プロローグ
コロナ全盛の今、生き物と疾病、人間との関係を問います。とはいえエンタ作品、楽しんでいただけたら幸いです。
街が炎に包まれていた。
街の上に立ち昇る黒煙は、燃える炎に照らし出され、まるで地獄を覆う天蓋のような禍々しさで闇夜の空にどこまでも広がっていた。
住民は街から逃げ出したか、もしくは炎の中でその身を焦がしているかのどちらかと思われた。
一瞬にして街を飲み込んだ炎は、広場に集まっていた老若男女、身分のあるなし、人格の高低、その他ありとあらゆる人間世界の価値観を無視して、熱流の中に飲み込んでしまったのであった。いったい人々のどんな罪が彼らをこのような無残な目に遭わせたというのだろうか。
「やれやれ、何もかもやり直しだよ……」
街を包む炎が寒風とダンスを踊る恐ろしい風景を、小高い丘の上から見下ろしてマゼルはため息をついた。
何十年も追い求めているものが、またしても一足違いで遠く果てのないところに行ってしまったのだ。もうあとちょっとのところまで来ていたのだが、それはこぼれ落ちる砂のように、マゼルのしわくちゃの手からするりと逃げ出してしまったのである。
マゼルは、強くなる一方の北風を防ぐため、マントの襟を胸元でかたく締め、黒い風除け帽子の紐を顎の下で結び直した。
そうして何もかもをもう一度やり直すために北へ帰ろうときびすを返したその時、何かがこの老女の耳を刺激した。
聞こえる……かすかだが妙に力強く響く音……いや、……声……。
これは……、赤ん坊の泣く声………。
この業火に焼かれる街のどこかに、まだ赤ん坊がいるのか。マゼルはじっと目を瞑り、耳を傾けてその声を聞いていた。それは意外と近い場所から聞こえてくる。マゼルはもう一度振り返り、燃える街に向かって走り出した。




