10話 兵士として①
10話 兵士として①
────訓練室────
数十人分の机と椅子が並ぶ部屋。ここも遺跡の中とは思えない壁や床の作り。石ではなく、木で出来ているように見える。僕は今その場所に大人の人と2人きり。
「貴様が今日からジズクラスに配属されるエイド・レリフか」
「はい! エイド・レリフです!」
教壇の上に立つ青い目をした教官。彼は堅い表情で、僕の名前を一文字一文字強く言い放つ。
この声はこの前の朝、放送で遅刻したカインさんを呼んでいた声。あの時感じた通り怒ると凄く怖そうな見た目。上下青色のピシッとした制服に真っ直ぐとした姿勢。とても真面目な人だ。
体つきも全く違う。僕が雑草ならこの人は大木。その見た目に圧迫されてしまう。この人を見ると無意識のうちに背筋を伸ばして、両手を腰に密着させてしまう。
「私はジズクラスで教官をしているワイアット・バモンだ。残念ながら今日から何度も呼ぶことになる名だ。嫌でも覚えることになる」
バモン教官は教壇の上を左右に歩きながら話す。今のは冗談だったのかな。でも笑ったら怒られそう。
「お世話になります! ご指導をよろしくお願いします!」
「その礼儀の良さはニアース・レミに仕込まれたか」
立ち止まった教官はこちらを左目でジロリと見る。冷たく青い目は僕を凍らせる。なんて答えたら良いんだ。
「別に構わん。君も彼女を見習うといい」
「はい!」
「貴様は今日から兵士だ。そこで渡すものがある。戦闘服は後ほど部屋に配送予定だ。今日はまず、こいつを腰につけろ」
そう言ってバモンさんは教壇前の机に置いてある鞄に手を入れた。中から取り出したのは黒色のベルト。無言でそれを手渡される。
目で指図されたので、受け取ったベルトをすぐに腰に巻いて上着をめくった。なんだか気が引き締まった感じがするぞ。
「こう、ですか?」
「そうだ。そのベルトに貴様の刀を挿しておけ。ベルトをつけることは兵士の証だ。それがどういうことかを忘れるなよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
ベルトには刀を支えるための輪っかが両側についている。さっそくそれぞれの輪にゆっくりと2本の刀を入れる。下半身が急に重たくなった。これは刀の重み。でもそれ以外の重みも含まれているように感じた。
見てみるとバモンさんもベルトをしている。僕のとは違ってオレンジ色。けれど、武器のようなものは何も挿さっていない。というか武器をかける輪っかすら見当たらない。
そうやって観察していたら咳払いをされてしまった。
「・・・失礼しました」
「今から貴様も訓練をするが、なぜ訓練をするか分かるか?」
「戦い方を学ぶためです。僕みたいに戦ったことのない人のためにも」
今考えた割にはまともなことを言えたと思う。教壇から見下ろすバモンさんは僕の目を見ながら、噛み締めているけどね。
「不正解だがそれも悪くない。なぜ訓練をするのか──それは戦うためじゃない。生き残るためだ」
握り拳と手の平をぶつけて教官は言った。頭の中には手と手が合わさった時のバチーン!という音が響く。
「生き、残るため」
「もちろんポルム、ドミーに勝つことを目標にしているがまずは、自分の身を守るのが大事だ」
「どういう訓練をするんですか?」
「ひたすら肉体強化だ!」
頭を撃ち抜くようなバモンさんの声。正直うわっと思ってしまった。肉体強化と言ったらやることは決まっている。カインさんが好きなアレだ。
「貴様。今、嫌そうな顔をしたな」
「い、嫌ではないです」
「聞いているぞエイド・レリフ。貴様は筋力値が低いと」
「おっ、おっしゃる通りです」
もう色んな人に僕が貧弱なことが広まっている。さすがに言われ慣れたので、落ち着いて認めるしかない。
「なぜ筋力が必要か分かるか?」
「力があれば単純に強いから!ですかね」
「不正解だが遠くはない」
この人絶対正解って言わないタイプの人だ。きっとそう。
「訓練時は動きやすい服装で構わない。が、実戦の時は身を守るため今よりも重い服装になるだろう。そんな時、戦場で動けない奴は戦えると思うか?」
バモン教官は僕の服と自分の服を交互に指さした。そうか。確かに筋肉がないとまず動けない。
「足手まといですね」
「その通りだ。力は自分を守る時に必ず必要になる。辛いとは思うが頑張ってくれ。君には期待がかかっている」
教壇を降りたバモンさんは僕の両肩にゆっくりと、白の手袋をしている両手を置いた。さっきまで遠いところにいたけれど、今は同じところに立ってくれている。それは物理的な部分だけではない。
その声は今までと違って包み込むような優しさがあった。でも『期待がかかっている』という言葉は僕にとって重荷だ。
「僕、期待されているんですか?」
「エイドはアースに何も問題なく適合。そしてステダリー博士からの推薦でジズクラス入り。こんな例は初めてだ」
バモンさんは僕の肩に手を置きながら、部屋の空席を見渡す。そうは言われてもアースを発動できたことはないし、推薦されたことは今知った。
「ステダリー博士ってどなたでしたっけ」
失礼と思いながらも尋ねた。バモンさんの言い方からしてもきっと凄い人なんだろう。
「ステダリー博士はこの対ポルム組織ジズの設立者で、指導者だ。髭が生えている人と言えば分かるかな?」
「あっー! 思い出しました!」
アースに適合した時にいたあの人だ!声だけで大人を動かす偉い人。
「私はそんな、期待されたお前を育てなくてはいけない。くれぐれも訓練を怠らず一人前の兵士になってくれ」
「了解です!」
この人にも僕に乗っかったものが乗っているのだろうか。
「では廊下にいる班員と合流しメニューをこなしてくれ! それと返事は、了解!だ」
「りょ、りょうかい!」
バモン教官は目にも止まらぬ速さで敬礼をした。それを見よう見まねでやってみたがまだ練習が必要だ。
ワイアット・バモン:規律を重んじる青年。少年たちの教官役を務めている。