25話 左腕①
25話 左腕①
────現在 対ポルム組織ジズ 隠し通路
ウインはバモンに連行されるように通路を歩いていた。
「そういえばお前、俺の教え子に会ったと言ったな」
「ん? そんなこと言ったけ?」
「村Aに行ったのか?」
「・・・いや~。最寄りの村だけでも見てみようかな~って」
振り返って自分を見るバモンの顔をウインは何がなんでも見なかった。
「そういえばあそこには今日、ファイン・ドド偵察クラス長も行っていたはずだが、お前は会わなかったか?」
鼻歌を歌いながら通路を歩いていたウインの全てが止まった。
「どうした?」
「ちょっと俺トイレ!」
振り返ったバモンをどかしウインは猛ダッシュで狭い通路を走って行った。
彼のその様子に何も不自然さを感じなかったバモンは「なら早く言え」と遅れて言っただけで1人で歩き始めた。
(最悪だ! もしあのことをファイン・ドドが見ていたらまずいって!あの人はだって……博士側の人間なはず!)
走るウインは当然トイレには向かっていなかった。
────対ポルム組織 マダー・ステダリーの部屋
ニアース班の3人は髭を生やした男と向かい合うようにして座っていた。
報告をする班長の少女は2人の少年に挟まれて真ん中にいる。
「じゃあ報告をお願いしようか」
「はい。残念なことに……村Aは壊滅的状況でした」
「それは大変だね。じゃあ次はエイドくん。報告をお願いね」
この時、3人は驚いた。
なぜなら、自分たちが重要だと思っていることが、目の前にいる人には重要ではないと分かってしまったからである。
それともう1つ、エイドが報告するように言われたからだ。
「聞こえなかったかい? エイド・レリフくん?」
これは彼女たちにとっての想定外であった。
(どうしてエイドが?
ウインさんの話では班長以外が話すことはまずないって。
それに今のエイドはちゃんとウインさんとの約束を守れるかどうか)
ニアースとカインは心臓に汗をかきそうだった。
自分ならちゃんと青年との約束を守れるという自信と信頼が双方にあった。
けれどエイドに対してはそれが不十分。
それは彼が青年との約束を守る意味を分かっているか、不安だったからである。
「・・・ぼ、僕が言うんですか?」
話す気満々なエイドの声に2人は焦る。
(おいおいエイド。分かってるよな? 人間のドミーのことは内緒にするんだぞ?)
膝に置いているカインの手は落ち着きをなくしていた。
「そうだよ?難しく考えなくて良い。見てきた物をありのままに報告すれば良いんだ」
(見てきた物をありのままに、か。見てきた物……いっぱいあるな。村、銃を撃ってくる人たち、大男、死体、ウインさん、血──人間のドミー)
エイドは何を話そうか悩んだ。
答えを知っていて話せることがたくさんあるというその感覚は少年にとって気持ちが良かった。
彼はすぐにそのたくさんあることの中から1つをあっさりと決めた。
「え、エイドロンってなんなんですか?」
それは少年の頭の中に残っていた言葉。しかし正確には違った。
彼の頭の中にはそう言っていた男の顔が残っていたのだ。
けれどそれを正直に言うことは出来なかった。
なぜエイドロンのことを言ったのかニアースとカインには理解出来なかったが、何はともあれ安心した。
「エイドロン……現地の言葉で幻獣だけどそれがどうしたんだい?」
男は髭を触りながら尋ねた。
「きき、気になって。その、僕の名前と似てるので」
(気になったのは嘘じゃない。
でもどうしてこんなことを聞いたんだろう。
他にもっと報告すべきことがあったと思う。
でもあいつがまだ頭の中にいて、まるで言わされたみたいな感じで……うん、やったことがいくら正しいとしても「人を殺した」なんて僕には言えないよ)
「そういえば君にその名前を付けたのは──」
ノックの音が3回鳴り、ドアを開けて1人の男が入ってきた。
「失礼します。ステダリーさん緊急の報告が」
「どっ、ドドさん!?」
振り返って見たドドさんの顔は怒っていそうな……いや、真剣な顔だった。
******
マダー・ステダリーの部屋から出たエイドたちは廊下を歩いていた。
「ドドさんの緊急の報告ってなんだったんでしょうね」
僕たちの方こそ緊急で伝えるべきことを知っていた。
でも伝えるべきか伝えないべきかを決めていなかった。
それにあれ以上は時間稼ぎができなかったから、ドドさんが来てくれてホッとした。
「タイミング的に嫌な感じね」
「てかもう休もうぜ~。俺疲れたよ」
「あんたレンさんのところ行かなくていいの?」
「さっき行った時に明日で良いってさ」
「そう。じゃあ今日は解散」
少女は少年たちよりも早歩きで廊下を歩いていく。
「あいつ。また明日くらい言えないのかよ。ほんと可愛くねえ」
「流石のニアースさんも疲れているんですよ」
色々なことがありすぎた今日はこんなにもあっさりと終わってしまう。
時間が経てば経つほど薄れていく人を殺したという感覚。
こうやってみんなのように命を奪うことに慣れていくものなのかな。それとも今は疲れているからかな。
どちらにしても僕はもう、今日みたいなことはしたくない。