赤い髪の青年② 回想
赤い髪の青年② 回想
「もうちょいで1年か。いい加減そんなこと言うのやめてくれよ……班長」
────数ヶ月前 対ポルム組織ジズ
岩の壁に挟まれた広い廊下で3人の青年たちが怒鳴りあっていた。
「俺はやっぱり納得がいかない! どうしてジズは外の連中を受け入れないんだ!」
薔薇のような赤色の髪の毛の青年はそう言いながら、青色の制服を着ているバモンの胸元につかみ掛かった。
整えたネクタイ、胸元の襟が紙のようにくしゃくしゃにされてしまった。
けれどバモンはその手をどかそうとはしない。
「受け入れたくなくて受け入れないわけではない! 今の状況で既にジズは限界なんだ!」
バモンは正しいことを言ったのかもしれない。
彼は相手が納得する答えを言ったのかもしれない。
だからこそ、そう感じた赤い髪の青年は胸元を離さなかった。
「でも俺は知ってる……生活区には前の戦争で生き残った権力者とか、優秀な学者が密かに保護されてんだろ? 生活区で暮らしてる他の奴らは奴隷のように働かされてるのによ!」
「それでも外よりはマシだろ!」
乱暴になってしまったバモンは胸元を掴んでいる赤髪の青年──イーサン・コペルトの手を両手で掴み強引に離そうとした。
けれどその両手の上にコペルトのもう片方の手が乗っかった。
「そうだ! 外よりはマシなんだよ! なのに今でもそんな外で暮らしてる奴らが大勢いるじゃねえか! 今日だって何人の人間に助けてくれと言われたんだ! ああいう人たちを助けるのが俺たちの──」
「よ、よせよイーサン。班長に言ってもジズの方針は変わらねえよ」
バモンを掴むコペルトの手の上に、仲裁しようとしたウインの両手がゆっくりと重なった。
コペルトはその手を払うようにして青い襟元から手を離した。
しかし彼が落ち着くことはない。
「じゃあ誰に言えば良いんだアベル!」
コペルトは今度はウインの両肩を両手で押さえた。
彼は「答えを言うまで逃がさない」と言うように、自分よりも背の高いウインの肩に体重をかける。
ウインは初めて見た彼の目に恐怖を感じ口が縮こまる。
「……マダー・ステダリー博士。ここで一番の決定権を持ってる奴に言わなきゃダメだ」
問いに答えると肩はすぐに解放された。
「じゃあ今すぐ言いに──」
コペルトが一歩を踏み出した時、首元を整えたバモンが「行くな」と、彼の背中を赤い制服の上から掴んだ。
彼は振り返ると同時にその手を払う。
「どうしてだよワイアット! あんな椅子で座ってるだけの奴に、なんで従わなきゃいけねえんだ!」
今度は胸元を掴まなかった。
先ほどのように力を加えなくても、今度こそは自分と同意見なはずだと思ったからである。
「あの人がいなきゃ俺たちは、そもそもここにいられなかったかもしれないんだぞ!」
言われた青年は自分の身に着けている物を見て考えた。
しかしすぐにバモンの顔を見返す。
「それはそうだ。でもそれとこれとは話が別だろ! 俺はただ、世界を良くするためのアイディアを言うだけだ!」
バモンはそれに言い返そうとしたが言葉を考えている時に自分の目の前を、緑色の制服が通り過ぎるのに気がついた。
「アベル!」
「悪い。俺もイーサンの言う通りだと思うんだ」
「お前たち!班長の命令が──」
「あんたみたいに弱者を見殺しにするような班長に俺は従わねえ!」
「そこで待っててくれよ。俺とイーサンで行ってくるから」
使いたくなかった「班長命令」という「特権」を出してまで2人を止めようとした。
けれど彼らは止まらず終いにはコペルトに本音を言われてしまった。
また、ウインにまでそう言われた彼はもう諦めるしかなかった。
「勝手にしろ!」
(そんな提案くらい俺だってしたことある。だがあの人は人を救うことに興味がないんだ! 戦争にしか興味がない!)
2人の青年は廊下を進んで行き、廊下は1人の青年を残して静まった。
────数ヶ月前 マダー・ステダリーの部屋
ノックもなしに入ってきた青年たちは座る男を見るなり、自分たちの考えを提案した。
その時男は椅子に座りコップでお茶を飲んでいた。
自分のペースでそれを飲み終え、自分のペースでコップを置いた。
「またその提案ですか? 前にも言ったではないですか。もうこれ以上の人間は入れられない。と」
「でも地下を掘ったり、あの広いホールを使えば──」
ウインの声は小さくすぐに上書きされてしまう。
「どうしてそんなことをする必要があるんです?ジズの周辺はドミーはおろかポルムすら目撃されていません。外でも十分です」
「……あんたは。あんたはさ! 外を見てねえからそう言えるんだ!」
コペルトは机に手を落とした。
彼の目線の先のコップが倒れ、その場で円を描くように回った。
「い、言い過ぎだぞコペルト」
止めるにはあまりにも弱いウインの声は当然聞こえていなかった。
「マダー・ステダリー。俺はずっと疑問だった。なんであんたがここで一番偉いのか。まあ頭は良いんだと思う。博士って呼ばれてるからな。けど、あんたがいなくなったらここで偉い奴は変わるよな?」
「コペルト?お前何を」
「俺があんたを殺す。悪く思うなよ博士」
コペルトは腰の短剣を抜いた。
短剣をステダリーに刺そうとしたその刹那。
2人の青年の目には宙を舞う左腕が映った。
左腕が床に落ちた時、青年の左肘あたりから血がシャワーのように噴出した。
「そうです私は力が弱い。だからこそ、頭を使ってその弱点を克服したのです」
そう言った男の背後には全身黒装束の者が立っていた。
黒装束の者の右手の布の部分には血液が染み付いている。
青年たちが事態を飲み込んだのはその黒装束の布を見てからだった。
「……あぁ……ああっ!た、たい、た……」
ウインは口を押さえその場に腰から落ちた。
かっこ悪く見える彼の反応こそが自然だろう。
けれどステダリーは冷静に現場を片付けようとした。
「ウインくん。早くハントくんのところへ。その左腕と彼を持って行きな──」
「アーsuoブ・・・hi、hiクiドリッ!」
血を流し続ける青年は拾い上げた短剣を腹に刺した。
彼は真っ黒い炎に包まれた。
傷口も全てその炎に包まれる。
「なるほど。変身時の治癒能力を利用しますか。でも既に遅い。それでは腕はつきませんし生えませんよ。後は頼みますねブラック」
ステダリーは部屋の奥にあった扉から出て行った。
それと入れ替わるようにバモンが慌てた様子で入ってきた。
「おい何事だコペルト! なぜこんなところでアースを!」
「ワイアット! イーサンのう、う、腕が!」
黒い炎の前には青年の腕が落ちていた。
それが目に入ったバモンは着けていた手袋を丁寧に外した。
丁寧に外したのは自分の心を冷静に保つため。
本当は今にでも叫びたかった、怒鳴りたかった。
「……誰がやった」
歯を強く噛み締めバモンは尋ねた。
でも誰がやったかは分かっていた。
血が滴る黒装束の者にバモンは歩み寄る。
「俺には班長として、こいつらを守る義務がある」
バモンは胸ポケットからピストルを取り出し、自分の左胸に当て引き金に指をかけた。
「アースオブ──」
「どっかいけよクソ班長!」
黒い炎の中から真っ黒い羽に包まれた強烈な蹴りがバモンの腕を捉えた。
常人なら壁ごと吹っ飛ばされていたであろうその蹴りに、バモンは数歩分後ろに下がって耐えた。
「何をするイーサン!」
黒い炎の中から現れた黒い羽に包まれた青年は、バモンたちの方を向かなかった。
「黒装束の者……覚えておけよ」
それだけを言ってコペルトは背中の漆黒の翼を羽ばたかせて、部屋の壁を破って出て行った。
黒装束は何もせずただ立って黒鳥を見送る。
「コペルトを追えウイン!」
「アースオブ──ケツアル!」
疾風のごとくウインは彼の後を追いかける。
すると奥の扉が開き先ほど出て行った男が戻ってきた。
「終わりましたか?おや、バモンくんじゃありませんか」
男のその態度はとてもわざとらしい。
全てを知っているのに知らないフリをするその男に、バモンは一番頭にきていた。
止める者がいなくなりバモンはピストルで自分の左胸を撃った。
「アースオブ──エトピリカ。氷鳥の巣!」
バモンの体は一瞬で凍結し氷のクリスタルと化す。
そのクリスタルは一瞬で中から砕かれる。
氷を砕き出てきたのはオレンジ色の羽を生やした青年。
両手からは目に見える冷気が放出されている。
バモンはその冷気で部屋中を凍らせた。ドアも壁の穴も全て。
「あいつらを捕まえさせはしない」
「バモンくん?慌てなくてもそうすぐに彼を追いかけはしませんよ。寒いのでこの氷の空間を解いてくれますか?」
ステダリーは黒装束の者の後ろから顔を出した。
バモンは言われた通り部屋を解凍した。しかし──
「氷鳥の羽」
1つだけ、床に落ちているコペルトの忘れ物を拾って凍結させた。
「まあ……それは凍らせても良いでしょう」
ヒクイドリ──深夜に世界を翔ける黒い巨鳥。伝説として滅んでからもその蹴りは子孫に受け継がれた。
エトピリカ──生命が存在しない氷の世界に住む巨鳥。伝説として滅んだがその子孫たちは今も氷の海へやってくる。