第8話 念願の学校
この世界へやってきてから数日。すっかり、こちらの世界の生活にも慣れ、俺は奴隷らしくメリス様の身の回りのお世話などをして過ごしていた。そんな日々を過ごしながら、2週間が経過したころ、メリス様はご飯を食べている最中に学校へ行きたいと、突然こんなことを言いだした。
「それまた急にどうしたんですか?」
「実はのう……」
俺はよくメリス様と一緒に買い物へ街に出かけるのだが、子供たちが楽しそうに遊んでいる姿を見ると、立ち止まってその姿を見ていたことが何回もあった。
それだけでなく、メリス様は貴族のため学校へは通わず、家に専門の先生を雇って家庭教師なような形で、みっちりと指導を受けていた。そのため、学校へ行ったこともなければ、同年代の友達もいないというわけである。
「なるほど、いいんじゃないですか!」
やりたいことをやるのが一番である。
「本当か! ありがとうなのじゃ!」
それから間もなくして、メリス様は念願の学校へ通うこととなった。
☆☆☆
「っていうか、なんで俺も一緒なんですか……?」
初めて学校へ通う朝、朝早くにメリス様に起こされると、「おぬしも一緒に行くんだぞ!」と言われ、今の状況に至っている。
「それは、トモヤスがわらわのパートナーだからな!」
メリス様は俺のことを決して「奴隷」とは言わず【パートナー】という言葉を使っている。これはこれで、メリス様なりの優しさなのだろう。
でも、そんなことよりも、メリス様の嬉しそうな表情を見られれば、俺はどんなことよりも嬉しかった。
(まぁ、これはこれでありかな……)
そんなことを思いながら15分ほど歩くと学校へ到着した。
手続きを終えると、自分のクラスへ向かう。
「ここじゃな、Cクラスは」
ドアを開けて教室へ入る。すると、先ほどまで賑やかだった教室は一転、メリス様が入るとわかると一気に話声がなくなった。そして、ひとりの女の子がその沈黙を打ち破った。
「もしかして、メ、メリス様……ですか……」
と、訪ねてきた。
「うむ、いかにも!」
学校は貴族だろうが一般市民だろうが、手続した順番にクラスが決まるため、混同クラスになることが多い。とはいっても、貴族階級の人たちは、学校へ来ることが稀なため、一般市民が貴族階級の人と交流できることは何よりも貴重な体験である。
「私、セイラと言います。これからよろしくお願いいたします」
元気で活発そうな女の子がそういうと、
「わ、わたしは、アルベルト。よ、よろしくです……」
さきほどメリス様に声をかけた子も一緒に挨拶した。この子は、セイラさんとは違って、どちらかというと引っ込み思案気味の子という感じだ。
メリス様は「よろしく」と笑顔で答えながら、丁寧に接していた。
しかし、メリス様や貴族に対していい感情を抱いている人物だけではなかった。
「貴族だか、魔王候補だか知らないが、いい迷惑だぜ……」
「本当です。それに、あなたは貴族なんですから、本来このような場所へ来なくても勉強できるはずじゃないでしょうか」
大柄な態度の男と、いかにも僕勉強できますよ、という感じの悪いふたりが、貴族に対して不信感をあらわにしている。
「やめなさいって! 貴族の方を侮辱すると、問答無用に処刑されるのよ!」
メリス様をかばうように、その女子は男子に言った。しかし、
「おいおい、ここは学校だぜ! 学校はいろいろなことを学ぶ場所だよな。当然、過去から現在までの歴史を学ぶ授業もあるはず。だから、俺はそこにいる人ではなくて、あくまで学問の観点から反論しているというだけなんだけどな」
「彼の言葉に捕捉しますと、学問の自由が認められているので、多数派の意見もあれば、少数派の意見もあり、それを引き合いに討論することも認められているんです。だから、僕らはあくまで少数派の立場からひとつの意見を述べたまでであります。もし、この討論に政治的な介入があったとすれば、それこそ言論統制で大問題になりますよ!」
ふたりは笑いながら、教室から出ていった。
「むかつく……」
「ホント、嫌な感じだよね……」
女子たちは正論を言われて、何も言い返せなかった自分に腹が立っていたのか、ただただこみあげてきた怒りをぐっと抑えることしかできなかったようだ。
「ありがとうなのじゃ、みんな。でも、わらわのことは心配せんで大丈夫なのじゃ!」
メリス様は気を使わせてしまって申し訳ないという感じで、みんなに謝っていた。まぁ、これが貴族に生まれた、そして次期魔王候補としての宿命なのかもしれない。ひとまず、このままメリス様を見守ることにした。
女子たちはもっと食い下がるのかと思っていたが、メリス様がそういうのであれば、という感じで早くも引き下がった。
「ところで……」
メリス様の横にずっと立っている俺のことがずっと気になっていたのか、ようやく切り出せたという感じで触れてきた。
「ああ、こいつはわらわのパートナーのトモヤスじゃ!」
そういうと、女子たちは「えええええ!」と驚いた。
「パートナーということは、おふたりは婚約しているんですか!」
彼女たちは乙女な反応を見せて、顔を近づけてきた。
俺は、
「いや、俺はただのメリス様の奴隷です……」
すぐに否定した。それでも彼女たちは俺たちのことをからかっていた。
しばらくすると、先生がやってきた。
「それでは、またあとで!」
セイラがそういうと、アルベルトはただ首を縦に振るだけだった。
席に着くと、少し年老いた先生は「こほん」と小さく咳をして、しゃべり始めた。
「ええ。本日からこのクラスを担当します、リアラ・アルステルダムです」
ゆっくりとした口調で、穏やかなしゃべりだが、覇気がある。
「それでは早速ですが、これから基礎能力テストを行いますので、すぐに外へ出てください」
言われるがままに俺たちは外へ出ていった。
「テスト内容は簡単です。そこにある気を風魔術で集め、火魔術で火をつけ、最後に水魔術で消化する、というものです。それでは名前を呼ばれた人から始めてください」
あくまで、基礎能力を見るだけのテストなので、みんな簡単にこなしていく。そして、メリス様の順番になる。
「次、メリス・スカイフ・ガーデン」
彼女の名前が呼ばれると、教室でメリス様やセイラさん、アルベルトさんたちをバカにしていた男がメリス様に聞こえるぐらいの大きさで、
「おいおい、あの人って魔術使えるのか?」
「噂だと使えないらしいですが、でも、それはあくまでも噂ですよ。それに、魔術を使えなければこの学校へは来ていませんよ!」
「あっ、それもそうか!」
メリス様をバカにするような発言で、悪目立ちしている。
「メ、メリス様……」
俺は少し心配になって声をかけるが、
「大丈夫じゃ! 気にするな!」
小さい体ではあるが、そのときはどこかかっこよく見えた。
「メリスさん。あなたは王族の方、そして次期魔王候補の方ということもありますが、申し訳ございません。ここにいるときだけは、あなた様を特別扱いすることはありませんので……」
念を入れてなのか分からないが、先生は断りを入れていた。
しかし、それを知りながら入学したのはメリス様のほうであるので、それは承知の上だ。
「それでは、メリスさん。始めてください」
「うむ!」
杖に魔力をため込み、その魔力を解放する。
「うりゃああああ!」
薪を集めるくらいの小さな風でいいのだが、魔力が少し多かったのか、みるみるうちに大きくなっていた。
「メ、メリス様!?」
出現した風はとてつもなく大きかった。