プロローグ 始まりの命②
ケア・ハント:子供に甘いところがある大人の女性。白衣に似合う黒髪のロングヘアー。衛生クラス所属。衛生クラス長。
プロローグ 始まりの命②
「太陽ってのはあんなに近かったか?」
ちょうどハゲワシたちも何かを察知したように、その場を飛び去った時、突如として太陽が血の色に染まり始める。瞬間、嵐のような強風が吹き出して、大地の乾いた砂が鉄砲水となって男を襲う。
「竜巻か!?」
男はとっさにその場に伏せると、長い髪で顔を守った。もっとも、そのために伸ばした髪ではないだろう。亀のようにうずくまる彼に甲羅はないが、髪のおかげでなんとか目は守れそうである。
しかしコートだけの男の胴体は、熱風と針のように鋭い砂に襲われ続ける。
この時、もちろん男は気がついていなかったが、ドス黒くなった太陽は更に大きくなり続けていた。太陽の巨大化に応えるように、風も強大化を続ける。さきほどまで転がっていた獅子の死体はとっくに、彼方へと消えた。
男はというと銃を杖のようにして、なんとか大地に食らいついていた。
「まだ飴の効果が残ってるみたいで助かった。こんな嵐にも耐えられるなんて、ほんとすげえな飴」
杖がわりの銃、それがファイン・ドドの命綱。それを片手で握りしめると同時に、掴めない空気を掴もうと、何かにしがみつこうと、必死な男。
太陽はいつの間にか、手が届きそうなくらい膨れて、大地はその色に染まっていた。
すると、何かの合図を受けたようにこれまでの暴風がピタリと止む。長髪をかきわけて顔を上げた男は、その時はじめて膨張したソレを目にした。
「なんだ、あの赤い丸いのは・・・太陽か?」
ハッとした男が鞄に手をかけた時、 大地は紅い閃光に飲み込まれた。もしも目を開ければその閃光は真っ白に見えるだろう。いや、真っ黒かもしれない。これは見た者の目を焼き焦がす、強烈な光である。
男は瞬間的に光に反応し、銃を放棄。頭を長髪とコートで包み、砂に顔を埋め込んだ。だが、閃光はそれをしている最中に消えていた。大地は元の色に戻り、太陽も元の色と大きさに戻っている。
しかし、まるで世界が新しく生まれ変わったかの様。
一方、男はまだうずくまっていた。うずくまる男の髪を風がまた触れる。けれどこの風は砂を巻き上げることはおろか、髪の毛さえ引っ張ることが出来ないただの音。
しばらくは風の音しかしない大地だったが、空から鳥の鳴き声が届いた。獲物を見つけたハゲワシがそれの上で円を描く。その鳴き声で安全を確認した男は、ゆっくりと立ち上がる。砂だらけの顔の前に手を広げ、恐る恐る太陽を見る。
「さっきまでの異常な出来事が、嘘みたいに静かになりやがった」
ハゲワシの群れは今も空を周り続ける。しかし今度はファインの頭上ではない。
「おいおいウソだろそんな馬鹿な──あれは、人間か!?」
両手で頭を抱えたファインは、銃を拾いながらハゲワシの真下へ走り出す。揺れる髪の毛を手で押さえ、生存者の元へ急ぐ。すると1羽のハゲワシが、直下で横たわっている生存者へ降下し始めた。
「そこを離れろおおお!!」
ファインの鬼気迫る表情で放たれた怒号は、言葉が通じない相手に命の危機を感じさせた。降下していたハゲワシは空中でブレーキをかけて急上昇、そのまま旋回している群れに加わった。
息を切らしながら、その横たわる生物の元にたどり着いた男は、両手両膝を地面に付けて問いかける。
「・・・おいお前! 人間か? 生きてるのか!? どうして服を着ていない! いつからここにいた!」
男の声は空のハゲワシにも届くほどだったが、その裸の生物からは何も反応がない。
「本部本部! 緊急事態だ!」
《ははは、はい! どうしたんですか!?》
「お前じゃねえ! 衛生クラスのハントに繋げ!」
通信越しの声を聞くなりファインは叫んだ。すると今度は女性の声が聞こえてくる。だが、彼女はあまりにも冷静だった。
《うるさいわよ》
「おおハントか。大変だ生存者だ人間がいた! 今すぐ応援をよこせ! それと男用の服を持ってこさせろ!」
男の無線機は雨に濡れたわけでもないのに、唾でしずくが出来ていた。それくらい必死だったのだが話し相手のテンションは変わらない。むしろため息をついて、いっそうドライになっている。
《はぁ・・・冗談はやめて》
「本当にいるんだよ人間が! 良いから早く応援をよこせ・・・ヤブ医者!」
その一言が彼女を本気にさせた。嫌味を込めたのは、彼女がそうなることを知っていたのだろう。
《その言葉を使うってことは、本当なんでしょうね?良いわ、すぐに応援を送る》
「頼んだぞ!」
無線機を置いた男は、荒く短い呼吸を整える。そうしながら地面で横たわる裸の生物をじっくりと観察していた。その光景は事情を知らない人が見れば、すぐに制止するであろう構図。
「呼吸はしている。信じられないことに傷は1つもない。そんで、気持ちよさそうに眠っていやがる。今、何度だと思ってんだよ。火傷すんぞ」
自分の上着を脱いで地面に広げると、裸の少年を抱きかかえて、上着の上に寝かせた。そのままコートで包み込んだが、少年の指先と赤毛が少しはみでる。
「日光が当たる面積が減っただけでも、良しと思ってくれ」
上半身白のタンクトップになった男は立ち上がり、自分の影で寝ている少年の顔を隠す。男のこんがりとした肌は、灼熱の光を寄せつけない迫力がある。そんな男がいる限り、ハゲワシたちは何もできないだろう。
────とある地下施設 出入り口付近
千人は入れそうな空間にいたのは、たったの3人。少年は自分が着ている赤い服と同じ物を大事そうに抱えている。彼よりも背が高い少女は、目の前で話す大人の話を、背筋を伸ばして聞いている。
その大人はさきほどヤブ医者と呼ばれた女だった。真っ白な白衣と、背中まで伸びた真っ黒な髪がよく似合っている。
「目的地までは偵察クラスの車が送ってくれるわ」
ハントは10代の男女2人の前に立って、地図を広げている。その地図には山とA、Bなどいくつかアルファベットが書いてあるのみ。まるで小学生が作った宝の地図のような完成度だった。
「いい?常に臨戦態勢でいるように。特に──」
「〝特に、領土外ではいつポルムやドミーが現れるか分からないから、2人とも気をつけるのよ?〟──ですよね。私、暗記と声真似できるくらいにはそれ聞いてます」
少女は嫌味でもなんでもなく、素直に物を言う性格だった。言われたハントも「さすがね」と微笑むしかない。
「そういえば生存者ってやっぱり男子なんですか?」
「ドドが言ってた特徴からはそう聞いてるわ」
「ふーん」と視線を落とした少女とは対照的に、少年の方は「早く会いたいな!」と、耳を塞ぎたくなるほどの反応。少年の声はこの広間でもよく響く。
「ニアースちゃんは女の子が良かったの?」
「いえ、これ以上バカの面倒は見れないので賢い子が良いな~って」
「もうダメよそんなこと言っちゃ。男の子はそこが可愛いんだから」
白衣を着た女性は少年の金髪の頭を撫でていたが、ニアースにはまだそれが分からない。しかしニアースも、ハントも、少年も、ファインも、自分たちが出会う彼が運命を変えるとは思っていないだろう。
────この日、人類の前に現れた命は世界の運命を大きく変える。その少年の名は──
ニアース・レミ:大人っぽい少女。黒髪のショートヘアー。怒っていると勘違いされやすい。ジズクラス所属。