8話 ニホンの刀①
8話 ニホンの刀①
ドドさんと合流した僕がホールLの1つの扉の前に来ていた。
「アースは持ってきたな?」
「この短剣ですよね」
右手で握りしめていたそれを見えるように突き上げる。ドドさんはちっとも驚かない。見慣れているのか、僕がこれを持っていても怖くないのかな。
「そいつを今から加工して完璧なアースにする」
「楽しみです!」
「・・・そうか」
僕とは違ってドドさんは残念そうな顔。この人はほんとうにアースが嫌いなんだとわかる。
「でもどうやって加工するんですか?」
「ここにはな、凄い技術者がいるんだよ」
「エンジニアですか?」
「そうだ。どんな物でも作ったり直したり改良したり出来るクソじじ…器用なやつだ」
「もしかしてこの遺跡内の明かりとか!部屋の壁に映し出されていた映像も、そのエンジニアがやったんですか?」
「まぁ~。だいたいはそうだな」
「へえっー! 凄い人ですね!」
エンジニア。いったいどんな人だろう。話を聞く限り何でも作る凄い人。よく言われる天才ってタイプの人かな。でも考えてみればそういう人がいないと、ここで暮らすことは出来なさそう。
「確かに腕は凄い。だが、人間としてちょっとな」
「・・・え?」
「扉を開ければ分かる」
もう引き返せないところに来て引き返したくなった。絶対に悪い気しかしない。しかし目の前の扉をドドさんはノックする。
「入るぞ~」
「し、失礼します」
どんな人がいるのか緊張しながら入った部屋の中は一面、灰色。明かりが十分とは言えず、部屋の様子がよく分からない。
おまけに部屋の空気はなぜか霧がかかっているようにモヤモヤしている。足元には色んな道具が置いてあり、いかにも物を作る人間が住んでいそうな部屋。
「お〜い。レンさ〜ん。どこだ〜?」
両手を使って呼びかけるドドさん。山で遭難した人を探す呼びかけに長期戦を予想したが、あっさりとその人は見つかった。
「ここだヒゲやろう」
「うわっ!!」
僕は危うくその声の主を踏むところだった。床の上で両足を組み、モニターを睨んでいる男の人がそこにいた。
こう言ったら失礼だけど、きっとカインさんより小さい男の人。名前は今ドドさんが言っていた──レンさん?
「いや、俺のこれはヒゲじゃなくて髪の毛──」
「そのガキはなんだ? 新入りか?」
ドドさんが自分の長髪を手でかきあげる。しかしその話を聞かずに立ち上がった男の人は僕を指差す。立ち上がっても男の人はやはり小さい。
頭には目の周りまで隠せるゴーグルをつけている。妖精の様で少し可愛い。けれどその顔はシワ、シミ。傷などがあり、年月を感じる。そんな顔に似合わず腕と足は太く若々しい。
「ああ、こいつは昨日ジズに来た──」
「おいガキ。さっき俺のことを蹴ろうとしたろ」
下から僕を睨んでいるレンさん。明らかに怒っている。もちろん蹴ろうとしていないから「い、いえ! そんなことはないです!」と両手を前に突き出す。
「こいつは新入りなんですから、あんまイジらないでくださいよ」
ドドさんは片手でレンさんの服をつまむと、ひょいっと僕から引き離した。意外と大人しく離された彼は再び座り込んで腕を組む。なんて不満そうなポーズだろう。
「ふん! まーた子供か。気に食わん。大人の女を連れてこい」
この人が不機嫌そうなのはそういう理由?
「レンさん。こいつの──エイドのアースをお願いします」
「ああ。もうあのクソ野郎に言われているよ。こんなガキのために俺が武器を作るなんて、納得がいかねえよ」
クソ野郎?って誰のことなんだろう。
それはそうとレンさんはこんなに口も態度も悪い人なのに、ドドさんが目線を同じ高さにしてお願いをしている。なんだか納得がいかないど、この人はそれくらい偉い人なのかな。
「レンさん。そんなこと言ってるとみんなに嫌われますよ」
「俺なら平気だ。なぜならジズには俺の代わりがいないからな」
「へいへい。で、アースはどんな感じになるんですか?」
そうだアースだ!って、やっぱりこの人がさっき言っていたエンジニアなのか。部屋には他に誰も見当たらない。残念だがこの人が凄い人に違いない。
ドドさんが「人間としてちょっと」と言っていたし、間違いなくあの小さいおじさんがエンジニア。
「このガキの身体の情報はあの女から書類でいただいたが、とんだ貧弱だな。あの生意気な小娘より力がないんじゃないか」
「ニアースは男勝りなとこがありますからね~」
ドドさんは僕を気遣うように言ったがそれが逆に辛かった。僕だって男だぞ。なのに貧弱とか小娘より力がないとか、遠慮なく言われて心が穴だらけだ。
「それに比べてあの男、カインは良かった! あいつのように筋力があれば作るこっちも楽しいもんだ!」
どうせ自分と同じくカインさんの背が低いから、優しくしてるだけじゃないのか?おまけに体格だけは良いところも共通して──
「けどお前さん」
レンさんが再び僕の顔を見つめる。今度は睨んでいない。でも怖い。
「な、なんですか。まだ僕に何か言うんですか?」
また何か嫌なことを言われると思って、何見てるんだよという感じに僕は反抗した。
「お前さん──健康だな」
なんだ。この人でもこんなに優しい声で人を気遣えるのか。この人を判断するのは早すぎたかもしれない。
「僕が、健康ですか?」
「お前さん筋肉こそねえが、とても健康的な肉体だ。臓器も健康。多分持久力は相当あるぞ。あの女も驚いていたくらいだ」
「え、あ、ありがとうございます」
急にそう言われると恥ずかしい。髪の毛をいじらずにはいられない。
「へー。俺にはそんな風には見えねえけどな」
「それは俺も同感だドド。なんせ俺たちゃあいつのように体の情報が目で見えないしな」
「ドドさん。あいつって誰のことですか?」
「ああハントのことだよ。あいつのアース──つまり幻獣の能力は、肉眼で見ただけで体の状態が分かるんだよ」
「そんなアースもあるんですね」
ハントさんのアース。幻獣にはそんな能力があったのか。じゃあ、僕は?僕の幻獣にはどんな能力があるんだろう。確か炎を操るらしいけど、それは属性、特徴みたいなものって。
「ガキ。お前はなんのアースなんだ?」
「僕はガキではないです。それよりこれをお願いします」
実は自分のアースが何の幻獣か分からない。でもそれをこの人に正直に言ったら「自分のアースも知らんのか!」と怒鳴られそう。だからナイフをただ渡した。
「ほ~!?これは・・・」
思った通りレンさんはナイフについている石に注目した。その石。つまりアースを見れば何の幻獣か分かるだろう。だって、エンジニアなんだし。
「石を見ただけで何の幻獣か分かるんですか?」
「いや、わからん。綺麗な赤い石だと思って見てただけだ」
あんなに食いついていたのに綺麗な石って・・・のんきな人だな。そういうところもカインさんっぽい。
「すいませんレンさん。俺ちょっと用があるんで、エイドを任せても良いすかね?」
「なんだ。あのクソ野郎絡みか?」
「いえいえ。任務ですよ」
「ドドさん行かないでください!」
ドドさんがこの場から消える。それはつまりレンさんと2人きり。そんなの絶対嫌だ!
今までもドドさんがいてくれたから、この人は大人しくしているところがあった。いなくなった瞬間、好き勝手に言い始める姿が容易に想像できる。
「ドドさん!」
「エイド。これからのためだ、強く生きろ」
「ドドさ~ん!」
僕の肩をポンと叩いた彼は白い歯を見せて、部屋から姿を消した。