第4.5話 次期魔王候補
「ウェイリーン様、マリン殿がお見えになりました」
メリスの側近であるマリンは、、現魔王のウェイリーンにお城の最奥にある部屋へ呼び出された。その部屋の前で見張りをしている人に用件を伝え、ウェイリーンに確認しに行く。
「確認が取れましたので、どうぞお入りください」
魔王直々に呼び出されるということは、よほどのことがない限りあまりない。何を言われるのかという恐怖に加え、緊張も相まってマリンは体を震わせていた。
なかへ通されると、魔王は口に葉巻のようなものを加えながら窓の外を眺めていた。
「きたか……」
その貫禄と、その言葉に圧倒されるマリン。
「あの魔王様、本日はどのようなご要件でしょうか……」
張り詰める空気のなか、マリンは勇気を出して言葉を発した。
ウェイリーンはひとつ軽く咳払いをする。
「実は、メリスのことなんだが……」
「メリス様ですか……」
自分のことでないとわかると少し緊張がゆるんだ。
「あぁ、そうなんだが、メリスはうまく魔術を扱えるようにはなったのか?」
なんて答えればいいのだろうか。マリンは体を硬直させて考えているようだった。魔術は相変わらず使えるようにはなっていないが、熱心に毎日のように魔術についての書物を読んでは実践している。しかし、マリンが知る限り成功したことは一切なかった。
しばらく無言でいると、
「どうなんだね、マリン!」
「は、はい……そのぉ、使えると言えば使えるんですが、まだ実戦での使用はできない状態かと……」
曖昧な表現で濁したが、
「なんだ……まだ、魔術ひとつも扱えないのか……」
「は、はい……も、申し訳ございません……」
メリスの失態は、側近のマリンにまで及ぶこともあるため、必死に頭を下げた。
「まぁ、そんなことだろうとは薄々思っていたよ。と、それはそれで、実はマリンに聞いてほしいことがあって呼び出したのだ!」
「えっ、わたくしにですか?」
魔王は重たい口を開ける。
「実はまだ誰にも伝えていないんだが、そろそろ俺も魔王の座を引退すべきだと考えているんだ」
「そ、そうなんですか!」
このことは、まだ魔王幹部の最上位クラスの人しか知らない、トップシークレットらしい。
「な、なぜそのことを私に!」
「それなんだが。マリン!」
ウェイリーンの威勢がひときわ大きくなり、マリンは突然の大声に体をビクっとさせた。
「実はこの前の魔王会議で、君を時期魔王候補のひとりとして名前が挙がったのだ!」
「そ、それは、本当でございますか!」
まさかの事実に必然と声も大きくなった。しかし、ここで態度を取り乱してしまったらこの話はなくなってしまうかもしれないと思い、冷静になろうとした。
「で、でも、時期魔王候補はメリス様だと思うのですが……」
心のなかでは「このような機会は二度とないかもしれない!」と思いつつも、顔は平常心を保ちながらウェイリーンとの話をつづけた。
「そのことなんだが、時期魔王候補とされている我が娘のメリスがあんな状態で、魔界住民の評判もあまりよくない。だから、我々も考えたのだ。魔王の血縁制を廃止しようということを!」
「そ、そうなんですか!」
代々続いてきた、魔王の血族制を廃止しようというのだから、思い切った改革に乗り出そうとしていることがうかがえる。
「まだ、正式に決まったわけではないのだが、ほぼほぼこのような形で動いている。とはいえ、まだメリスが次期魔王候補ということは変わりないが。その結果は、今日のメリスが行うとしている、召喚魔術と奴隷契約の締結有無が最初の判断材料だ。もし、これで失敗すればメリスには次期魔王としての能力はないと判断して、魔王の血縁制廃止も正式に発表するつもりだ」
「その、もし、メリス様が召喚魔術と奴隷契約の締結に失敗したら、メリス様自体はどうなるんですか?」
「そのときは、魔王候補でなくなるのでこのお城から追い出し、いち魔界住民として暮らしていかなければならない」
「そ、そうなんですか……」
これまで一緒に過ごしてきたメリスが、魔王候補の尊厳を失い、一般魔界住民に成り下がるのは側近として悲しくもあるが、それよりも今は自分の利益が優先だと考えた。
「だから、一度考えてみてはくれないか?」
この機会を逃すとおそらく、あとにも先にもこのようなチャンスは訪れないだろう。そう思ったマリンは、
「はい、そのお言葉、ありがたく受け取らせていただきます」
「そうか、よろしく頼んだぞ、マリン」
「はい、ウェイリーン様」
マリンは心のなかでガッツポーズを決め、頭を下げるとニヤリと笑った。
(正直、ポンコツで世間知らずのあのお嬢様が、今年も奴隷契約を成功できるわけがない! ということは、実質、俺が魔王候補というわけか! 笑いが止まらないな)
マリンの心が変わるのはそう遅くはなかった。