第5話 初めての掃除
「さて、トモヤス! さっそくじゃが、わらわの部屋の掃除をお願いしようかのう!」
はぁ、なんてかわいいんだろう……じゃなくて、しっかりと彼女から指示された命令には従わないと奴隷ではないと怪しまれてしまう。
「は、はい、かしこまりました。メリス様……」
そう返事をすると、メリス様は俺を連れて自分の部屋へと向かった。とはいっても、メリス様の部屋は俺の部屋のすぐ隣だった。
「さぁ、ここがわらわの部屋じゃ!」
どうぞ、と言われて足を踏み入れようとしたとき、
「!?」
部屋から漂ってくる強烈な異臭が俺の鼻を刺激した。
「なんじゃ、早く入らぬか……」
そうはいっても、足を踏み入れにくい部屋だ。部屋のなかはゴミでまみれており、足の踏み場所もなかった。しかし、メリス様はそんなことはお構いなしのようで、淡々となかへ入っていく。
「お、おじゃまします……」
こんなかわいい子からは想像もつかないほどに散らかっている汚部屋。部屋のあちこちからはカビのような何かが生えており、空気も非常に悪かった。とりあえず、換気のために窓を開けた。
外の空気は新鮮で、外の空気を浴びると俺は少し生き返った。
「メリス様、いつぐらいからこんな感じに……」
「そうじゃのぉ……メイドを雇えなくなってからだから……だいたい50年ほどかのぉ……」
「ご……50年ですか……」
聞くところによると、昔はメイドを雇っていたそうなのだが、不況のあおりを受けてしまい、なくなく雇い止めとなってしまったそう。というか、魔界にも不況のあおりとかあるんだな。
まぁそれは置いといて、メリス様の部屋に目を向けると思った以上の散らかりようだ。雑巾やモップなどといった掃除道具はメリス様が持ってきてくれたが、正直ここにある掃除グッズでは心もとない。
「メリス様、一回部屋に戻って掃除道具を持ってきたいのですが……」
「ここにある道具じゃダメなのか?」
「そうですね……隅々までキレイにするとなると、いろいろと道具が必要になってきまして……」
「そうなのか! どうんな道具なのじゃ?」
「えっと、まぁ、ちょっと待っていてください。すぐに持ってきますので……」
俺は部屋を出て自分の部屋へ戻った。
このまま元の世界に戻れればと思ったのだが、それはのちのち大変なことになるかもしれない。それに、今のところ元の世界に戻れる手がかりもないので、今回はメリス様の部屋の掃除をすることにした。
俺は自分の部屋に常時置いてあるマイ掃除セットを持って、メリス様の部屋に戻った。
「お待たせしました!」
「これらがおぬしが普段から使っておる掃除道具なのか? なんか、おもしろいのぉ……」
俺が持ってきた掃除道具をじっと見つめるメリス様。本当にこんな道具でこの部屋がキレイになるのかという疑問を持ちながらも、お手並みを拝見という表情を見せていた。
それでは、いよいよ掃除スタート!
まずは、使い物にならないものは割り切って捨ててしまうことにした。ただ、メリス様が大事にしているという、ウサギのようなキャラクターのぬいぐるみがあるのだが、それだけは捨てないでくれとのことだ。
「かしこまりました!」
それ以外はひとまずすべてゴミ袋に入れることにした。一応、90リットル入るゴミ袋を10枚ほど持ってきたのだが、足りるか心配になるくらいのゴミの量だった。それでもなんとか持ってきた分のゴミ袋に収まった。
「おお、なんだか広く感じるぞ!」
メリス様は大はしゃぎしていた。しかし、まだ掃除は終わっていない。これからが俺の腕の見せどころだ。
先ほど持ってきた掃除道具から、お酢と重曹を手に取り、カビらしきものが生えている場所に振りかける。すると、すぐに汚れが浮き出してきたので、最後は乾いた布でさっとふき取る。
「おおお! キレイになったぞ! 何をやったんじゃ!」
今まで見たことのない掃除方法にメリス様も目が釘付けになった。
「メリス様もやってみますか?」
「おお、いいのか!」
目をギラギラとさせながら、元気よく返事をした。
先ほど、俺がやったのと同じ要領で汚れをキレイにしていくメリス様。
「おおおお! す、すごいのじゃ! わらわでも簡単に掃除できるのじゃ!」
メリス様はすごく感動していた。
すっかり気に入ったのか、メリス様は張り切っており、
「わらわはここをやるから、モトヤスはあっちをやってくれないか!」
と、指示まで出してきた。
「わかりました! もし、何かわからないことがあれば聞いてください!」
掃除は面倒くさいという空気を漂わせていたメリス様はどこへ行ったのか、今はノリノリで楽しそうにしながら自ら進んで掃除をしている。
しかし、しばらくするとヘルプの声が出た。
「モトヤス……」
ちょっとばかりしんみりしていた声で呼びかけられた。俺は急いでそちらへ向かうと、
「モトヤス……ここなんじゃが……」
先ほどのようにお酢と重曹をかけても汚れが取れないらしい。汚れが素材の奥まで入り込んでしまっているようだ。
「なるほど、なるほど……」
「なんとかならんのかのぉ……」
心配そうな顔で見つめてくるメリス様。
「大丈夫です! これも想定の範囲内です!」
「ほ、本当か! ど、どうすればいいのじゃ?」
先ほどの掃除セットから俺は歯ブラシを取り出した。
「これを使ってゴシゴシとこすってみてください」
初めて見るものなのか、不思議なものだと思いながら汚れのか所にそのブラシを当てて、ごしごしとこする。すると、汚れが取れてきているのが分かった。最後に、軽くタオルで拭くと、
「おおおお! ホントに取れておる! モトヤスはすごいのぉ!」
元の世界では結構知られている方法だが、こちらの世界ではそもそもそういう知識がないのだろう。
だから、俺が見せた掃除道具や汚れを取る方法は、彼女にとって新鮮だったのかもしれない。
そうこうしているうちに、ふたりがかりで取り掛かった部屋の掃除は、あれよあれよと片付いていき、ものの2時間ぐらいでだいたいキレイに片付いた。
「おおおお、ここがわらわの部屋なのか! こんなキレイで広かったんじゃのぉ!」
約50年ぶりに自分の部屋を見渡した彼女は、あまりの輝きに心底感動していた。
最後に、最初に重曹と水に着けておいたメリス様お気に入りのぬいぐるみを取り出すと、汚れが落ちてキレイさっぱりとなっていた。水気を切って、風通しのいい日陰につるして干しておく。
「これで、よし……と!」
ベッドの布団は使い物にならないので、俺の部屋にあるもうひとつの布団を臨時的に貸してあげることにした。
「モトヤス、掃除って楽しいんじゃな! わらわもこれからは頑張って掃除してみるのじゃ!」
「はい、そういっていただけると俺も嬉しいです!」
メリス様が掃除に興味を示してくれたことに、少しうれしく思った。この調子で、再び汚部屋にならなければいいのだが……それだけが、心配であった。
「それでは、掃除道具類を片付けてきますね!」
「うむ、わかったのじゃ!」
マイ掃除セットを自分の部屋に置いて来ようと気分よくメリス様の部屋を出た。そして、隣の俺の部屋のドアを開けようと、ドアノブに手をかけたとき、
「おい、何者だ!」
突然の出来事に、俺はそのまま手をあげることしかできなかった。