それぞれの仕度④ 混ざる命
それぞれの仕度④ 混ざる命
──ヘパスト・レンの工房
青年と少年が背中を曲げてその部屋に入って行く。
「なんだ?今日は客が多いな」
エイドはその部屋に入ると単刀直入に「僕のアースを溶かしてください」とレンに言った。
男はゴーグルを外して青年と少年を見上げた。
「アベル・ウインか」
「いや! 俺が勧めたわけじゃない……ですよ」
青年は男に両手を突き出してアピールした。
その際、今自分がいる場所を忘れたため、背中を伸ばしてしまい天井に頭をぶつけた。
「いつかこの日が来ると思ってた。だから準備は出来てる。刀を貸しな」
「お願いします」
少年は刀を1本だけ渡した。
すると男はそれを受け取らず「アホ。そっちもだ」と言ってもう1本の刀を指差した。
「えっ。あぁっ、お願いします」
「すぐに出来るから黙って座ってろ」
「座ってろ」と言った男だが近くに椅子は1つしかなかった。
立ったままの青年と少年は顔を合わせた。
「あ~。俺の椅子は無い感じ?エイドくんほら、座りなよ」
「えっ、でも」
「騒ぐとレンさんに怒られるよ」
そう言われると少年は口を両手で押さえて椅子に座った。
(そういえばどうして刀を2本とも預かったんだろう。1つは飲む用の石を外すとして、もう1つは何用なのかな)
「ほれ、これだ。お前さんのはまるで血だな」
男はコップを少年に渡した。確かに中の液体は血液のようだった。
赤くて重みがあり、水をインクで赤くしたのとは違う。
生き物の体の中でさっきまで流れていたそんな物のようだ。
だから「まるで血だな」と言うのは不思議ではない。
けれどその発言に青年はデリカシーの無さを感じた。
「レンさん!彼にそういうことは──」
「トマトジュース。みたいですね」
青年の気遣いなど必要なかった少年は、それをまじまじと見てニヤけた。
それどころか何の躊躇もなくコップに口を近づける。
「いただきます」
(匂いは……しない。少し鉄臭い?
いや、それは部屋の匂いかコップの匂いだ。
見れば見るほどトマトジュースだ。
暖かいトマトジュースだから、トマトスープかな?)
少年は深呼吸をしてそれを口に含み喉に通す。
(うっ。思っていたよりもドロドロしてる。
一気に飲んだら喉がこれで固まりそうだ。
──僕は今、何を飲んでいるだろう。
アースっていうのは幻獣の力が宿っている石。
じゃあ石を飲んでるのかな?
それとも幻獣?
分からないけれどこれを全部飲めば、僕はみんなと同じくらい強くなれる。
そして火を操って、相手を出来るだけ殺さないで倒すことが出来るようになれる)
「大丈夫かい?」
「何の味もしないんですね」
少年はコップを置き青年が渡したティッシュで口元を拭いた。
コップの中には液体の流れていた跡がくっきりと残っている。
「今日1日はゆっくりした方が良いよ」
「いえ、早速戦い方を教えください」
「ならこれを持っていけエイド」
ゴーグルを外した男は部屋の奥から金庫を開けて、長い刀を持ってきた。
少年と青年が興味津々に見る目の前で、以前少年が使っていた短い刀についていた石を太刀の柄に移植した。
その太刀を鞘から抜いて、柄の部分を少年に手渡す。
「これが本当のお前の武器。日本刀──紅ノ心だ」
「・・・ツバキ。ずっしりとしていますね」
今までの刀よりも長くて重い。
でも両手で握れば扱えそうだ。
日本刀って、相変わらず綺麗な武器だな。
出来れば武器として使わないで、部屋に飾って置きたいや。
「刃まで赤い」
青年はその太刀と目の前の少年の髪を見比べていた。
「お前さんの背や手の大きさとか色々考えて造った。ま、想像だから実際とは違うだろう。使いにくかったら持ってこい」
「ありがとうございます」
レンは部屋の奥へ、ウインは部屋の出口へ。
と、2人がエイドから目を離した時。
少年は刀を鞘に納めず刃を自分の左腕に向けていた。
そのまま刀を持っている右手を振り上げる。
「エイドくん!!」
何かを感じ振り返った青年は咄嗟に彼の右手を両手で押さえた。その声と力に少年は驚いた。
「す、すいません。急にアースを発動したくなって」
「それは君の意思か!? それとも!」
(あ、あれ? えっ?
アースを発動したくなった……のか?
僕はそんなこと思ってない……はず。
なら何で刀を振り上げたんだろう。
もしかして幻獣が僕に命令した?)
「ウインさん。僕はきっともう人間じゃないです」
青年は少年の肩を掴んで「そんなこと!」と、言いかけたがそのまま口を開いて止まった。
その先、何て言えば良いのか分からなかったのだ。
結局何も言えず彼は肩から手を離した。
「おいおいお前ら。ここでドンパチはやめてくれよ」
「すいません」
少年は訳が分からないまま頭を下げた。
「僕は何をしたんだ?」少年はそう思っていた。
「エイドくん!やっぱり今日は刀を預けて休むんだ」
「はい。すいませんでした」
少年はゆっくりと刀を鞘にしまって奪われるようにウインに刀を渡した。
(刀をウインさんに渡したその瞬間だけ胸が絞められるように苦しくなった。
渡したくない。ずっと持っていたい。そう感じた。
でも持っていたら今みたいに何をするか分からないから、渡すしかない。
明日になればまたツバキに会えるんだから)
「失礼しました」
少年は足を擦りながら名残惜しそうに部屋を出て行った。
音を立てずに閉まったドアを2人の男は眺めていた。
「ウイン。あいつがここに初めて来た時は、もっと可愛い子供だった気がするんだ」
「別に、彼は今も可愛いと思いますよ」
「あいつらはどうして子供なのに戦うんだろうな。どうして幼い命をかけて……あぁ悪い、お前さんもまだ子供だったな」
「そうですよ。俺はまだ14ちゃいで──」
「お前らさあ強いんだろう?だからいざって時はあの子らを守ってくれよ」
「……歳をとると優しくなるんですか?」
「人が真面目に言ってるのにテメぇ! ふざけやがって!」
隣にいたレンはウインの横腹に拳を2発打ち込んだ。
驚き飛び跳ねた青年はまた頭を天井にぶつけた。
「……真面目に返事したじゃないですか」
「俺はテメエみたいに背の高い奴が嫌いなんだ! とっとと出て行け!」
「こんなウサギの巣みたいなとこ! 2度と来ませんよー!」
青年は両手で頭を押さえて部屋を出て行った。
紅ノ心:太刀。刃が赤い。柄は黒色。鞘も赤色。