それぞれの暮らし③
それぞれの暮らし③
────生活区────
扉を開けると共に眩しい光が中から溢れる。一歩踏み入れた世界はまるで別世界、外の世界──地上だった。
空には太陽や雲。大地には草木が生えていて、どこまでも豊かな緑が広がっている。僕らが立つ丘の足元には街まで見える。
「ここってジズの、遺跡の中ですよね?」
「当たり前じゃない。遺跡の中の一番深いところ。地下の地下」
「でも太陽や雲が見えます。草や木まで!」
こんな信じられない光景が広がるのに、ニアースさんはそれが普通だと言わんばかり。彼女に取って、昔からこの光景が日常だったのだろうか。
「草木は本物だけど空は映像よ。あんたの部屋にもあるでしょ?」
「はい。月の光がさしこんでました。触ったら壁でしたけど」
「ここが広く見えるのもそういうことよ。映像の力ってわけ」
「そ、そうなんですか。本当凄い技術ですね」
これもあのレンさんがやっているのか。改めて、あの人無しではジズの暮らしは成り立たないと感じる。
「じゃ、戻る?」
「もうですか? もっと中の方、街とかに行きたいです!」
「・・・じゃあついて来なさい」
ため息を隠さないニアースさんは、面倒くさそうに歩き出す。もともと乗り気じゃなかったけれど、そんなに嫌なのかな。生活区は緑があってとても良いところだと思う。
丘を降り、林道を進む。街の建物に近づくにつれ、砂利や草が無くなり人が通る道になっていった。そこからしばらく歩くと、さっき丘の上から見た街に到着した。
「人がいますね。家もあって思っていたよりも普通です」
「そうね。普通の住宅街よ」
街を歩く僕らを人々は避ける。警戒されている視線。歓迎されているわけではないようだ。道の両端によった彼らから声が聞こえてくる。
「おい、あの赤い服のガキって兵士だよな」
「ほんとうだ。どうしてここに・・・」
「うわー。あの赤髪の少年、サクリファイスを持ってるぞ」
「おいよせ。神の子たちの悪口を言ったら罰せられるぞ」
ここへ来る前は、生活区の人とも親しくなれたらと思っていた。でも挨拶をする雰囲気ですらない。同じジズで暮らしているはずなのに、まるで僕らは他所者。
「ニアースさん・・・僕らって」
「分かったでしょ?好かれていないのよ」
「じゃあ帰った方が──」
その時、正面から数個の石が飛んできた。
「ニアースさん!」
とっさに彼女の前に出る。持っていた刀を鞘に納めたまま、交互に振って石を弾く。反射的に飛んできた方を見ると、小さな子供が立っていた。投げるものが無くなったその子は、口を開く。
「お前たちは嫌いだ! パパやママはがんばってるのに、お前たちは何にもしない! お前たちが早くポルムをやっつければ、パパもママも僕ともっと遊んでくれるんだ!」
最後に飛んできたその子供の声は弾くことができず、僕の胸に深く刺さった。ただ、言葉を受けただけなのに僕の体全体が固まってしまう。手足を鎖で縛られたみたいだ。
「アースオブ! リヴァイア!」
「ニアースさん!?」
子供の前に立った彼女は叫んだ。でも手には何も持っていない。そんな僕よりも混乱したのは街の人々。
「サクリファイスだ!」
「サクリファイスを使ったぞ逃げろー!」
彼らは怯えて悲鳴を上げる。僕らから逃げるようにして、みんな建物に入っていく。
「今のうちに帰るわよ!」
彼女に腕を引っ張られ、来た道を一目散に戻る。街から何も聞こえなくなった時、僕らは再び丘の上に戻ってきた。
「ここまで来れば安全ね」
僕を引っ張りながら走ったのに、ニアースさんは息を切らさず周りを立ちながら見渡している。僕は情けないことに息を切らして座っている。
「すい、ませんでした。まさかこうなるだなんて思わなくて」
「私もあんな歓迎をされるなんて思わなかったわ。でも、さっきはありがとう。だけどあの石は私も反応できたのよ?」
どこまでも強気な彼女には苦笑い。「すいません」と頭を下げるしかない。
「あっ、逃げ道を作ってくれてありがとうございます。さっきアースを使ったんですか?」
「あれはそのフリよ。名前を言っただけ」
アースを使ったのに光や炎に包まれていなかったし、ニアースさんの見た目も変わっていないからもしかしてと思ったけれど、やっぱり嘘だったのか。
「そういえばあの時、サクリファイスって街の人たちが言ってましたけど、なんのことなんですか?」
「私たちのアースのことよ」
「サクリファイスって、生贄のことでしたっけ?」
「私たちがアースを使う時に体を傷つけるから、傷つける者って意味で使っているのかもね」
「サクリファイス」
確かにアースを使わない人からしたら、僕らはそう見えるかもしれない。実際は傷つけた怪我は治るけど、僕もハントさんがアースを使った時は何をしているのかと思った。体を平気で傷つける人を見たら怯えるのも仕方がない。
「もしかして、僕たちが嫌われている理由はそれですか?」
「それもあるけど、さっきの石を投げた子供が言った通りよ。私たちはここの人たちに労働をさせているの」
脳内に「お前たちは嫌いだ!」と言い放った子供の姿が鮮明に浮かぶ。
「僕たちが食べてる肉とか野菜を作らせている。ってことですよね」
「それ以外に綿とか食器もよ。私たちはそれを使って暮らしている。ここの人よりは豊かにね」
「でもここで暮らしているだけでも、地上よりは良い暮らしだと思います」
こんなことを言ったらまた石を投げれそうだけど、正直そう思う。だってポルムやドミーに襲われず、屋根もある。命が無事なだけ良いじゃないか。もちろん彼らの労働がどれほど大変かは知らない。
「エイドが言った通り労働の見返りに、最低限の衣食住を提供するのが最初の契約みたいなものだったの」
「それが、戦争に早く勝てということを求めるようになってしまったんですね」
「そりゃ終わりも見えないし、ずっと偽物の太陽を見てたらストレスもたまるよ。それに、あれ見えるでしょ」
僕の横に座ったニアースさんが遠くの空を指差す。そこはさっきの街よりも奥の場所にある街。なのに大きな建物がいくつも見える。
リヴァイア──海の神様。蛇の幻獣。胴体の長さは世界を1周してしまうほど。