5話 封印された幻獣①
ケア・ハント:子供に甘いところがある大人の女性。白衣に似合う黒髪のロングヘアー。
5話 封印された幻獣①
「アースオブ──セーンムルウ」
ハントさんがそう唱えた直後、彼女は黄色い光を放って僕をその光で飲み込んだ。光は数秒僕の視界を真っ白にした後、視界の端から徐々に消えていった。
「驚いた?これがアースよ」
「と、鳥人間!?」
全貌が見えた声の主を見て叫んでしまった。今、僕の目の前には鳥の翼を背中から生やした女の人が立っている。
白衣を着ている彼女の腕は人間の物ではなかった。茶色い毛が獣のように生えている。指先には刃物のような鋭い爪。信じられないことに下半身には細長い尻尾まである。
「は、ハントさんですよね?」
顔が彼女のままで良かった。もしも鳥やトカゲの顔になっていたら僕は逃げ出していた。いや、この場で気絶したかも。
「どう? 綺麗でしょ?」
その鳥は全身をアピールしてきた。綺麗というのは茶色の翼なのかそれとも尻尾のことなのか。 白衣を着た人間の体と翼の生えた他の生物の体が合わさり、とても不思議な見た目。
「これはどういうことですか」
「言ったじゃない?これがアースなのよ。アース」
「僕はそのアースを知らないんです」
「アースって言うのは──」
ハントさんが説明をしようとした時〝お前にはまだ教えられねえ〟と言っていたドドさんの顔が浮かんだ。でも既に彼女は嬉しそうにホワイトボードとペンを持ってきている。
それにもうこれを見てしまったのだから手遅れだろう。知ったところできっとドドさんも僕を怒れない。
「あらあらよそ見しちゃダメよ?」
その声と共に頭上を勢いよく尻尾が通過した。動かせるということはあれは飾りじゃなくて体の一部。つまり、本物。
「アースというのはここの遺跡で見つかった石のことなの。でもアースはただの石じゃなくて幻獣と呼ばれる生き物の力が封印されているのよ」
「幻獣って空を飛ぶ馬とか、狼に変身したりする怪物のことですか?」
「そうそう。アースにはぞれぞれに色が付いていて、まるで宝石のように綺麗なの」
「ハントさん。僕は幻獣がいるだなんて信じられません」
「そうでしょうね。でも、あなたが今見ている目の前のこの鳥人間をどう説明するの?」
横に動いている翼、揺れている尻尾を見て考えたが、確かにこれをどう説明すれば良いのか僕には分からない。
「説明できないです。でもどうしたらその、幻獣の姿になれるんですか?」
「幻獣の力を宿すにはアースを武器や道具に混ぜた、加工物が必要なの。私のは注射器。ややこしいけど、この加工物もまとめてアースって呼んでいるわ」
ハントさんは獣の手で注射器を僕に見せた。さっきまで血が入って赤かったはずの注射器はいつの間にか空っぽになっている。そういえば、注射針を刺した手には傷がない。
「アースは誰でも持てるんですか?」
「それは運なの」
「じゃあ、変身したくてもなれないんですね」
「エイドくんもなりたいの?」
「いえ! そういうわけでは!」
きっと僕の心は笑顔のハントさんには見透かされていただろう。でも変身したかったわけじゃない。僕は自分が変身してアースという物と幻獣の存在を感じてみたかった。
自分が体験すれば信じられない話だって、信じられると思うから。そして最終的には空を飛んだり火を吹いたりしてみたい。
「幻獣は宿る人間を選ぶらしいわよ」
「だから運、なんですね」
アースをもらえるかどうかが運だなんて都合の良い嘘に聞こえた。でもここまで嘘を言っている顔には見えない。
それに、アースと言う幻獣が封印されている魔法の石以外に、一瞬で人間を変身させることが出来る道具なんてこの世界にないだろう。
「そういえばどうして注射器を手に刺したんですか?」
「あれは生贄として自分を幻獣に捧げたの。でもアースを使った後にその傷は治るのよ」
「変身するたびに生贄を捧げるんですか?」
「幻獣も無償では力を貸してはくれないんでしょうね」
そう言いながら手の平を見たハントさんのことが気になってしまい「痛くないんですか」と聞いてしまった。返ってきた言葉はやっぱり「痛いわよ」だった。
「そこまでしてでもアースを使うんですね」
この言葉も無駄な言葉だったと、言った後に後悔した。
「だってこれ以外にポルムやドミーに勝てる方法が浮かばないでしょ?」
勝てる方法。それはもちろん僕なんかには浮かばないけど、洞窟で並んでいたカインさんとニアースさんの姿を思い出した。
あの時ドドさんはニアースさんに対して負けそうになっても〝飴〟を使うなよと言っていた。ということは飴というのは勝つために使う道具なのでは?
「ハントさん。飴って、分かりますか?」
セーンムルウ──獣と鳥を合わせた姿をした幻獣。グリフォンにも似ているがそれよりは温厚。