VS獅子②
VS獅子②
初めてドミーと戦った時、僕は偶然犬の首を斬っていた。あれは正しい倒し方だったようだ。もしもあの時、心臓を刺していてもドミーはすぐには死んでいなかったらしい。
意味不明だけど、心臓を体から斬り離してもドミーは生き続けるのだという。それはもう生き物とは言えず、ポルムに操られている肉の機械。
僕がこの3人の中でトドメを刺す役割なのは斬ることに長けている武器を持っていることと、そしてドミーの死角である空中から攻撃できるため。
そう、あの2人も胸に翼のシンボルをつけているけれど、僕のように空中を翔けることは出来ない幻獣 。それでも2人は僕よりも恐ろしく強くとても、心強い。
僕たちが檻から離れるとバモンさんが檻を開けた。それを合図にニアースさんの銃口は敵に向く。
「アースを発動しなさい!」
アースを発動して幻獣の力を宿せる時間は、その人の体力やその能力の使い方によってが差があるという。
ただ発動しているだけなら最低でも1時間。激しく動いたり幻獣の能力を使用しすぎると最短で1分だと言う。
僕はまだその「能力」と言われているそれぞれの幻獣が持つ、魔法のような力を使うことができない。その分長く発動できるというわけでもなく、今は5分しか僕はジズになれない。
ニアースさんはそれを知っているから、アースの発動タイミングに今まで慎重だった。
なのに今日はいきなりの発動。でも彼女の命令はこの班に置いて、絶対だ。
「アースオブ──リヴァイア!」
持っているハンドガンの銃口に左手を当てて引き金を引いた少女は、突如左手から湧き出た水に一瞬で包まれる。その水の巣の中で少女の体は鎧の如き瑠璃色の鱗を身につけた。
彼女の短い髪の毛は薄い緑色に染まる。その毛先は緩やかな流れに揺れる、水草の様。
「アースオブ──ベヒモ!!」
カインは背負っていた大斧を地面に立て、その先端に両手の平を押し付ける。すると少年を盛り上がった大地が包み込む。彼は岩となった。
その岩の繭にヒビを入れて中から出てきたのは岩の肌を身につけた少年。その肌は冷えた溶岩の如く固まっている。自慢の筋肉がさらに頑丈な岩へと姿を変えるのだ。
黄金色になった髪の毛は金属の光沢を放つ。鋭くなった髪の毛の1本1本が、それぞれの方向を迷いなく針のように向いている。
「アースオブ──ジズ!」
日本刀で左手を突き刺したエイドは、紅い炎の蕾へと姿を変える。それが花開いた時、腕に紅い羽を生やした人間が現れる。
服も含めて全身が赤になった少年の姿は、太陽と呼びたくなる。彼はその脚で空を翔ける。
「行きなさいカイン!」
少年は力に絶対的な自信があった。だから他の2人が後ろに下がり獅子と距離を取った中、彼だけは大斧を持って前進した。
勢いよく飛び出した獅子はたったの1歩で彼とぶつかりそうであった。しかし獅子は向かってくる少年を狙ってはおらず、無視をして躱そうとする。
──が、無視できるほど少年の斧は小さくなかった。
「俺を置いて先に行けると思うなよ!」
少年は斧を獅子が直進する方へ水平に寝かす。獅子はこのまま行けば二枚おろしになるが、その速度を緩めない。むしろワザと勢いよく地面を蹴ってさらに加速した。
獅子もまた、己の力には自信があったのだ。
獅子は口を大きく開くと、ノコギリのような歯で荒々しくその斧にかぶりつく。食らいつくと獲物の首を噛みちぎるように、顔を激しく左右に振った。
「っ! お前、重いな!」
その場でグッと踏ん張り、獅子の勢いの乗った噛みつきをカインは耐える。いくら筋力があるとはいえ普通はここまで耐えられない。そう少年は普通ではない。
今の少年には大陸を転がすほどの怪力を持つ、幻獣ベヒモの力が宿っている。しかし、大斧を握る彼は両手の自由を封じられてしまった。
一見危うい状況だがこの状況は彼らにとって、作戦通りであることに変わりはない。カインの役目は獅子を倒すことではなく、獅子の足止めをすること。
しかし、獅子の脚を止めてはいない。獅子は口止めをさせられていた。
獅子は空いていた左脚を上げる。その左脚から突き出るのはナイフのような爪。獅子の目は大斧を支える少年を見下ろす。
「当たりそうなら避けなさいよ!」
ニアースはカインが獅子と至近距離にいるにも関わらず、後方からハンドガンを連射した。
その引き金の引き方にはためらいも慈悲もない。もしも少年に当たってもあの鋼のような肉体なら大丈夫かもしれない。
──なんてことで少女は銃を撃たない。彼女は絶対に的を外さない自信があるのだ。
今のニアースには数メートル先にいる獅子が、指でつつける位置に見えている。それは幻獣リヴァイアが授けた聴覚、視覚、嗅覚などの感覚器の活性化によるもの。
少女の撃った弾丸は的確に獅子が振り上げている左脚に命中していく。
一見少女の狙い通りだが、そういうわけでもなかった。なぜなら獅子がその弾丸を脅威に感じてはいなかったからだ。
ポルムに寄生され全ての能力を解放されたこのドミーもまた、聴覚や視覚が活性化していた。獅子は目の前の斧を噛んだまま、その目で弾丸を眺める余裕があった。
眺めた結果、弾丸の大きさと着弾箇所からそれは脅威にならないと判断した。
獅子にとって何よりも脅威だったのは、爪で切り裂かれようとしているのに、自分のことを睨んでいる目の前の少年。
──ではなく今、自分の背後に回った紅い鳥。
紅い鳥は二本の刀を抜き獅子の首をその瞳に捉える。対する獅子は瞬時に斧を離し反転。すると同時に、爪を剥き出しにした両腕で紅い鳥を襲う。
──と、したならば背後から大斧に斬られる。
獅子は大斧を離した後、ガラ空きの少女の方へ跳んだ。
「ニアース! そっちいったぞ!」
「ニアースさん!」
「もう回避してるわよ!」
少女は地面に向けた手の平から勢いよく水を噴射。その勢いを利用して空中に跳び、獅子の突進を回避。そのまま少年たちの後方へ着地した。
この光景を見たバモンは彼らのことが少し心配になった。
──ドミーはそもそも「思考を失った暴走モンスター」。そんなドミーが今自らの状況を把握し、判断し行動した。それは何故か──そこにあいつらが気がつけるかどうかがこの戦闘で鍵を握る。
もうあのドミーは今までのとは違うぞ、ニアース・レミ班長。
檻の前に3人の少年少女。彼らの前方に獅子。と、開始の時と比べ、それぞれのいる場所が真逆になった。しかし両者ともに今度は勢いよく動こうとはしない。
「完全にエイドに気がつかれてたぜ?エイドは後少しでアースが解けるし、どうするニアース?」
「不意打ちが出来ないなら全力よ」
「じゃあアースの能力を使って良いってことか?」
「倒れない程度にお願い。エイドはまだ走れる?」
「……はい。なんとか」
「ごめんね。後1回だけで良いから」
「了解です」
獅子は警戒をしていたのか恐れていたのか、この好機を逃した。残念ながら獅子に好機はもうやってこない。
なぜなら3体の幻獣が正面から向かってくることになったからである。
ベヒモ──大地の神様。毛が岩と化した猪。たった一歩で大陸から大陸を渡る。