適合者③
アースの適合者③
「確か、この部屋だよな」
どこまでも続いている廊下。壁の両側にあるドアもどこまでも続く廊下同様、無限にある気がしてならない。
何とか自分の部屋らしきドアの前にたどり着くことが出来た。いくつもあるドアの中からなぜ1つを選ぶことが出来たのか。それは、記憶力の良さ──と、思いたいが正直自信はない。うん、勘だ。ドドさんが入ってきて僕が悲鳴上げた部屋は多分この部屋だったと思う。
「失礼します」
3回ノックをして、念のため一言断って扉を開ける。
「おっ、エイド!おかえり~」
部屋の中でカインさんが座っていた。良かった。ここは僕の、僕たちの部屋だ。
「カインさん。おはようございます」
彼はなぜかタンクトップ姿で汗をかいていた。この人は朝から何をしていたんだろう。
「大丈夫だったか?」
「なにがですか?」
「いや! どっか行ってたみたいだら迷子にならなかったかな~。なんて!」
「はい、なんとか帰って──」
「そのナイフって、アース?」
机を挟んで座りかけた僕の右手にカインさんの視線と声が釘付けになる。彼はすぐに立ち上がって僕の手首を握る。その時初めて自分が短剣を持っていることに気がついた。いつの間にかこれをあの部屋から持ってきていたんだ。
「エイドも適合したんだな!」
はい。──そんな返事すら言えなかった。ただ、頷いた。はい、適合しました。そう言って良いのか、喜びを見せて良いのか、アースに適合することはどんな感情が正解なんだろう。
「やったじゃん!」
元気溢れる声と手の平が僕の肩を叩く。下降していた顔と気持ちが上を向く。
「これでエイドもジズクラスだろ? だから俺と一緒に戦えるな!」
差し出された彼の右手を悩みながら慎重に握った。まるで一緒に遊べるなと楽しそうに言われたことが違和感だった。カインさんと一緒に戦うことになる。誰かと一緒に戦うことはそんなに喜ばしいことなのだろうか。最悪な場合どちらかが死ぬ瞬間を見るかもしれないのに。
歓迎してくれたのは嬉しい。握った僕の手を、更に強く握り返すカインさんの手からは気持ちが伝わってくる。彼は白く並んだ歯を見せて笑っていた。けれど僕は上手く笑えなかった。
「やっぱり戦うことになるんですかね?」
「エイドは嬉しくないの?」
心を読んでいるように尋ねられた。僕の中でカインさんは〝鈍感な人〟っていう印象だった。けど、意外と鋭い。この人の場合は目で心を見たっていうよりも動物的な嗅覚で勘付いたって感じがするけど。
「いえ、そういうわけではなくて、カインさんの反応が意外で。ドドさんはそんなに喜んでいなかったから」
「あ~。あの人は俺の時もそうだったぜ。多分悔しいんだろうな」
「悔しい?」
「だってあの人適合していないだろ?って、知ってるっけ?」
「さっきドドさんが自分で言っていました」
「あ、やっべ! ドドさんからエイドの分の朝飯取っておけって、昨日頼まれたんだった!」
なるほど。だからドドさんは安心して部屋に戻れと言っていたのか。でも今、やっべって、明らかに安心出来ないこと言ってたぞ。
「ごめん! 筋トレに夢中になっててすっかり忘れた!」
カインさんは立った姿勢から素早く土下座をした。その動きはまるで熟練者のように慣れた動きで、つい見とれてしまう。でも土下座が上手いって褒められることじゃない。
「本当に忘れていたんですか?」
筋トレに夢中になってご飯を忘れるなんて信じられない。集中しているのは分かるけれども、お腹は空かないのかな。
「すまん!」
すぐに立ち上がったカインさんは今度は腰を曲げて頭を下げる。こちらも磨き上げられたような綺麗な姿勢。ニアースさんに呆れられていて可哀想だと思っていたけど、何だかそれもしょうがない気がしてきたぞ。
「いや~。配給の時間よりも前に腹減ったからさ、筋トレしてたんだ。そしたら腹のこと忘れて飯のことも忘れちまったわ」
「お腹が減ったからって、筋トレをする意味がわかりません!」
「昔から言うじゃん?腹が減ったら筋トレを──」
「聞いたことありませんよ! ご飯はどうしてくれるんですか!?」
「まぁまぁ。そんな怒るなよ」
「怒っていませんよ! 僕はお腹が空いてるだけです!」
反省のない笑みでなだめられて本当に怒ってしまいそう。とりあえずこの短剣は、今すぐに手から離した方が良いな。
「配給の分はもう水しか無いだろうし・・・しょうがねえ、食堂に行くか」
「すぐに行きましょう!」
「おー」
元気が取り柄なカインさんの返事はテキトー。カインさんだってお腹が空いているはずなのに、食堂には行きたいようには見えない。新しい赤いTシャツに着替える時はため息までついていた。
寮部屋:基本的に男女別。部屋の人数は1〜3人。それぞれの私物はほとんどないため、どの部屋も同じような雰囲気になっている。