はらってポン
これまた2003年ごろに書いた文章。
多分初めて小説らしさを意識して書いた文章です。ギャグにしようとせいいっぱい頑張った感がすごい。
当時好きだった版権作品の影響をもろに受けていますね(汗)
今日も米山第5中学校は平和だった。
否、平和だと思いたかった。
心の中で泣いているのは、パッチリとした目と、肩辺りまでの天然茶髪が特徴的な少女だった。
平和であって欲しかったと、心の底から水月入江みなつきいりえは願った。
しかし、現実は無情である。
「あーあ・・・」
机は半数がひっくり返り、残りの半数がひび割れ凹み、さらに残りは原形を留めていなかった。
椅子も似たようなものである。
黒板のど真ん中にでかでかと入ったひびが、妙に痛々しい。
そんな『2-B』とかかれた教室内に、今人間は誰も居ない。
人間は。
「水月、何とかならないか?『ユウキ物処理委員』の仕事だろう。」
顔全体に無精ひげを生やし、メガネを掛けた中年男性。
彼は、廊下の窓から中の様子をうかがいつつ、隣の入江に問いかける。
対して入江は、ものすっごく嫌そうな顔をした。
「何とかするしかないじゃん、いちいちうっさいよムーちゃん。」
わしっ。
「か・り・に・も担任教師にその口の利き方は何だ!それに、『ムーちゃん』言うなって何度も言ってるだろうが!」
「はだだだだだ。ひだい!はんめんはやめへ~!」
ムーちゃんこと担任教師に顔面を鷲掴みにされ、入江はくぐもった悲鳴を上げてじたばたと暴れる。
「ムーちゃん、そういう場合じゃないと思いまーす。」
「ねー、入江ちゃんも遊んでないで早く何とかしてよー。」
「ムーちゃんもさぁ、いい加減諦めようぜ。」
「お前らまでムーちゃん言うな!!」
教室に入れないため、廊下でたむろしていた2-Bの生徒たちが騒ぎだした。
ムーちゃんはとりあえず怒鳴るが、静まる気配はかけらも無い。
「ナレーションまでムーちゃん言うな!」
おや、これは失礼。でも、ムーちゃんの名前まだ誰も呼んでないし。
「・・・・水月はどうなる?」
だって主役だし。
「・・・・(怒)」
「どったのムーちゃん?」
ほらほら、ナレーションと喋ってると、一見危ない人ですよ。
「・・・何でも無い、それより水月、早く何とかしてくれ。SHRが終わってしまう。」
「?はーい。」
入江は不審そうに気の無い返事をしつつ、教室に足を踏み入れた。
すると、それまで教室の真ん中でじっとしていたモノが動き出した。
入江に反応したかのように、ゆっくりと振り向いた、教室内をめちゃくちゃにしたそれ。
金の縦まきロール、ひらひらレースのリボンにドレス。青い瞳、白い肌、無表情。
赤ん坊程度の大きさの、所謂フランス人形がそこにいた。
時折人形の周囲が、バチッと音を立ててスパークする。
ぐちゃぐちゃに乱れた部屋の中、手足も動かず浮くでもなく振り向く人形。
なかなか不気味である。
「・・・・・」
そんな中、入江の心に浮かんだ一つの疑問。
「ねぇ、フランス人形って、何で『フランス』なの?全部フランス製なの?」
『知るか!』
廊下にいた全員が、見事に唱和した。
どうでも良い。ホントにどうでも良い。
「だって気になるんだもん、それになんでこんなのが学校にあんのさ?持って来たの誰?」
入り江が言ううちにも、ゆっくりと無音で近づく人形。
その人形の正体は、正真正銘単なる人形である。
ただ、人形が動いている原理に問題があった。
「なんか、どす黒い空気纏ってるよこいつ。よく今まで何にも無かったね。」
目を細めて、眺めるように人形を見ると、入江には視えた。
黒い、霧のようなものが人形に纏わり付いている。それは朧な人型を取り、ものすごい形相でこちらを睨んでいた。
「入江ー、今日はどんなだ?」
廊下から、一人の男子が声を掛けた。
「んーっとね、女の子みたい。結構若くて、あたしらと同じくらいかな?」
じっとそれを見つめ、知りうる限りの情報を述べる。
廊下で生徒たちが「おー。」とか無意味な感嘆をもらした。
「かなり怨みは深いみたい、もう気配真っ黒けだよ。
でも、はっきりいって力は弱いよ、低級雑魚霊だね。」
そう、人形は今、入江の言うところ『低級雑魚霊』に取り憑かれていた。
入江の所属するユウキ物処理委員会は、この手の事件をどうにか処理するのが主な活動なのである。
ざわ。
入江の発言が気に障ったのか、空気がいっそう重くなった。
「ふふーんだ、あんたみたいな低級霊怖くないんだもんね。はっきり言って、あたしの敵じゃないよ。
悔しかったらもっと派手に暴れてみればー?」
「こらー!挑発してどうする、さっさと祓えお前は!」
「ムーちゃんは黙っててよ。」
「ムーちゃん言うな!」
「良いじゃん、従兄弟だもん。ずっとそう呼んでたんだし・・・」
「今は担任と生徒だ、大体お前が勝手に呼んでただけで、俺は許可してないぞ。」
「えー、でも返事してたし。」
「こりゃぁ返事じゃなくて。否定だっつーに!」
ぶわっ!
ガタガダガダン!
二人の妙なやり取りが終わるか終わらないかの刹那、人形が動いた。
突如浮き上がると、関節も無いその腕を振り上げて、入江を指す。
その動きに、壊れた机や椅子が続いた。
「をを!」
―ちょっとびっくり~。
心の中で呟きつつ、入江はスカートのポケットから何かを取り出した。
それは、数枚の紙であった。
薄い黄色をした、一辺が手のひらよりも長い長方形。
表面には細かな文様が描かれている。
何処からどう見ても、『御札』であった。
しかし、その紋様は、なんだかカラフルで細い線で描かれている。
何処からどう見ても、色ペンで描いた自作にしか見えない。
ムーちゃんだけでなく、見守る生徒たち全員の胸の内を不安がよぎる。
「いっけ~♪」
なんとも気の抜けた掛け声と共に、その紙を投げつけると、それを阻むように机が動き、札は人形までは届かない。
それどころか、机が椅子が縦横無尽に飛び回り、入り江を攻撃する。
「ひょわ!ったっとぉ・・・」
ガゴドガバキゲゴンガシャパリーン。
奇妙な悲鳴を上げながら、ちょろちょろと逃げ回る入江。
結果として机と椅子は、壁といわずロッカーといわず黒板といわず窓といわず暴れ狂った。
「あー!教室が、学校が壊れるー!!」
「それより生徒の心配しろー!」
「お前みたいな馬鹿な生徒は知らん!さっさと終わらせんかい!!」
どうやら相当頭に血が上っているようで、立場的に少々問題発言するムーちゃん。
しかし、入江は平気な顔だ。
「大丈夫だよ、さっきのやつがそろそろ効くから。」
「ん?」
「あ、人形が!」
初めに気付いたのは誰だったのか、その声につられて人形を見れば、その動きが止まっていた。
入江もいつの間にか、逃げ回るのを止めている。
生徒たちが見守る中、人形が小刻みに震え・・・
ぱんっ。
とさ。
大きな炸裂音と共に、一度大きく光が瞬くと、あっけなく床に落ちた。
入江は残骸と化した机と椅子を避け、つかつかと人形に歩み寄り、ひょいと持ち上げる。
関節まで作られていないそれは、重力に逆らって突っ張ったまま、ピクリともしなかった。
先程の札は、遠隔的に効果を及ぼす特殊性なのだ。
「ん、はい終了~。」
廊下のみんなを振り向き、元気に宣言をする入江。
一同はほっと息を吐くと、ぞろぞろと教室へ入って来る。
「入江ちゃんご苦労様。」
「うわ、俺の机が・・・」
「窓の破片危ないよ。」
入江を労う者、それぞれ自分のことを処理する者、様々である。
そして、そんな彼らとは唯一違う行動をする者。
否、しなければならない者。
「よし、今教室掃除になってる班。窓の破片片付けてくれ。怪我しないようにな。
他は各自、自分の机を片付ける事。
手が空いたら掃除してる班の机も片すように。
それから、机が再起不能になってる奴は、俺のところに来いよ。ひと段落したら新しい机を取りに行くぞ。」
事後処理をする、担任である。
この辺は抜かりない。
「水月、それ本当にもう大丈夫なのか?」
ムーちゃんが言うそれとは、もちろん先程まで動いていたフランス人形。
「うん、さっきのこれ・・・」
言いつつ入江が見せたのは、すでに回収済みのばら撒いた御札数枚。
「取り付いてた霊は、この御札に封印したから。」
先程はカラフルな色ペンで描かれていたはずの紋様が、墨と筆で描いたような、黒く太い物に変わっていた。
「黒いのは上手く封印できた証拠なんだ♪。」
なんだか楽しそうである。
「悪いな、毎回毎回。
うちのクラスでこういうこと出来るのは入江だけだからなぁ。」
この手の自体を打破する特殊能力保持者は、そんなに多くは無い。2-Bでは、ムーちゃんの言葉どおり、入江ただ一人が能力者であり、強制的に委員にされていたのだ。
すまなそうに頭をバリバリ掻くムーちゃん。
それなりに責任は感じているらしい。
「良いよぉ別に。あたしもそれなりに楽しんでるし、ああいうのに暴れられたら迷惑だし。」
けらけら笑い、札を持った手をひらふらぱたはた。
「おい!そんなぞんざいに扱って大丈夫なんだろうな?それ」
「この札結構丈夫だもん。これはね、紙自体じゃなくて表面の紋様が重要なんだよ。
だから、紋様が崩れること・・・ぬらしたり、破いたりすると、封じたのがまた出てきちゃうんだけど、そうでなければ全然平気。
折ったりしても何ともないもん。
ちゃんと専用の処理する薬も持って来てあるし。」
手を止めて、いろいろ解説してくれる。しかしムーちゃんにとっては、そのあっけらかんとした能天気なしぐさが果てしなく不安である。
「・・・本当か?だったらさっさと処理してくれ。」
「わかってるもーん。」
くるっと方向転換した入江は、まだまだ散らかり放題の教室を横切り自分の机に向かった。
ムーちゃんはムーちゃんで、自分を呼ぶ他の生徒たちの対応を始める。
「えーと・・・あたしの机~・・・・・・
あ、あった。」
元々は窓際の列、真ん中辺りにあったはずの入江の机は、騒動で教室後ろの廊下付近まで転がってきていた。
横倒しになり、真っ二つになっていたが、奇跡的にかばん類は無傷のようだった。
指定の通校カバンではなく、家庭科で作った薄水色の手提げを持ち上げ・・・
「・・・りょ?」
変な声を出す。
「どしたの?入江ちゃん。」
ちりとりを取りに近くまで来た女子生徒が、聞きとがめて声を掛ける。
入江は何やら苦笑いを浮かべて、向き直る。
「あはは、やっちゃったよー。
札処理の薬さあ、空いたペットボトルに入れて来たら割れちゃったよ・・・」
言って右手で揚げた手提げは、水のように透明でさらさらな液体で濡れていた。
ちなみに左手には、衝撃で割れたのか、ぱっくりと裂けたミニペットボトル。
「あー、手提げびしょびしょだね。
どうすんの?」
「まあ、平気だけどね。薬は別に毒じゃないから、洗えば済むし。
この札も、家に持って帰って処理すれば良いだけだから。」
そんな会話をしつつも、作業を続け、程なくして教室内は一応落ち着いた。
・・・すでに時間的には一時間目に突入していたが。
「よし、それじゃあ新しい机を取りに行くから、一緒に来るように。
他のクラスは授業中だから、騒ぐんじゃないぞ。」
ムーちゃんの言葉に合わせて、生徒たちが動き出した。
「あ、入江ちゃーん、こんな所に札あるよー。」
一緒に机を取りに行こうとしていた入江が振り向くと、窓際最前列の机で声を張り上げている女子。
やっぱり紋様が黒くなった札が一枚、机の足に半分巻き付くように張り付いていた。
「あ、ありがとう。もって帰るから、こっちちょうだい。」
「うーん。」
入江の言葉に間延びした声で頷くと、彼女はその札を剥がそうと、無造作に手を伸ばし・・・
ベリ。
『あ。』
本人と入江と、たまたま目撃したムーちゃんを含む数名の声がハモッタ。
ビシッバリバリ。
嫌な音がし始め、それと共に破れた札がスパークを起こす。
「ひょええええ!」
破いた本人と目撃者たちは、我先にと教室の出口に殺到した。
まだ気付いていない者は、不思議そうに現場を振り向き、そして顔を引きつらせる。
「わわわわ!水月、早く止めろ!」
「破いた事無いから処理方法わかんないよ!」
「ナニィィィ!?」
さらに、水月が先程まとめておいた札までが、同じ現象を起こしだした。
ピリリッパリッバチッ!
「ど、どうしよう!」
それはどんどん激しさを増し、入り口は殺到する生徒でつかえてしまっている。
しかし、だからといって札が待ってくれるはずが無い。
バジィ!
『だあああぁああぁぁぁぁぁあぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!』
最大音と閃光と共に、とてつもない爆発と盛大な悲鳴が巻き起こった。
そして・・・
かんかんかん。
「ムーちゃん、今回のこれってあたしのせいじゃないよね?」
「・・・・・」
ごと。
「・・・あたしは絶対悪くないと思うんだ。」
「・・・・良いから黙ってやれ。」
「・・・はい。」
どさ。
この日、窓側の壁とベランダが無くなった2-Bの教室は、大掛かりな修復工事が入る事になった。
クラスは丸一日副担任による野外授業となり、ムーちゃんは監督不行き届き、入江は不手際・不注意であったとして罰せられる事になった。
しかし、別段重い罰を与えるような事柄でもない・・・
結果。
「おら、がんばれよー。」
「ちんたらやってたら終わんねーぞー!」
「・・・・・・・」
「もう疲れたよー!」
入江の悲鳴をBGMに、二人は修復工事手伝いで一日こき使われるのだった。
~FIN
タイトルが思いつかなくてだいぶ苦し紛れに付けた記憶があります。
そしてあまり成長してない文章力。ちょっと悲しい。
当時のあとがきもどき↓
現代の世界で、幽霊やら精神体やらが時々現れ、特殊能力者が適当に追っ払うという世界観。
『ユウキ物処理委員会』は『幽鬼』または『幽気』のつもり。
何処にでも在りそう且ついい加減設定。細かい事は言いっこ無しで。
結局本名出てこなかった担任は、『村山先生』。下の名前は未定だけど、むで始まる名前。
入江の約20歳離れた母方の従兄弟で、入江は『「む」から始まるから「ムーちゃん」』と呼んで一方的に親しんでいる。という要らん設定。