アースオブジズ②
アースオブジズ②
(檻の入り口を開けてすぐ、黒い服の人たちは檻から離れて銃を構えた。どうせその銃は僕を守るためではなくて自分のため。でも、その気持ちは分かる。だって僕が一番怖いから。檻から出てきたドミーは地面の匂いを嗅いでいる。犬だからかな?)
地面に鼻をつけていたドミーは顔を上げると、数メートル先にいる少年に向かって跳んだ。獣の狙いは少年という肉。
「下がれエイド!」
その声に引っ張られるようにして少年は後方へ跳んだ。
(ドドさんの声がなかったら僕は今、足を食われれていた。なんて速さ。身体能力がすごいのは聞いていたけれど、この距離を一瞬で直進してきた。
いや、もしかして走っていない? 多分そうだ!たった1回地面を蹴って僕の方に迫ってきたんだ。でも直進しているから避けやすい!)
「何をしているエイド・レリフ! 早く刀を抜いて手に刺すんだ! 幻獣の名を呼べ!」
少年はミサイルのように飛んでくる犬を避けながら腰に手を当てて、1本の刀を抜く。確かこうやって!
「アースオブ!──」
アースオブ・・・アースオブ・・・なんだ!?少年は刀を抜いたままその場で止まってしまった。その目はあろうことか足元を向いている。犬は先ほどのように一瞬でその距離を詰め、今度は頭に食らいつこうと無数の牙を向ける。
「バカエイド! なにしてんのよっ!」
少女は犬に向けてハンドガンを連射する。しかしそれは犬が避けるまでもなく最初から外れた。それなのに犬は少年を襲わず、瞬時に着地してバク転。後ろに下がった。そうすることで犬は助かったのだ。弾丸は別の場所から、もう1発分撃たれていたのだから。
「ニアース。そんなんじゃ守れねえぞ」
「・・・すいません」
ドドも手にハンドガンを持っていた。その銃口からは煙が出ている。
「何してんだよエイド! 早くアースを使えよ!」
もー! カインさんはうるさいな! 使えたら使ってるよ!
「分からないんです! 僕の幻獣の名前!」
すると、今まで本を読むように様子を見ていた老人が一言。
「ジズですよ」
それを聞き取ったカインは手足を使って叫ぶ。
「ジズだエイド! アースオブジズだ!」
狙いすましたその声は、少年の耳へ直行。
「ニアース2秒稼げ!」
ドドはすでに銃を構えた。同時に銃口は犬の姿を捉えている。
「5秒はいけますよ!」
少女もまた銃を構えていた。その目にはもちろん犬がいる。けれど微かに、刀を持っている少年の背中も映っていた。
犬が動き始めた瞬間──2人のスナイパーは犬の足元、頭を狙って引き金を何度も引いた。狙って撃たれている弾を、犬は最低限の動作で避け続ける。その姿はその場で踊らされているようで、とても滑稽。
「エイドー! 今だー!」
「うぁぁぁっ!」
顔に似合わない雄叫びを上げて刀を振り上げる少年。
「アースオブ──ジズ!」
刀を自分の左手に刺した。その直後、エイドの左手から血のように炎が吹き出す。赤い炎は少年の体をあっという間に飲みこむ。炎は少年を軸にして竜巻きのように回っている。その炎の塊はまるで、薔薇。
「これが、エイドのアース」
全員がその花に見とれている。食べること以外知らないであろう犬でさえも、それには食いつこうとしなかった。動物の本能なのか、燃え上がるそれを前に腰をガクガクと震わして怯えている。
(────暖かい。ここはどこなんだろう。雲のようにふわふわしていて、夕焼けのような暖かい色で包まれている。気持ちが良くて寝てしまいそう。
そうだ手の平は!?・・・傷がない。確かに僕は刺したのにまた、治っている。治っているというよりも新しくなっているような。なんだろう、体全体が生まれ変わるようなそんな気がする)
炎の花が咲いた時、中から出てきたのは体に羽を生やした1羽の──否、1人の人間。腕には炎と同じ赤色の羽が生えて翼のようになっている。服やズボンは残ったままだが、肌が見えるところには余すところなく、羽毛らしきものが生えていた。
顔にはそれが生えていなかったが、少年の紅い髪の毛が夕日のようなオレンジ色に染まっている。
(正直さっきまで体調はあまり良くなかった。なのにぐっすり寝て自然に起きた時みたいに気分がいい。まるで──)
「空を飛べる気がする!」
少年は腕を上下に数回動かした。するとその赤い体は、風に舞い上げられた木の葉のように軽々と空中に浮いた。少年は翼を持っているわけではない。それでも跳ねただけで大きく飛び上がれた。
「すっげー! エイドが飛んだ!」
「エイド・レリフ! その刀でさっさとドミーを斬れ!」
バモンは犬を殴るように指さした。
「はいっ! じゃなくて、了解!」
着地した少年は腰にあったもう1つの刀を抜く。
(刀も軽い。自分の指みたいに操れる。あれ?どうしてあのドミーは止まっているんだろう)
その犬は止まってなどいない。少年が速すぎたのだ。彼は自分が地上を足で走っている感覚でいたが、実際は空中を翔けている。たった1回、地面を軽く指先で叩いた少年。彼は今、弾丸を超える速度で犬に迫っていた。
犬はようやく自分が狩られる側になっていたことに気がついた。が、すでに遅い。もう目の前で炎の獣が2本の牙を向けて立っているのだから。
「やれ! エイド!」
そう言われた少年だが既に刀を鞘に納めていた。彼の足元には舌を動かしている犬の頭が転がっていた。エイドの目の前には、頭を亡くした体が今も4本の足で立っている。
「これで良いですか?何度も斬るのはかわいそうなので・・・」
そう言うと彼は犬の胴体と同時にその場に倒れてしまった。
「エイド!!」
ドドと少年少女が駆け寄る。
「ではバモンくん。ジズクラスへの地上任務は後ほど連絡いたします」
「あなたは、どこに行くのです! ステダリー博士!」
「訓練は成功しました。彼はアースもその武器も、ちゃんと使用してドミーを倒しました。もう見るものはありませんよ」
そう言いなが背を向けて部屋から出て行く男の側には、全身真っ黒の布をまとった者が付き添っていた。それに気がついたバモンは物を言おうにも言えず黙って、出て行く彼らを見送った。