左腕③
左腕③
────領土外 ジズとは別のとある洞窟の入り口前
白い満月の下、荒野には人相の悪い男たちが数十人集まっていた。
銃や剣などの武器を持っている男や、馬に乗っている者もいる。
そんな中、全員に共通して言えることがある。
それは過酷な環境の中で身につけた肉体だ。
その屈強な男たちの中に違和感が一箇所あった。
幼い子供である。
野郎たちの集団の先頭に子供がいたのだ。
白い肌にツヤのある金の髪。
その違和感からもしも子供でなければ、彼がこの集団を従えているリーダーだと思い込むだろう。
「なんだなんだ? ジズを潰せるって聞いたから来てみりゃこんなちびガキが──」
1人の男が指の間接を鳴らしながらその子供に近づいた。
しかし自慢の力が子供に触れる前に、その子供の爪によって顔を引き裂かれた。
顔は肉の束になり、男の胴体は手を組みながらその場に倒れた。
あたりには血と肉片が飛散する。
男の顔を引き裂いた子供は口を横に広げ、劇を見て笑うように嬉しそうな顔をした。
切り裂いた子供の爪は長いわけではない。普通の小さい手。
そんな子供に殺された死体を見て男たちは悟った。「こいつは特別だ」と。
「はーい!こんなガキがリーダーです。よろしくお願いします」
子供としては笑いを取ろうとした。
しかし男たちは皆「殺される」と感じた。
中には隙を見て逃げ出そうとしている者もいたが、足が震えて実行できなかった。
「ど、どうやってジズを潰すんだ? あいつらは武器も十分で化け物を飼ってる!」
子供の目の前にいた男がそう聞いた。
聞いたが別に知りたくはなかった。
殺されると感じた彼はとにかくその子供の気を逸らそうとした。
「そう! ジズには化け物の力を宿した幻獣がいる。けど、みんなもこれを飲めば平気」
子供はポケットから出した小さな手をその怯えている男に差し出した。
男が両手をお皿のようにすると手を開いた。
その中からは黒い豆のようなものがいくつも出てきた。
それは自然の物ではない光沢を放っている。
「これは・・・飴ですか?」
「これは肉体強化薬! これを飲めば誰でもあの化け物を武器なしで倒せるようになるよ!」
「なるほど、だからテメエもちびっ子のくせに強いわけか」
薬を受け取った男の隣にいた男がそう言った。
その男の体格は野郎たちの中でも立派な方だった。
大きな男を見上げた子供は「僕とやってみる?」とにっこり笑った。
「ああ、これを飲んで良いならな」
男は有無を言わさず隣の男から薬を全て奪い一口で飲み込んだ。
男の体にはすぐに変化が出た。
腕や脚などその肉体が倍の大きさになったのだ。
この目に見える変化に飲んだ男はもちろん、周りの男たちも盛り上がった。
さっきは子供を化け物だと思ったが今はもっと凄い化け物が目の前にいる。
野郎たちは「この化け物ならこの子供を潰す!」と確信し野次を飛ばす。
「泣いてママを呼ぶなよちびっ子!」
「おっぱいでも吸ってこいよ~」
「オムツ変えてやろうか~?」
巨大化した男は右腕を自分の足元の子供に容赦なく落とした。
男からすれば蟻を潰すようなもの。
それを行う男は心の中で少しも罪悪感を感じていない。
生まれて初めて感じるその力に惚れていた。
それに目の前にいるのは罪のない子供ではない。
人を殺した子供だ。
男は「この力ならどんな化け物も倒せる」と思った。
「──僕に呼べる親はいない。僕にいるのはコペルトさんだけ」
2回。それは子供が腕を振った回数。
それだけで自身の4倍以上はあるであろう男を肉のブロックにした。
右腕は男の胴体を横に、左腕は男の体を足元から頭にかけて切り裂いた。
子供はあくまでも素手。そして普通の手。
解体された男の体で唯一残ったのは子供に向けていた拳だけ。
臓物が血の雨となって辺りに降り注がれる。
子供は自分の前にぼてんと落ちた腕を拾うと、男たちによく見えるように掲げた。
「はい、次に僕とやりたい人~」
男たちは息さえも出来なかった。
自分たちの目の前で自分でも勝てそうな小さな子供に、自分より強そうな奴らが2回も素手で殺されたのだ。
しかも銃や剣などでただ殺されたのではない。素手で肉片にされたのだ。
「君たちは今日から反ジズ組織──ライコスだ!」
男たちは言わされるように雄叫びを上げ拳を上げた。
「まずは何をすれば良いですか……」
「そこら中にいるジスの兵士を皆殺しにしちゃってよ。あと僕のことはジシス様って呼んでね?」
「了解ですジシス様!」
誰にも手のつけようがない荒くれ者たちが、鍛えられた軍隊のように返事をし小さな子供に向けて敬礼を行う。
「薬をもらったら行け行け~!」
ジシスが持っていた男の腕と黒い丸薬を天に投げると、男たちは逃げるようにその場を離れていった。
だが、本当に逃げようとする者はいない。
「逃げても逃げきれない」「逃げたら殺される」そう考える者もいた。
しかし多くは「あいつに従えば自分たちは安全だ」と考えた。
子供に従うことは屈辱ではなかった。
なぜなら彼らの中での子供の存在は、もはや子供ではなくなっていたからだ。
「今度の奴らは使えそうか?」
洞窟の中から黒いローブを身につけた青年が出てきてジシスの頭に右手を置いた。
ジシスは手をどかすように顔を上げて彼を見た。
「それは実験台としてですか?」
「当たり前だ。ジズの兵士を消したければお前を使う」
「じゃあ早く僕を使ってください」
「ダメだ。暫くはサンプルたちに暴れてもらう」
寄ってくるジシスを無視した青年は、足元に散らばった肉をすり潰した。
スラフ・ジシス:金髪の男の子。細くて白い肌は一見不健康そうだが声は大きく元気である。