22話 三幻鳥アベル・ウイン①
22話 三幻鳥アベル・ウイン①
────対ポルム組織ジズ マダー・ステダリーの部屋
「お久しぶりですステダリーさん!」
蝋燭で明かりを採っている部屋に真っ白な制服を着た少女が入ってきた。
椅子に座っている髭を生やした男に向かってまるで彼の孫のように手を振る。
白という清楚そうなイメージの色には合わない茶色の頭。
そして大人っぽい体型からは遠い子供のように元気で明るい声。
男は彼女を笑って迎えたが「この女は苦手だ」ということを口元が言っている。
「……相変わらず元気そうだねイラ・アマウくん。ところで、アベル・ウインくんは一緒じゃないのかな?」
椅子に座ったアマウは前髪をいじりながら男に答える。
ちょうどその時青い制服を着たバモンも部屋にやって来た。
「あー。あのアホは気がついたらいなくなってて~」
「ウインくんも相変わらずのようだね」
「おい! 俺にはトイレに行っていると言っただろ!」
バモンはそれを聞いて即座にアマウを怒鳴った。
しかし彼女の失礼に見えるその態度は指摘しない。
「バモン班長は信じていたんですか?トイレなんて、よくある冗談じゃないですか」
少女は隣に座った彼の困惑している顔を見て笑っていた。
さらに彼の肩を犬を撫でるように2回叩く。
もしもこの場に他の人物がいなければ、バモンはすぐにでも彼女を怒っただろう。
彼は手に力を込めそうしたい衝動をグッと堪えた。そうして冷静を保ちつつ尋ねる。
「ウインのやつは今、無事なのか?」
「平気ですよ、領土内までは一緒だったので。きっとどこかに寄ってるんですよ」
────領土内 村A
穴とヒビに食い散らかされボロボロになったアーモンド型の岩。
雨に濡れたらすぐにでも崩れそうなその岩の中で、カインとニアースは血に濡れたエイドを落ち着かせている。
先ほど発狂していた彼だったが2人にここに運ばれた後は、何とか話せるようになっていた。
それでもまだ頭を抱えて、何を見ているのか分からない目でうずくまっている。
「違うんです僕はあの男を止めようとしただけで本当に殺すつもりなんて無かったんです一時の感情だったんですあの死体を見た時に心が熱くなって──」
「エイド! 私を見て!」
震えながら話す少年の頬を少女が両手で止める。
ニアースは無理やり自分の目とエイドの目とを合わせた。
少年の震えていた体は麻酔にかかったのか痺れたように落ち着く。
エイドの目は霧が晴れていくように少しずつ目の前の人物を鮮明にする。
「……ニアースさん」
「平気よエイド。あなたは人を殺していないの」
「そんな嘘は良いです僕は刺したんです……あの刀で」
少年の目は少女の目から、自分の横に置いてある2本の刀を無意識に映していた。
血は拭き取られ鞘に収まっていたが、彼の脳内には血や肉の感触がぼやけながら浮かび上がった。
「あいつは生きてる」
「カインさんまで嘘を言わないでくださいよ!」
「嘘じゃないわ。外を見てみなさい」
(ニアースさんに引っ張られて岩の穴から外を見てみた。遠くてハッキリとは見えないけど、さっき僕が殺したはずのあの化け物男がウインさんと向かい合っているのが見えた)
「何で、生きているんですか」
「分からない。でも、エイドが人を殺してはいないのは分かったでしょ?」
「……あれは本当に生きてるんですか?」
「立ってんだから生きてんだろ」
(本当にそうなのかな?
カインさんの言った当たり前のようなことに、疑問を感じてしまった。
だってあの時確かに刺したんだ。
肉を刺した感触はちゃんと手に伝わった。
トマトをフォークで刺した時のような感触が、僕の心臓まで伝わったんだ。
血だって見た。それに触れもした。
……だけどそんなあいつは今、立っている)
少年たちには見えなかったが大男と対峙しているアベル・ウインには、その男の額に浮かぶポルムアイが見えていた。
「さっきは焦ったよ。つい吹っ飛ばしちゃったけど、翠鳥の巣を足に集中させれば動けないみたいだね」
翠の鳥は風を操りまたもや男の身の自由を奪った。
男の足首は地面を削るほど強く回る空気の渦によって拘束されている。
「おじさ~ん。一応聞くけど言葉分かる?」
「……ウガァァァ!」
大男は動物のように吠えた。
それは青年の問いに答えたわけではない。
自分の身の自由を奪う風、目の前にいる青年、それらに対して敵対的な意味でただ吠えただけである。
「それはつまり分からないってこと?」
(額の目玉模様。
あれは間違いなくポルムに寄生された証のポルムアイ。
だとしたらつまり今初めて、人間のドミーが誕生したことになる……これは誰にも見せちゃいけないやつだ)
ウインは言葉では余裕を見せているが、心の中ではずっと焦ったまま。
彼はポルムアイと目が合った時迷うことなく動揺することなく、大男がポルムに寄生されていると確信した。
そう確信したのに理由はない。ウインの勘である。
にも関わらずその後、少年と少女にその場から離れるように命令した。
その時は「危ないから逃げろ」という意味を込めての命令であった。
しかし青年はそう言った直後に「誰にも見せてはいけない」と気がついた。
だからこそ自らのアースの能力で今日一番の風を起こし、その場から大男を飛ばした。
これらのウインの行動の流れは全て感覚的に行ったもの。
だが結果的に大男のポルムアイを見たのはアベル・ウインだけである。
「俺はおじさんをどうしようか考えてる。1つは目は殺す。2つ目はどっかに飛ばす。そして3つ目はお持ち帰りなんだけど、どれが良いか決められないんだよね~」
(うちの科学者、いや、世界の科学者がこれを欲しがるはずだ。
これは科学者なら誰もがやりたがった人体実験。
そしてそれは成功した。
けれど昔から言われてる。
2足歩行の生き物がもしもドミーとして完成したら……それこそ化け物だって)
ウインはあまりにも警戒心が無さすぎた。
「あれっ、おじさん動けたの?」
自分が知っていたことである。ドミーとして完成したらそれこそ化け物であると。
「ウガァ!」
ポルムに寄生されて身体能力が何倍にも上昇したこの男に、風の鎖は空気同然。
男が振りかざす拳は建物を切り裂くほどだったが青年はまだ、アースを発動していた。
だから余裕はあった。しかしそれでも──
(斬られるっ!)
翠色の羽が数本舞った。
青年の頬をかすった拳は翠鳥の羽を斬り落とした。
(俺は今斬られるって思った。相手は素手だったのに……直撃だったら俺の頭、ストンと落ちてた)
「決まったよおじさん。やっぱりあんたは殺さなきゃいけねえ」
青年は頬の羽を撫でて整えた。
アベル・ウイン:マイペースな青年。少年達のお兄さん的存在。
イラ・アマウ:おてんばな少女。バモンたちの妹分。