得たもの②
得たもの②
────村A アーモンド型の岩の中
「人間のドミー!?」
ウインが言ったその言葉に3人の少年少女が同時に驚いて声をあげる。
少女は大きな声を出してしまったことに後から気がつき咳払いを2回した。
「信じられないだろうけど、あの男はポルムに寄生されていた」
「い、いつからですか!?」
「エイドくんがその刀で刺すよりも前さ」
「でもウインさん! 人のドミーなんてありえるんすか!?」
「今までの常識だとドミーになったとしても生身の人の体では、超人的なドミーの動きに肉体がついていけない。だから──」
「肉体を強化した人間ならそれを耐えられるってことですか?」
「そう、今ニアースちゃんが言った通り何らかの方法で肉体を強化すれば……人もドミーになれる」
ニアースやカインが積極的に会話に参加していく中、エイドだけは話を聞きつつも黙っていた。
「なれるって言われても俺はなりたいと思わないっすよ!」
「もちろんなりたい人なんていない。でも、人をドミーにしたい人間はいるってこと。あの化け物男も誰かに利用されたんだと思うよ」
「そんな人が、いるんですか?」
「色んな人がいるからね~」
何か触れてはいけないことだと察した少女は、青年の適当とも言える回答に納得した。
「さてお喋りはここまでにしてそろそろ帰ろうか」
青年とニアース、カインの3人はほぼ同時に立ち上がった。
座っていたエイドが遅れて立ち上がる。
しかしエイド1人だけ先に岩から出て壊れた家が並ぶ方へ進んで行く。
「エイドくん? どこ行くの?」
「村の人たちに謝ります。あの人を守ることができなかったことを謝らなくちゃいけない」
エイドは誰の顔も見ずに進んでいく。
少年はまず、砂を被っているあざだらけの男の死体の前にしゃがんだ。
「待ってエイド!」
仲間の声でも彼は止まらなかった。
「言わないでおこうと思っていたけど──村人ならもういないよ」
ウインがそう言うと少年たちは彼を見て固まった。
けれどエイドだけは立ち上がり、建物のさらに奥へと向かう。
その背中を見て青年は彼の元へ駆け寄り、少年の手を後ろから握りしめる。
「聞こえなかったのかエイド・レリフ! 村人は全員死んでいる!」
「いつですかどうしてですか誰が殺したんですか!」
聞こえていないわけがなかった。
エイドは怒りと悲しみが混ざった声で怒鳴り、その握る手を振り払った。
そんな彼を見てニアースとカインも駆け寄る。
「俺がこの村に着いた時にまず、銃を持った男たちを倒した。その時に何人かが銃弾に巻き込まれた」
あまりにも淡々と話す青年にエイドは近づくのが怖くなった。
これ以上彼の話を聞きたくない。
そう感じていた。けれど青年は話を続ける。
「銃撃戦が終わってから村人がいそうな家の中を見て周った。でも生きてる人間はいなかった」
「どうして! どうしてですか!」
少年は青年に迫ったがもう怒りの感情は消えていた。
「餓死や病気だ。ほとんどが生きているとは言えない村人ばかりだった」
「ウインさん。まさか……」
ニアースは誰よりも早く察した。
「そうだ。最終的に村人を殺したのは俺だ」
何のためらいもなく青年は少年たちに言い放った。
それを聞いてエイドは膝から崩れていた。
けれどウインのズボンにしがみつきなんとか上を見上げる。
「・・・う、嘘ですよね? 人のために戦うジズの人間がそんなことを!」
涙を我慢しながら彼は叫んだ。
青年は少年の手を払うことはなく同じ目線までしゃがむ。
「薬もないのに生きていけると思うか? 子供だけで生きていけると思うか? 食べるものがなくて生きていけると思うのか!」
その一言一言がエイドの心を砕いていった。
しがみついていた手はウインのズボンから落ちた。
「──すまない。言い過ぎた」
青年は立ち上がって3人から少し離れた。
ボロボロの心のエイドは立ち上がると少女に近寄った。
「・・・ニアースさん。僕たちは何のためにここに来て、何のために戦ったんですかね」
答えがほしかった。
自分たちが戦ったことに意味がほしかった。
彼女ならきっと答えてくれると少年はそう思っていた。
少女も自分が頼りにされることを分かっている。
だから簡単に「分からない」と言ったり、気遣って「戦ったことに意味があるの」とは言えない。
「戦ったのは……自分たちを守るため。ここに来たのは村人の安全を──」
「無意味だった──ってことだろ。初めから村Aなんてなかったんだ」
カインは地面を殴った。
「じゃあ僕は人を殺すためにここに来たってことですか」
エイドはカインを睨んだ。
それに気がついたわけではないが、ウインがエイドたちの方に急いで戻る。
「違うぞエイドくん。君は人を殺していない。君が殺したのはドミーだ」
「ドミーは人じゃないんですか?」
「・・・あ、当たり前だろう?ドミーは人間じゃない。例えそれが人の体でもドミーは化け物だ」
人の体でもドミーだったら化け物?
さっきまで人だったのにポルムに寄生されてドミーになったら、その瞬間から人ではなくなるの? だから殺しても人殺しじゃないの?
そんなの……そんなの、そんなのって。
「そんなの……違うよ」
心から漏れたエイドの声は誰にも聞こえなかった。
「このことはちゃんと報告した方が良いんでしょうか?」
「しなくてもそのうち村の様子を見に来た偵察クラスによって伝わる。もしかしたらもう伝わってるかもしれない」
「……そうですよね」
「でも人間のドミーのことは絶対に話してはいけない。あれを見たのは俺と君たちだけのはずだからね」
「了解しました」
ウインとニアースはその後も話を続けていた。
その間カインは自分の斧を回収した。
エイドは近くに見えるアザだらけの男の死体と、遠くにうっすらと見えるアベルが倒した化け物の死体を見比べていた。
(今日死んだのは全員、人間だ。
化け物とか関係ないじゃないですか。
姿が変わっても中身が変わっても人は人じゃないんですか?
だからそれを殺したら人殺しだ。
自分の身を守るため、村を守るために僕らは戦った。
「戦った」っていうから見えなくなるけど、やったことは人殺しと同じ。
僕はそれをするためにアースを発動したんじゃない。
……確かにあの人の死体を見た時は、あの大きな男を殺したくなった。
そしてワケも分からず刀を振り回して気がついた時には刀で男を殺していた。
でもその後思った、一時の感情で武器を持ってはダメだって。
けれどそうしなかったら僕らは殺されていたかもしれない。
だからどうすれば正解だったとかは僕には、分からない。
もしもウインさんが来てくれていなかったら、3人ともあの大男に殺されていたかもしれない。
僕らが今生きていられるのはあの化け物との戦いに勝ったからなんだ。それは間違いない。
普通、勝ったなら嬉しいはずだ。
生きているなら幸せなはずだ。
でもどうしてこんなに苦しんだろう。
僕は何か間違ったことをしているような気がする)