6話 適合者①
6話 アースの適合者①
「エイド! エイド!」
揺らされる体。目覚める前の曖昧な意識に外から呼びかける声。
「ドド・・・さん」
僕はまた横になっていた。ドドさんに体を起こされ、ぼやけていた視界が鮮明になる。揺れる蝋燭の火だけが見える。その消えそうな火が全てを思い出させてくれた。
まだ、この部屋にいたのか。
「意識は大丈夫か。怪我はないか?」
──はっ!と、気がついて走る焦り。短剣で突き刺した左手の平を見た。傷はない。指を何度も動かす。手を何度も裏返す。何ともない。刃物を突き刺したはずの左手のどこにも傷はなかった。
もしかして手を刺したのは夢?いいや、それなら僕の手元に短剣があるのはおかしい。やっぱり手を刺したのは間違いない。じゃあなぜ怪我がないのか。きっと、怪我をしていないわけじゃないんだ。怪我をしたけどそれは再生したんだ。
「僕、アースに適合してしまったみたいですね」
手は無傷。むしろ綺麗になっているようにも見える。どうやら幻獣に気に入られてしまったらしい。
どうしてだろう。いざ適合したら、何にも嬉しくない。空なんて飛べないままでいい。人のままでいたい。
「すまねえエイド。俺がこんなところに連れてきたばっかりにお前を、ポルムとの戦いに巻き込むことになっちまった」
ドドさんは地面に頭をこすりつけていた。相手はただの子供なのに。
「やめてくださいドドさん。そんなこと!」
「俺はこうなると分かっていたんだ!若い生存者をここに連れてきたら、戦いに巻き込まれないわけがないんだ! なのに俺は来るだけで良いと、お前に嘘を言ったんだ!」
ドドさんは頭を上げないどころかさらに姿勢を低くする一方。長い髪には砂がついて汚れている。きっと顔にも付いているんだろう。こんな姿は見たくない。
「──ドドさん。顔を見せてください」
怪我人に語りかけるように優しく言ったのは、僕が怒っていないということを分かって欲しかったから。それでも僕の顔を見るのが怖かったのか、ドドさんはゆっくり顔を上げる。
彼の頬には涙の通り道が出来ていた。僕のことが怖くて流したものじゃないだろう。きっとドドさんが、自分自身に対して流したものだ。
「僕は今、なんていうか、嬉しいんです。これで皆さんと同じになれた気がするんです」
嘘じゃない。本当にそう思っている。アースに適合したおかげでニアースさんやカインさん、ハントさんたちと僕も同じになれた。この世界の人と同じになれたことだけは嬉しかった。
「でもお前は戦いたくないだろう?」
ドドさんは崩れた顔で僕を怒鳴り、肩を掴む。肩が潰れそうなほどの握力。荒っぽいけどこれはきっと心配してくれているんだ。この人は僕の口から「戦います」と言わせたくないんだ。だからこうやって何も言わせまいと迫っている。
「そもそも戦いたい人って、いるんでしょうか」
自分でも驚くほど冷静にそう言っていた。直後ドドさんの手は僕の肩から力が抜けるように落ちた。
「ここにいる人、もちろんドドさんを含めて戦いたい人なんていないですよね」
ドミーというポルムに寄生された生き物は、話を聞く限り人間が勝てる相手じゃない。そんなやつと戦いたい人がいるわけがないんだ。もちろん僕だって嫌だ。
「でも、今の世界はそんな考えを許してくれる世界ではないと知りました。それにいつポルムとドミーが侵略してくるのか分かりません。だから皆自分の気持ちを殺して戦っていると思うんです。なのに僕だけここにいて、しかもアースに適合していて、戦いたくない!なんてことは言ってはいけない──って、思うから、僕は平気ですよ」
じっと僕のことを見つめるドドさん。何も喋らない。口を開けない。僕のことを、見守っている?
「お前、エイドか?」
「えっ?」
「いや、すまねえ。忘れてくれ」
今の質問は一体どういう意味だろう。僕はエイド・レリフ。けれどそれはドドさんがつけてくれた名前だから、本当の僕は誰だ?って聞きたかったのかな。