石の下で②
石の下で②
「そのまま真上を見てみろよ」
「う、上ですか?」
馬鹿馬鹿しい。そう思いながらも、とりあえず遺跡の天井を見上げた。
────ああ、馬鹿馬鹿しいのは数秒前の僕じゃないか。
そこにあったのは無数の白や青の光。その光は部屋や廊下にある明かりとは違う。1つ1つが自分から輝いていえう。
世界を忘れられるくらいに、その光は美しい。悔しいことにそれに対して「綺麗」すら口にすることができず、口が開いたまま夢中になってしまう。
天井のどこを見てもその光があって、自分が今どこにいるのか分からなくなる。自分の体が漂っているような、流れているような不思議な感覚。
「なあ、すげえ綺麗だろ?」
まるで自分の子供を紹介しているみたいに、ドドさんは自慢してきた。それにしても、嬉しそうな声。でも確かに、そうしたくなるくらい綺麗に輝いている。
「あ、あれが星ですか?」
僕は上を向いたままそう聞いた。多分ドドさんも上を見ながら答えた。
「いや、あれは石なんだ」
「石ってあんなに綺麗なんですね!」
「あの石は光石って言ってな、暗闇だと光る石なんだよ」
「そんな石があるんですか」
僕の視界には光石しかいない。気が付いたら僕も足を伸ばしてリラックスしていた。首は真上を向いていたが、不思議と痛くならない。
僕の全ての細胞が今、星に集中している。
「星の石とも呼ばれてる。レンさんなんかはホタルって言ってたな」
「ホタル?」
「あんな感じに綺麗に光る虫のことらしいぜ」
「星とかホタルってあんな綺麗なんですね」
「そうだな~。どっちも真っ暗なところで輝くんだ」
「いつか、本物を見てみたいです」
「そうだな。いつか見せてやりたいな」
「そういえば、こんなに綺麗なのにどうして見に来る人がいないでしょう?」
ふとした疑問。こんなに綺麗なものなのに、見ている人が僕とドドさんだけ。もしかして他の人は見飽きた?
「たぶん知らねえんだよ」
無関心な回答。みんなのことを考えていそうな彼らしくない発言。
「ひょっとして教えていないんですか?」
「一部のやつには教えたぜ。でもここがうるさくなっても嫌だろ?」
「た、確かにこうして静かに見ると心が癒されます」
ということは僕はその教えられた一部?どういう人がその「一部」に入るのかは知らないけれどきっと、感謝しないといけないんだと思う。だってこの光は、ドドさんにとって子供みたいに大切な物だと思うから。
僕らは気が付いたら冷たい床の上で大の字になっていた。
「……なあ、エイド。お前って凄いやつだったんだな」
「い、いきなりですね」
「俺がお前を見つけた時はまさかこうなるなんて思わなかったぜ」
ドドさんは両手を枕にしていた。そうして上を見続けるけど、見ているのは多分違う。今はまるで遠い昔のことを懐かしんでいるみたい。
「僕も……ここに来た時は思いませんでした」
「俺のことを恨んでいるか?」
ドドさんはこっちを見た。僕はそれに気がついていた。でもあえて気がつかないフリをして、上を見続ける。
「どうしてですか?」
「お前をここに連れてきたのは俺だ。もしここに連れてこなければ、お前は戦わずに済んだかもしれねえだろ」
「そうかもしれませんね。でも僕は、感謝しています」
「感謝、か」
「だってここに来ていろんな人に会えて、いろんなことを知って、美味しい物も食べれましたしそれに」
「それに?」
「僕は今、生きていますから。もしもドドさんに助けてもらっていなかったら、僕は今こうやって光石を見ることも出来ていないです」
ここに来て良かったのか悪かったのか、それは正直まだ分からない。でも今のところは良いと思っている。
「でもよ、生きているから俺たちは戦わなきゃならない。それって苦しいことだとお前は思わねえのか?」
「怖いし、苦しいですよ。でも生きていれば、生き続けていれば、この光石のように、素晴らしいものが見れる。そんな気がします」
「じゃあその素晴らしいものが見えないまま、その途中で死んだらどうするよ。実際今の世界、明日生きてるかも分からねえんだぞ?」
「うっ、確かに、それは~。いや、でも!そういうことを考えて生きるのがそもそもダメですよ」
ドドさんは「ぷっ」と吹いて「そうかもしれねえ」と笑った。
「そうですよ! いつか良いものが見えるって思いましょうよ!」
「じゃあエイドよ。お前はこの戦争が終わった後はなにする?」
「さっきから思っていたんですけど、星が見たいです!」
「やっぱりそうか」
「ニアースさんにカインさん。あとチャップさんやハントさんも誘って! レンさんとバモン教官は来てくれますかね~?」
「レンさんは来ると思うが、バモンはどうだろうな~。あとカインは退屈しそうだ」
「本当ですね。気がついたら星を見ながら腹筋していそうです」
「絶対するぞ」
笑い疲れた僕らは息を整えて、再び真剣に話し始めた。
「いつか、そういう日が来ますかね。みんなが外でこうやって並びながら、何にも怯えずに空を見れる日が」
「あぁ、でもな。俺たちはそういう日をただ待つんじゃねえ。その日に行くんだ」
そう言った彼の目は真っ直ぐ上を向いて光っていた。それは目の中の光石が映っているからではなくて、ドドさんの強い想いが光っていたんだと思う。
「その日は、あとどのくらい先なんでしょう」
「わっかんねえよ。でも生きてりゃいつか着く。そうだろ?」
僕はとてもつまらないことを聞いた。そうだ、生きていればいつかその日がやってくるんだ。
「そうですね!」
「じゃ~、冷えてきたし帰るか?」
「ドドさん。もう少しだけ良いですか?」
彼は先に起き上がっていた。でも僕はまだこのままでいたかった。こういうのをワガママって言うんだと思う。
でもドドさんは「良いぞ」と嫌な顔をせず、また体を寝かし始めた。
「ありがとうございます」
「気に入ったか?」
「はい。光石を見ていると気持ちが楽になります」
「そうか。なら、もっと見ていけよ」
光石:青や白に見える光る石。小さく弱い光なので暗闇でないと見ることが出来ない。