プロローグ 始まりの命①
ファイン・ドド:長髪の男性。対ポルム組織ジズの中心的存在。
ダク・ターリン:気弱な少年。皆の力になりたいと、無線のやりとりを日々頑張っている。
プロローグ 始まりの命①
────数百年前アメリカ某所
「第3次大戦でどのような兵器が使われるのかは分かりません。しかし第4次大戦なら分かります。石と棍棒でしょう」
「では博士、さらにその次の第5次世界大戦がもしも起きたとしたら、人類はどんな武器で戦うと思いますか?」
「第5次大戦が起こることはありません。なぜならその頃には──戦争をする生き物が絶滅しているからです」
────第4次世界大戦から200年後
灼熱の光が照りつける荒野。草木と水は枯れ、通り抜ける風は、砂を舞い上げるだけ。
そんな砂の大地の上に男が独り。茶色のコートを着た男は、世界に取り残されたように、ポツンと立っている。伸ばした長髪には砂が絡まっているが、男は気にしない。彼が気にするのはその先にいる。
男の50メートル先に、犬のような動物が歩いていた。彼は近くの岩に隠れ、望遠鏡と無線機を手に取る。
「俺だ。ターゲットを発見した」
《こちらダクです!ではそそそ、そのまま──》
「んだよ。ダクだけか?」
男の無線機にため息がかかる。
《ははは、はい。すいません。今すぐ他の方に──》
「冗談。今はお前で良い」
《了解です!》
「ターゲットは寄生されたライオンが1体。体に出てるポルムアイは3つ。手遅れだ」
《はい。気をつけてくだ──》
「ダクのやつ、よく喋るようになったな。そんな喋るから、ライオンさんが嫉妬しちゃったぜ」
まだ喋っていた無線機を一方的に切り、腰に巻いてある鞄にしまう。そして岩に立てかけた銃を手に取る──かと思えば、男は靴紐を結び始めた。
しゃがんだ男の視線は真下。否、正面。自身に向かってくる、獅子をしっかりと捕捉していた。
「ブガゥゥゥ!」
「男と話しただけで、そんな怒ることねえだろライオンさんよ」
前脚を馬のように振り上げて叫んだ猛獣は、鼻息を荒げる。その獅子の頭、前の右脚、横腹の全3箇所には、リンゴサイズの斑点模様。それは紫色で、中央部分は黄色く、見るからに毒々しい。
見ただけで何かに侵されているとわかるが、実際毒されているのだろう。獅子の目は白目で、王の象徴であった鬣は、虫に食われたようにぼろぼろ。歯茎はむき出しで、体のあちこちに肉を抉られた傷跡があった。
その姿はライオンというよりも、死体と呼ぶ方が適切だろう。ましてや百獣の王と呼ぶことが烏滸がましいほどに醜い。
「今、楽にしてやるからな」
そう言うと胸ポケットから出した飴を、口の中で噛み砕いた。ここでようやく、岩に立てかけていた長銃を手にとる。
「どっこがチョコレート味なんだよ。泥味だろこれ! 帰ったらクレームを入れてやる!」
そう文句を散らしながらも、慣れた手つきで長銃を構えて、スコープを覗く。
「あら~。ぶっさいくな面だ。ボディの方もよく拝んでやりたいけど、せっかく飴を使ったからな」
男はスコープを覗くのを止めて、長銃を拳銃を持つように片手で構える。何をするかと思えば、空いた片手で目元を指で2回、トントンと触れる。
「肉眼で相手してやるよ」
「ブルゥ!!」
挑発が通じはずないが、ゾンビは吠える。今にも取れそうな後ろ脚でたったの1回砂を蹴ると、地面がえぐれた。土の塊が遥か後方へ、弾丸の速度で飛んでいく。
ゾンビはその勢いのまま、ミサイルの如く空中を直進して男に迫る。
「もはや地を走る必要もないか。恐ろしいね」
口調と仕草では驚いていた。しかし再び銃を構えた男は、大地の一部になったかのように微動だにしない。銃を支える手も、空中でピタリと固定されている。
「あれ、装填したっけか?」
長銃を見ながら、後頭部に手を当てて男は笑った。そうしている間にゾンビは男の目の前、銃口の数センチ先。ゾンビは口を開き牙を見せ、隠していた爪を出した。
男を仕留めるまさにその寸前、百獣の王の姿を取り戻す。
「でも、お前には空砲でも十分か」
迫る獅子を見ている男の目と、声が沈む。引き金にセットした人差し指を内側に曲げた瞬間──発砲。雷のような轟音が、乾いた大地に響いた。それはライフル銃というよりも、大砲の音だった。
空気は振動し、男の長い髪は引き抜かれるように後ろへなびく。轟音が直撃した獅子の頭と体は、吹っ飛んだ。それは血飛沫を撒き散らしながら、空中を舞う。
「装填しないで正解だった」
長いため息を吐いた男は構えていた銃を降ろし、落ちている獅子に近づいた。それに触り絶命していることを確認すると、残った獅子の体を撫でる。
「悪いのはポルムだ」
獅子の前で祈りを捧げると、再び無線機を取り出した。
「ダクか?ターゲットを駆除した。今から帰還する」
《ドドさん! さささ、さっきはなんで無線を途中で切っ──》
男はまたもや会話を切断して、岩に寄りかかる。口から出るのは「ふぅ〜」という疲労まじりの息。
「タバコが吸いてえ。こんな時代になるなら沢山吸って、おっちんどけば良かったぜ」
青い空を眺めながら、煙が出ている銃の先を指で挟む。そんな男の頭上には、複数のハゲワシが集まっていた。
「良いな、空を飛べて。お前らの世界は何にも変わっちゃいないんだろう?」
通じるはずもない言葉を、彼は鳥たちになげかける。ハゲワシは変わらず男の上で円を描くのみ。彼らが狙っているのは男か、獅子の死体か。
「食いもんに困ってるのはお互い様か。悪いが俺はお前らの昼飯にはならないぞ。いや、時間的にはおやつか?」
熱い光が槍となって突き刺している空を、ハゲワシの群れは飛んでいる。男はそれを見て、空の異変に気がついた。
「太陽ってのはあんなに近かったか?」
ちょうどハゲワシたちも何かを察知したように、その場を飛び去った時、突如として太陽が血の色に染まり始める。瞬間、嵐のような強風が吹き出して、大地の乾いた砂が鉄砲水となって男を襲う。