食べることよりも③
食べることよりも③
「チャップさん!」
厨房で洗い物をしているチャップさんの背中に話しかけた。僕と彼しかいないチャップの食堂。流れる水道水の音はどこか切ない。
「何ダ~?」
「残してすいませんでした」
何か言われると覚悟して、頭を下げた。けれどチャップさんは「いいよいいよ気にするナ~」とお皿を洗い続ける。水は流れ続ける。多分こっちは見ていない。
「ご飯とても綺麗でした。戦争中とは思えないほど豪華です!」
僕は料理を作ってくれた彼にお礼が言いたくなった。味は確かに微妙だった。けど、見た目は最高だった!
「そうか !? そうかそうか。エイド・・・」
洗い物を終えこちらを振り返ったチャップさん。彼は味のことには触れず僕に「楽しかったか?」と尋ねるだけ。味ではなく、感情を聞かれたことに違和感を抱きつつも、「はい、楽しかったです」と即答した。実際カインさんと食堂で食べたのは楽しかった。
「なら残してもいいヨ! 俺は食べてもらえるよりも、楽しんでもらえる方が嬉しいんダ!」
満面の笑みってきっとこういう顔のことを言うんだろう。見ているこっちが幸せな気持ちになれるチャップさんの笑顔。でも、その笑顔もどこか切ないんだ。だって本当は、本当は──
「そんな、残してもいいだなんて」
「そりゃ食べてもらうのが一番ダ。でも、食材も火も水も使える量、時間が限られていル。だから美味いものを料理するのは難しイ」
トマトが少し生っぽかったのはそのせいだったんだ。もう少し焼けば甘くなると思うけど、チャップさんは肉をじっくり焼いてくれたのかもしれない。
「俺はな、お前たちに今が戦争中だなんてこと思って欲しくないんダ!」
優しい彼が急にキッチンの上に手を叩きつけた。音はそれほど大きくはない。でも彼の笑顔とのギャップに怯んでしまった。戦争というものに対するチャップさんの怒りが伝わる。
「今は戦争中だ。けど食ってる時くらいはそれを忘れてほしいんだ。だから俺、エイドがさっき、ああ言ってくれて嬉しかったゾ!」
わざわざお皿を投げて運んていたのも、僕たちを楽しませるためのパフォーマンスだったんだ。
遺跡の中で屋根と壁を作って真っ赤な食堂をやっているのは、戦争中を意識して欲しくないという心使いなのかもしれない。
現にカインさんは訓練に行くことを忘れていた。肝心の味は微妙。とても酸っぱかった。でも僕はさっき、何気ない日常を過ごしているように感じていた。
「チャップさん。お昼にもここに来ますね」
「待ってるデ~!」
「はい、お願いします!」