対面③
対面③
「す、すごい。ほんとうに人間だ」
カインは生存者の前でしゃがみ、それの顔を確認した。それが作り物ではないのかと、カインは川の底を覗くように凝視する。ただの人間を見ただけでカインが驚いたのは生存者が本当に人間であったこともあるが、その顔の美しさも理由だろう。
生存者はもちろん人形などの作り物ではなく生き物である。しかしその肌は照りつける日光のせいか、作り物のような独特の光沢を放つ。赤ん坊のようなピンクの唇に、薔薇のように紅い髪。天に向かって生える睫毛。真珠層のように白い肌。
横たわっている生物の見た目は男なのか女なのか分からないほど中性的。それがカインが驚いた美しさ。それをじっと見つめ続けるカインの頬は次第に赤く染まっていく。15歳という年頃の少年にとって、その美しい人間が例え男だとしても、十分な対象になりえたのかもしれない。
「なぜニアースを待機させたか分かったな?」
ドドは数メートル後ろで土を蹴っている少女に聞こえない声で尋ねる。すぐ隣にいるカインには聞こえるはずであるが、彼は相変わらず目の前の生存者に集中していた。仕方なくドドは彼の頭に拳を落とす。不意の一撃にカインは尻を落とした。
「なにすんすか!!」
それほど強いゲンコツには見えなかったが、カインは頭を押さえて男を睨む。だがドドはそれに対して無の表情を貫くのだから、カインはしゅんと大人しくなるしかなかった。
「いいか、カイン。今からこいつに服を着させるがくれぐれも大声を出すなよ?万が一、ニアースが反応して近づいて来るようなことがあれば全力で止めろ」
ドドはこれから爆弾でも解除するかのような緊張した顔つきで少年に警告した。しかしカインはまだそれの意図を感じられていない。
「どうしてニアースを近づけたらダメなんですか?」
「全くお前ってやつは・・・。いいか?お年頃の女の子に、お年頃の男の子の裸を見させる大人がどこにいるんだよ。そんくらい考えろ。てかそんくらい察しろ! 俺に言わせるな!」
言いたくはなかったことを言わされてつい、ドドは舌を打った。少年は今度こそ理解をしたが何を思い浮かべているのか顔が真っ赤であった。
「とっととと! 年頃の裸っ!?」
「うるせぇ!!」
カインの脳天に本日2発目の拳が落ちた。今度は容赦のない一撃。少年はその場で頭を押さえてうずくまる。幸いにもドドの怒鳴り声はニアースには聞こえなかったようだ。いや、聞こえていたかもしれないが彼女にとってカインが怒られることは大した問題ではないのだろう。
「──サイズ、ぴったりだったな」
全てを着せ終えたドドとカインは服を着て寝ている少年を見ていた。サイズがぴったしと言った割に服を着た彼の首元のスペースには余裕がない。また、腕の裾も十分には足りていない。もちろん寝ている本人が太っているというわけではない。どちらかというと彼はカインよりも細身だ。
「そうだな~。カインが小さくて良かったな」
「それ、どういう意味ですか?」
カインが素早く反応し鋭い視線をドドに向ける。男の言ったことがよほど気に触ったらしい。さすがのドドもそれには笑って誤魔化すしかなかった。
「そ、そのまんまだよ! お前が大きかったらこいつに着させる服がなかったろ?」
「あ~。なるほど?」
「おし、じゃあこいつを車に乗せるからあいつら呼んでくれ」
「任せてください!」
少年は自信満々に返事をすると得意の大声で車を呼ぶ。やってきたニアースとヤーニスは「ほ、本当に生きた人間がいたんですね」とやはり驚いていた。
「ドドさん。この人はこれからどこに?」
ニアースは心配そうに問いかける。鈍感なカインもその少女の声のトーンから問いの意味を察して、生存者を見つめていた。次にドドが口を開くのを不安に感じていたが「こいつは俺が見つけた生存者だ。当然ジズに連れていく」と、ドドが答えると2人は喜びの笑みを浮かべて一緒にジャンプをした。
「この人はどこのクラスになるんでしょうか」
「ジズクラスだったら俺たちの後輩だな! 色々教えてやるぜ!」
「ま、カインから教わることなんて叱られる方法くらいだけどね」
「んだとニアース!」
「あら、謝る方法とでも言った方が良かったかしら?」
腕をふりあげる少年に対し少女は笑いながら挑発する。2人の喧嘩が開戦する寸前──「うるせぇ! とっとと車内で寝かせてやれ!」
ドドは本日3回目の拳を落とした。拳を受けた2人はロボットのように静かに、そして割れ物を運ぶくらい丁寧に、車内の後部座席に美少年を寝かせる。少年も少女も他人の体に触れることに慣れていないのか、目と手のやり場に困惑していた。
「そういや俺たちはどこに座ればいいですか?」
そう言ったカインと隣のニアースは外にぽつんと立っている。まるでこれからお見送りをするようなので、このまま車が走り出しても違和感がない。
「俺は助手席に座るからお前らはここだな」
「ドドさんそれ真面目ですか?」
助手席に座ったドドは窓から出した手で屋根を2度叩いた。屋根にどう上がろうかを考えていたカインとは逆にニアースは現実的な反応。しかしドドも冗談でそれを言ったのではない。なぜなら車の屋根には荷物を運搬するための台が鉄の棒で形成されている。それに掴まっていれば屋根の上でも振り落とされずに座れそうである。
とはいえニアースにとってそんなことをするのは冗談としか思えなかった。かと言って車内を見ても自分たちが座る席は空いていない。そんなニアースへ「それにお前らジズクラスだからなんとかなるだろ?」と、決まり文句のようにドドは言った。
「そ、そうですけど!!」
「安全運転で行くから安心しろ」
「絶対ですよ?」
少女に睨まれたドドはグッドサインで答える。諦めたニアースは「バカみたい」とため息をついてもう1人の馬鹿を見た。
「おいニアース、早く棒につかまれよ!」
「ふふ、全くあんたは相変わらずね」
先に屋根で楽しそうにしているカインに彼女は少し励まされたのだった。一方車内ではドドが運転席の青年を 「ここまでの運転ご苦労だったなヤーニス」と、労っていた。ヤーニスは微笑んだが余計に緊張して背筋を伸ばす。それに気がついてかドドは1つ提案をした。
「帰りは俺が運転してやるからほれ、席替わってくれ」
「えっ、本当ですか!?」
「遠慮するな」
ドドは半ば強引にヤーニスと席を入れ替えた。運転席に座ったドドは子供のようにハンドルを握る。そして何か良いアイディアが浮かんだのか「そんじゃ行くぜ~!」と、全開の笑みでアクセルを踏み込む。
車内に3人、屋根に2人を乗せた車は砂を上げて爆走する。悲鳴と笑い声を乗せた車はまだまだ加速していく。