくる。
話の早すぎる少女に正直ついていけておらず、死後の道先案内人ならもっと丁寧に、と言いたくもなるが、まあだが良かろう。寛大な心で許すことにする。
相手は愛嬌よしのロリ巨乳少女である。
男は可愛い子には優しくしなくてはならんのだ。
底抜けに明るいこういう性格でもないと、転生者の案内なんて務まらんのかもしれんしな。
それに、そろそろ話を先に進めたいし。
さあてここまで回想で後回しにしてきたが、冒頭で聞こえたナニかに向き合わなくてはらなないだろう。
「それで、ここはどこっていってたっけ?」
「はい!よくぞ聞いてくれました!ここは転生者職業安定所です!私は担当エージェントのライラと申します!改めて、よろしくおねがいしますね!」
「転生者職業アンテイ...?」
大変嫌な響きである。ショクギョウ...アンテイ...?
生前何度か足を運んだことがある場所に名前がよく似ているなぁ?気のせいかなぁ?
「ええ!略して"職安"と呼ばれています!」
「ハロー○ーク!?」
略称まで一緒ときた。どこの世界も無職には職を与えたいらしい。
でもなんで、死んで職安に!?
「転生者の方はこの世界でお仕事がないじゃありませんか?お仕事がないと生きていけませんし、こちらで適正を見極めて、最初のお仕事をご案内しているんです!この新しい世界にスムーズに就労できるように全力でサポートさせていただきますから、なんにも心配なさらないでくださいね!!」
元気いっぱい夢いっぱい。愛嬌いっぱいのところ大変申し訳無いのだが、こちとら生前は無職でして...
言葉の節々から、働くのは当然である、という前提めいたものを感じる。
ということは、この俺が転生してきた世界は、この世界は働くのが当たり前の世界なんだな。
働かなくても食うに困らないご都合ワールドじゃないってことだ。
猫も杓子も、みーんな汗水たらして働いているんだ。
まあ、前の世界も基本はそうだったんだけど?
そんな中、俺は無職を貫いていたんだ。
そう思うと、この新しい世界でも、働かないという選択肢がまったくないわけではないかもしれないよな?
ま、聞くだけなら無料だ。
俺は、一応、一応ね?尋ねてみることにした。
「ちなみにですが、働かないという選択肢はないんですか?」
が、聞かないほうが良かったな。
「は???」
ビギィ!!!!!!
ナニかが凍りつく音がした。
空気か、それとも。
俺がゆーっくりと顔を上げると、
ライラさんは、今まで一度も見せていなかった氷の表情を浮かべていた。
まるでツンドラのような氷点下。
決して崩さなかったニコニコ笑顔は霧散し、
眉をハの字に上げ、
目をカッと見開いて俺を見た。
信じられないものを見る表情だ。
その変貌ぶりときたら、ひ○らしもかくや。
まさにゴミクズを見るような目である。
時間にして数秒、体感では数十分にも感じる氷結の間が通り過ぎた後、ライラさんはスゥーっと表情を戻すと、元の明るいトーンでこう言った。
「ハタラカナイ、というのはつまり、無職を希望されるということでしょうか?」
声から感情が消えている。
怖い。
こうなると、笑顔が逆に怖い。
「は、はい......だめでしょうか」
声を震わせる俺に、ライラさんは、うーんと困ったような顔をした。
「一応その選択も不可能ではない...のですが......」
え、可能なのか?この流れから?逆に?
と、ほんの一瞬期待が胸に宿ったが
「この世界に穀潰しを転生させるわけにはいかないので、申し訳ありませんが元の世界に送還することになりますね~」
強い強い。言葉が強い。
穀潰しって。
俺の首筋を冷や汗がツーと流れていった。
「い、一応確認ですが、戻るとどうなるんですか?」
「元の世界では死んでるので、そのまま死にますね~」
「ですよねぇ」
つまり俺に残されている道は、転生して働くか、死ぬかの2択しかないということ。
WORK or DIE。
究極の二択。
もちろん死にたくはない。消去法的にWORKを選ばざるを得ないのだが。
俺は頭を抱えた。
「――働きたく、ない」
死にたくないが、働きたくもない。
働くのはイヤだ。
死ぬのはもっとイヤだが、相対的に働くほうがマシなだけであり、イヤはイヤである。
そしてイヤなのはもちろんだが、今胸中を占めているこの感情の中心は、イヤだけではない。
『不安』である。
俺は今年で33歳。
もう引きこもり歴は10年近い。
まともに人と話す機会だってほとんどなかったんだ。
そんな俺がいきなり社会復帰?現実的じゃない。
社会経験がまったくないわけじゃない。
元はと言えば俺だって働いていたさ。
大学を卒業して新卒入社。
だけど、思い出したくもないいろんなことがあって、俺はもう働きたくないと思うようになっちまった。
そして気づけばヒキコモリ。
そして何が悲しいか、実の親父に轢かれてポックリなんて結末。
それに、新しい世界には飯を出してくれる母親もいないし、知り合いだって一人もいない。
もちろんネットもないだろう。わからないことを調べることも出来ない。
俺を知っている人も、俺が知っている人も、本当に一人もいない世界なんだ。
2択のようにみえて1択。
道は一つ。
働くしかない、そう分かってはいる。けど、
「俺、やっていけるのかな...」
自分が仕事をしている、そんな風景を思い浮かべるだけで、胸が苦しくなる。
もう一つの選択肢を選んだほうが、もしかするとマシなんじゃ?
ここでラクに終わらせたほうが良かったと、後悔する日がくるんじゃないか?
そんな考えが頭をよぎった。
耐えきれず、生唾をゴクリと飲み込む。
さっきとは違う種類の汗が、俺の脇を濡らす。
そんな俺に
「大丈夫ですよ。ユウヤさん」
ライラさんは、にっこりと微笑んだ。
さっきまでの貼り付けた笑顔とは違う、最初に会ったときと同じ、心からの柔和な笑顔。
「......ライラ...さん...」
俺が顔を上げると、ライラさんの桃色の瞳は、こんな俺のことを、まっすぐ見ていた。
「ユウヤさんなら、どんなお仕事だってきっとモノにできます。新しいことに挑戦できます。間違えちゃったって、そこから学んで、その次はもっとうまくやれる。心配しなくていいんです。私、ユウヤさんを信じてます」
さっきの辛辣な雰囲気はどこへやら。
全身から包み込むような慈愛が満ち溢れている。心にまっすぐ響く力強い声。
ああ、この人は、勤労意欲のある人には、本当に優しい人なんだな。
両親だって、俺がまた働くなんて、とっくに諦めてたのに。
この人は、まだ俺に働けと。
お前なら大丈夫だって、そう言ってくれるのか。
知らず、俺の目には涙が滲んでいた。
「...ッ......で、でも......」
情けねえ。声が震えている。
でも、でも俺には現実が見えている。
いくら応援されても、結局俺の代わりにライラさんが働いてくれるわけじゃない。
仕事と向き合わないといけないのは、俺なんだ。
「私がぴったりのお仕事を案内しますから!私を信じてください!それに、慣れるまでは、このライラがサポートしますから!」
任せてください!とばかりに豊満な胸を叩く。
「そう言われても...。就職先がミスマッチすることだってありますよね?人間関係だってあるし...やっぱり俺...」
俺からすると、生前と合わせて2社連続でハズレを引くことになる。
それだけは避けたい。繰り返したくない。
ライラさんはこの世界の超常的な存在なんだろうが、神だって100%天職を与えられるってわけじゃないだろう。
「ちゃんと向いてそうなところを紹介しますから、大丈夫です!それに、万一合わなかったら、再転職すればいいんです!」
「再転職...」
「そうですよ!あなたの元いた世界では違うみたいですけど、この世界では何度も転職するのも普通ですから!」
俺のいた世界だと、何度も転職する人はそういない。特に、短い期間で転職なんて最悪とされている。
いわゆるキャリアに傷がつくってやつだ。
そういうのはないってことか...。
実際、1社目をたった3ヶ月でやめてしまった俺には、グサグサと刺さる話だ。
「でも俺みたいな未経験の中年、雇い手も使いづらいくないか?」
「その点はご心配なく!せっかく転生していただくんですから、働き盛りの18歳の肉体で受肉させます!!そのほうが、生涯労働年数も増えて、世界にもプラスですから!それが私のお役目ですからね!サービスです!」
な、なるほど。18歳か。
俺の失われた15年。
思えば俺の人生が本格的に狂い始めたのは大学から。
過去に戻るとしたら18歳は理想的ではある。
しかも精神年齢は33歳のままってことだから、一応強くてニューゲーム状態といえる。
「どうですか?生前、人生やり直せたらって思ったりしたことありません?ありますよね?この異世界という新天地で、そのチャンスがやってきたんです!!手を伸ばせば始まるところに、新しい人生があるんですよ!」
もう一度、人生を?
やり直せる......のか...?
「無職だったなら、そりゃあお仕事は心配だと思いますよ?でも!お仕事なんて星の数ほどあるんですから、どれか一つくらいはユウヤさんがほんとに楽しいって思える天職がありますよ!ライラと一緒に、お仕事をいろいろつまみ食いしてみよう!くらいの気軽な気持ちでいいんです!失敗なんてないんですから!」
失敗なんてない...か。
なぜライラさんのような明るい性格の子がここに配属されているか、俺はだんだん分かってきた。
転生者はきっとみんな不安なんだ。そりゃそうだよな。
知らない世界に放り出されて、さあ仕事を、なんて微塵も不安がないほうがおかしい。
ヒキコモリだった俺は極端にそれが強いってだけ。
そんな不安な背中を押して、独り立ちさせる。その最初の一歩を進ませるのが、このライラって子の役割なんだ。
俺はもう一度ライラさんの顔を見た。
きっとうまくいく、素晴らしい未来が待ってることを1ミリも疑ってない。そんな底抜けに明るい笑顔がそこにはあった。
「ほら、ユウヤさん!」
ライラさんは、俺にすっと手を差し出した。
つまりナニが言いたいかって言うと、俺は...
「......そんなに言うなら、ちょっとだけ、がんばってみようかな」
ライラさんの手は、太陽のように暖かかった。
ライラさんは100%の笑顔を120%にニパっと輝かせ、
「その言葉を待ってました!どーせ一回死んじゃってるんですし、新しい人生だと思って、ライラと一緒に、頑張りましょ!」
つないだ手をブンブンと振り回した。
こうして俺は一度死に、異世界で働くことになった。
【重要なお願い】
少しでも
「面白い!」
「続きに期待!」
「ハマったかも!」
「更新頑張れ!」
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の2つをしていただけると嬉しいデス!
すると、私、瀬文ななちが
「この小説を書いててよかった...!」
「見てくれている人がいるんだ...!嬉しいな~!頑張ろう...!」
と、とても幸せな気持ちになります。
この気持ちのやりとりが、たったワンタップでできてしまいます!もちろん無料!
そして次回投稿が早くなります。
ツイッターでお褒めの感想もいただけると嬉しいです。飛び上がって喜び、その日中に次話を投稿する可能性さえあります。
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