地上へ②
地上へ②
「──エイド。お前が記憶を思い出したとして、もしその記憶が自分にとって悪いものだったらどうする?」
なんて答えたら良いのだろう。
いや、答えられるのかな。
思えば僕は記憶を思い出すことしか考えていなかった。
思い出した後の記憶のことはなぜか自動的に「幸せ」だと思っていた。
ドドさんの言う通りだ。
どうして自分の記憶が、過去が、良いものだと僕は思っていたんだろう。
悪いものってこともあり得るじゃないか。
もしそうだったら僕は記憶を思い出したら「不幸」になってしまうのではないだろうか。
なら知らないままの今の方が良いのかもしれない。
でも悪い記憶、良い記憶ってどういう違いなんだろう。
「そ、そうですね~。僕はまず自分にとって、悪い記憶がどんなものか想像できないです」
「それは、エイドが幸せなのかもしれないな。ダクはお前と違って過去の記憶を忘れたいやつなのさ」
「えっ、ダクさんが?その過去ってどんな」
「それはまた今度で良いだろう。今日は自分のことを知りに来たんだろ?」
「また今度」と言った割にドドさんは話をしたいようには見えなかった。
でも、本人でなくても悪い記憶をわざわざ話したい人なんていないと思うから、当然だと思う。
「僕のことについてドドさんが知っていることってないですよね」
「そうだな~。変な天気の後にお前を見つけて、ニアースたちを呼んでここに連れてきて……そこからはお前さんは起きているしな」
「そういえばドドさんはどうして、僕がいた場所にいたんですか?」
どうしてこれを聞かなかったのだろう。
そうだ、よくよく考えてみればおかしいじゃないか。
僕がそこにいたのを知らないのに、どうしてドドさんがその場所にいたんだろう。
何か別の目的があったのなら別だけど......偶然その場所にいたからとは言えないはず。
だってこの世界では何の用事も無しに外に行く必要がない。何か理由があるはずだ!
次にドドさんが答えることは、さっきまで僕が欲しがっていた「結果」になりそうな気がした。
けれどいざそうなると、ドドさんは何も隠していない良い人でいてくださいと、先ほどまでとは矛盾する形で願っていた。
ドドさんが悪い人だなんて嫌だ。
何かを隠しているなんて嫌だ。
自分を助けてくれた人が、本当は騙している人だなんて嫌だ。
「いた理由か~。なんだったかな~。確かドミーを駆除するためだったと思うぞ」
ドドさんは頭を手でかいて緊張感のない話し方だった。
「ドミーは何体いたんですか?」
「あの時は・・・1体だけだった」
僕がいた場所にいた理由がたった1体のドミーを倒すため?
それは本当なのか?
そんなことが目的で来ていたのか?
それは目的じゃなくて「ついで」なんじゃないか?
「たった1体のドミーを倒すためにわざわざドドさんを、ジズから距離のあるところへ行かせたのは誰なんですか?」
そう聞いた少年の声は少しだけ怒りで包まれていて震えていた。
自身の太ももに乗せた2つの握り拳も震えている。
少年の異変に男はすぐに気がついて彼を見つめた。
「……まるで俺がエイドがいることを知っている前提で、あの場所に行ったと思っているのか?」
「だって不思議ですよ。偵察クラス長にドミーたった1体を駆除させるなんて、贅沢です」
「あの日、俺にあの場所へ行ってドミーを駆除しろと命令を出したのは......ステダリーさんだ」
「ジズで一番偉い人ですね」
マダー・ステダリーさん。
ジズで一番偉い人ということしか分かっていない謎が多い人。
あの人がドドさんに命令を出した。
ならドドさんは「ただ言われた通りにしただけ」ってことか。
「俺はあの人と付き合いが長い。ジズができる前、対ポルム・ドミー戦争の前からの付き合いだ」
「それって何年くらい前なんですか?」
「10年くらいだと思う。だからこそ感じているんだがあの人は最近、妙だって」
「ドドさんがそう感じるのなら、その通りなんだと思います」
少年にそう言われた男は、固まって下を向いた。
自分で感じているその感覚が正しくてもドドはエイドに「気のせいだ」と言われるのを期待していた。
しかし少年にこう言われ「やはり自分の感じている通りステダリーがおかしいのか」と思ってしまった。
するとドドは決心し顔を上げた。
「いいかエイド。どんな人間も信じ込むなよ。俺も含めてだ」
それは少年にとって混乱と不安を極める発言だった。
「ど、どういうことですか! ドドさんは悪い人なんですか?」
「かもしれないだろ?」
「そ、そんな……」
少年は頭を抱えてその場でうずくまった。
「例えばだよ。俺もニアースもカインもレンさんもハントもチャップも。もしかしたら悪い人かもしれないと、心のどこかで思っておけ」
ドドはそんな少年を見てフォローをする意味で言った。
だがそう言うと男は立ち上がってポケットに手を入れた。
「この世界ではポルム、ドミーとの戦いの裏で何かが起きている」
「どうしてそんなことが言えるんですか!」
「兵士としての勘だ」
「......その勘、正しくないことを祈ります。僕はみんなを信じたいです」
少年も立ち上がって男の顔のすぐ下で言った。
「それは、お前の自由だ」
ドドは背中を見せてからそう言った。
そして「さようなら」と手もふらずにエイドをその場に1人だけにした。