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幻獣チルドレン  作者: 葵尉
番外編 幻獣チルドレン
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外伝 もう1人の記憶喪失?

エピローグまでを読み終えてからの閲覧を推奨いたします。

 外伝 もう1人の記憶喪失?



 ────これはまだ、エイド・レリフが運ばれてくるよりも前。ニアース班が存在しない頃の物語。


 

 お昼時。対ポルム組織ジズでは2種類の昼食スタイルがある。


 1つは配給。それぞれの所属クラスに与えられる既製品をいただくもの。2つ目はチャップの食堂に行って料理を注文すること。ほとんどの人間がこの時間はそのどちらかを選択する。


 だがとある女の子は1人で射撃場にいた。凛とした表情で的を狙う彼女は幼きニアース・レミ。小さな手で1つの拳銃を握る彼女。


 撃っている的を見ると同じところを狙っているせいか、金属の分厚い板に穴が空いていた。的としての役割を果たせなくなっているそれを取り替えようと彼女が銃をしまった時、1人の男の子が部屋に入ってきた。


 その時2人は偶然、目があった。


 「あっ! 君もジズクラスだよね! フンテラールを見なかった?赤髪のやつでさ、デッカい銃を──」


 「ごめんなさい。今日は見ていないわ」


 彼女は彼に背を向けて話したが男の子はまだ話を続けた。

 

 「そっか~。せっかく配給分もらったんだけどって、君はお昼をもう食べたの?」


 「・・・え、ええ。食べたわ」


 そう言ったニアースだったが、彼女のお腹も返事をしてしまう。


 腹の音を聞かなかったフリをして、彼は持っていた物を差し出した。


 「よ、良かったら僕とこの配給一緒に食べない?」


 「ありがとう。でも遠慮しておくわ。だってそれ、あなたのパートナーの分でしょう?」


 「うーん。でもあいつはちょろちょろ他のやつと遊んでいる時があるから、今日もそれだと思うんだ」


 「そう。でも私と一緒に食べない方がいいわよ」


 「どうして?」


 純粋な顔で疑問に思う彼を見てニアースは不思議に思った。


 同時に少し、警戒心のようなものが解けたのかもしれない。彼女は自分から彼に近づいた。


 「だって私、みんなから嫌われているもの。あなたは私のこと──ニアース・レミを知らないの?」


 「……ごめん。僕はバカだから人の名前覚えられないんだ。ジズクラスって確か100人はいるだろう?あ、ちなみに僕はカイン・ビレント。よろしくニアース」


 警戒心皆無。

 フレンドリーな雰囲気を全開にしている彼を、彼女は犬か何かだと思っていた。


 そして何気なく出された彼の手。

 握るのを躊躇ったが、一応握った。


 「ニアースの手すっごい冷たいな。これあげるよ。まだ暖かいぜ」


 「これは?」


 「缶スープだけど、もしかして配給食うの初めて?」


 「うん。いつもは食堂で食べているから」


 受け取ったそれを彼女は両手で握った。


 それまで変わらなかった表情が少し緩んだ。

 

 打ち解けた2人はすぐそばのベンチに座った。

 それだけなのに食パンを持つ彼女の手は少し震えている。周りまで気にして落ち着きがない。


 「食堂いいなー。僕も1回行きたいんだけどパートナーがダメって言うんだ。そういやニアースのパートナーはどんなやつなの?」

 

 「私は1人よ」


 「てことはニアースって超スゲーじゃん! なんでも出来るから1人なんでしょ?」


 「間違ってはいないわね。ところで、早く食べて誰か来る前に離れた方がいいわ。あなたまでいじめられるから」 


 「いじめ?」


 「悪口を言われたり、物を隠されたり、酷い時は髪を引っ張られる」


 彼女はあっさりとそう言った。

 強がるようでもなく、隠すようでもなくありのままを言葉にしたのだ。


 けれどその言葉たちが彼を怒らせた。

 

 「なんだよその暴力。そんなことするやつがいるのか? 僕が教官に言ってやる!」


 「無駄よ。注意されても何も変わらないもの。でもね、髪は短くしたからもう引っ張られない」


 熱くなった彼を冷ますためか、彼女は自分の髪を耳にかけて視線を誘った。


 簡単に視線を奪われた男の子は、まじまじと彼女の横顔を見る。


 「ニアースはショートが似合うね!」


 「・・・は?」


 「あ、ごめん。変なこと言ったかな?でも可愛いよ。僕は好きだな~。ショートが似合う子!」


 彼女は照れるよりもまず笑った。

 声を出してお腹を抱えて手を叩く。


 笑うことで楽になったのだろう。

 心を覆っていた氷が溶けて、本当の自分を出すことが出来るようになった。

 

 だがその変化に彼は気がつかない。

 いや、彼には最初からその少女の姿が見えていたのかもしれない。


 「さっきから思っていたけどあなたって、おバカさんなの?」


 「よく言われる。実際そうだから仕方ないけどね」

 

 「羨ましいわ。私もビレントのようにバカになれたら楽なんだろうな~」


 「えー。ニアースはそのまんまが良いよ。頭良さそうだし、可愛いしさ。そうだ!今度から一緒に訓練を受けようよ。そうしたら僕が守ってやれるし」


 「ありがとう。もしも同じ部屋になったら声をかけるわ」


 「やったー!ついでにそのまんまさ、一緒の班になろうよ!」


 「……班を結成するのはまだまだ先のことじゃない。それに班長になるには試験もあるのよ?」


 「試験!?じゃあ僕は無理だ」


 「わ、私が班長になるわよ。そしたら同じ班になれるわ」


 「じゃあ頑張れよ! その時が来たら一緒の班になるから忘れるなよ!」


 「なら、ビレントは訓練を頑張らないとね。それに、ちゃんと生き残って」


 「うん! じゃあそろそろフンテラールを探すからまたね!」


 「ええ、気をつけて」


 2人はハイタッチをして別れた。

 出て行ったカインと入れ替わるように、首辺りまで髪を伸ばした大人の男が入ってきた。

 

 「よう二アース。今男の子とすれ違ったけど一緒に訓練してたのか?」


 「違うわドドさん。あの子とはお昼ご飯を食べていたのよ?」


 「良かったじゃねえか。でもおじさんは悲しいな~。可愛い娘に彼氏が──」


 「そんなんじゃありません!」


 「冗談だよ。なんなら彼氏まで作ってくれた方がお世話係としても嬉しいよ」


 「私はドドさんがいればそれで良いわ」


 「へいへい。それを後、何年言ってもらえるかね~」



  ────3年後


 

 射撃場ではドドが1人で黙々と引き金を引いていた。まるで何かを紛らわすように絶えず響く発砲音。銃弾は的の一点にのみ命中し続ける。


 部屋のドアが開く音がすると気がそれたのか男は的を外した。そして銃を置いて振り返る。入ってきた少女の顔は下を向いていた。


 「おかえり──どうだった?」


 「班長試験には合格したわ」


 「お!? おめでとう! すごいじゃないか! 頑張った甲斐があったな!」


 ベンチに座る彼女に駆け寄るドド。

 少女の頭を撫でて祝福するが相手は喜んでいない。


 「でも、私と一緒の班になりたい子はいなかった」


 「……そういや、何年か前に約束したっていう例の男の子は?」


 「あれは私が悪いの。あの日以来見かけても声をかけなかったし、極力会わないように気をつけたもの。それに髪も伸ばしたし、私のことは忘れていると思うわ」


 「そっか。でもジズクラスはこれからも人が増えるし、お前なら三幻鳥だって狙える。そう落ち──」


 「平気よ。落ち込んでいないわ。でも、こんなにも周りが羨ましく見えたのは初めてだわ」



 ────数週間後 チャップの食堂



 ニアースは1人でサラダを食べていた。


 動物のように黙々と作業のように食事をする。


 周りでは話し声もするがそんなのはお構いなし。


 とっとと食べ終えてこの場を離れよう。


 そう思っていた彼女の隣に1人の少年がやってきた。


 彼が持つお皿には串焼き肉が乗っている。


 「君ってジズクラスだよね。俺1人なんだけど、一緒にご飯食べても良いかな?」


 「……あなた、1人なの?」


 「うん。嫌だったら別に良いんだけどさ」


 「そんなことないわ。座って良いわよ」


 顔を合わせて何かに気がついたのは彼女の方だった。

 

 「君、名前は?」


 「私はニアース・レミよ」


 「俺はカイン・ビレント」


 「そう、よろしく」


 差し出された彼女の小さな手を、カインは緊張しながら握った。


 一方のニアースは予習をしてきたかのように余裕がある。


 「カインの手は暖かいわね」


 「そ、そうかな?別に普通だよ。それよりレミさんはさ──」


 「ニアースで良いわよ」


 「あ、うん。それでニアースは班って決まってるの?」


 「いいえ。というより私の場合は募集中よ」


 「ってことは班長なの?」

 

 「そうよ。あなたは?」


 「俺はまだ未所属。探してるんだけど、どこの班も試験のレベルが高くてさ」


 「試験?」


 「ほら、やっぱり班長ってのはレベルが高いやつが班員に欲しいんだろ?だから、班によって独自の試験があるんだよ」


 「バカみたいね」


 そう言われた少年は彼女の顔を見れなくなった。


 話すのさえ緊張していた異性にハッキリと言われてしまい、食欲まで失せたのだろう。手に持っていた串をお皿に戻す。


 だがそれは彼の勘違いであった。


 「あ、バカって別にカインのことじゃないわよ?同じジズクラスの人間に試験をやらせるなんて、何様のつもりなんだろうって思ったの」


 「そういうニアースの班だって試験はあるんだろ?」


 「ないけどまあそうね~。強いて言えば、私に缶スープを渡すことかしら」


 「そ、それだけ? ほんとうに?」


 下を向いていたカインの顔は上がり一気に表情が輝く。


 彼にとって目の前の少女は救いの女神そのものだった。


 「ええ。今日と同じ時間に同じ席にいるから、良かったら来なさい?」


 「絶対行く! 絶対行くから忘れるなよな!」


 「──本当に来るの?」 


 「おう。やっぱ俺じゃダメか?」


 「いいえ。でもカインなら引く手数多な気がするわ。それにパートナーはどうしたの?たしか・・・フンテ──」


 串にかぶりついていた彼が停止する。食べかけの串はそのままお皿に落下した。再度うつむいた彼は、察してくれと言わんばかりに無言を貫く。


 「ごめんなさい。無神経だったわ」


 「もう2年は経ったからそんなに気にしてないよ。それに、別れには慣れなきゃいけないことだし──じゃあ、また明日な!」


 「ええ。待っているわ」


 先に席を立った彼を見送るとニアースは工房へ向かった。霧がかかったかのようなその部屋には、ドワーフを連想させるおじさんが座っていた。おじさんは入ってきたニアースに気がつくと席を立った。


 「お?ニアースか。久しぶりだな。髪が伸びて誰か分からなかったぜ。一瞬ハントかと」


 「レンさん。久しぶりに髪を切ってくれないかしら」


 背中を見せて伸びた髪を男に見せる。


 レンはそれを手ですくってどこまで切ろうかを考え始めた。


 だがその髪を見ている内に他のことを考え始めていた。


 「筆記と射撃でトップになったお前をいじめるやつが、まだいるのか?」


 「いいえ。そうするやつはいなくなったわ」


 「じゃあなんで?お前はロングでも良いと思うが」


 「ちょっとね。今はそういう気分なの」


 レンは美人という言葉が似合う長い黒髪を切るのをしぶっていた。


 けれど彼女の笑顔を見てからはハサミを手にした。


 「そうか。なら切ってやるよ」


 「お願いします」

 


 ────後日 食堂



 この日も彼女は1人だった。

 目の前にはサラダとフォーク。しかしまだ食べようとはしない。 


 「・・・もう!全然来ないじゃないの。先に食べて──」


 「に、ニアース?」


 カインは彼女の顔を覗き込みながら声をかけた。


 頬を膨らませて怒っている顔には目がいかず、短くなった髪の毛に彼は注目していた。


 「遅いじゃないの」


 「待たせてごめん」


 「全くだわ。3年は待った気分」


 「え? そんなに待たせたっけ?」


 「例えよ。おばかさん」

 

 「て、ていうかさ……」


 「な、何?」


 「髪の毛切ったんだね。すごい似合っていると思う」


 「・・・それだけ?」


 「えっと、可愛いよすごい可愛い! 俺は好きだよその髪型!」


 「もう、カインってば本当にバカなのね」

 

 「なんか、ニアースにバカって言われるとすごい傷つくよ」


 結局、彼女が期待していた言葉は彼の口から出てこなかった。


 それでも彼女はいつかの時のように大笑いした。周りの人目を気にしないほどに。


 「そうだ缶スープは?」


 「もうなかったんだ。ごめん」


 手ぶらの両手を晒して彼は机に頭をつける。


 けれど急に人目が気になったのですぐに彼を起こしてあげた。


 「つまり何も持っていないのにここへ来たってこと? どうして?」


 「だって昨日、絶対に行くって約束したろ?」


 「──そうね。確かに約束したわね。ありがとうカイン」


 「いや、別になんもしてねえよ。結局ニアース班の試験にも受からなかったし」


 「あなたは合格よ。今日からニアース班としてよろしく」

 

 「・・・ほ、本当か?」


 「ええ。嫌なら別に他に行ってもいいのよ?」


 「そんなことしねえよ! よろしくなニアース!」


 「こちらこそ。よろしくカイン」


 2人は握手をした。

 そして彼女の提案でハイタッチも行う。


 それから数ヶ月後。

 カインは昔出会った女の子のことを思い出してそれをニアースに話した。


 しかしその女の子本人に綺麗に説明されてお互いに気まずくなってしまい、暫く無言の日々が続いた。


 だが、缶スープをきっかけに仲直りをしてからは更に仲が良くなったという。



 ────二アース班誕生から2年後 食堂



 3人でご飯を食べるニアース班。食事の途中、エイドが手元に置いていたある物に彼女は気がついた。


 「あれ?エイドそれって」


 「配給の缶スープというものです。さっきドドさんからちょうど3つもらって、お2人も飲みますか?」


 「え、遠慮しておくわ。私はダイエット中だから」


 「お、俺もダイエット中だから遠慮しておくよ」

 

 「そんなにこれが嫌いなんですか?色々と味があって美味しいですよ」


 「そういうわけじゃねえんだけど」

 

 「ちょっと今はいいかなーって感じなのよ」


 「じゃあ僕がいただきますね!」


 「待って! 後で飲むからちょうだい!」


 「俺も!」


 「もー。なんなんですか?2人とも変ですよ」


 「そうだエイド。パンをもらってきてくれないかしら」


 「ニアースさんがパンを食べるなんて珍しいですね」

 

 「このスープに合うんだよ。だから俺のもお願い!」


 「・・・はぁ。りょうかいしました」


 エイドはお皿を持って席を立つ。2人だけになった彼らは隣同士。もらった缶を握りしめてじっと見つめる。


 先に沈黙を破ったのはニアースだった。


 「あの日のこと覚えてる?」


 「……なんとなく」


 「私に会えてあなたは助かったのよ?」


 「よく言うぜ」


 「ふふっ。ありがとうカイン」


 「・・・なんかさ」


 「神妙な顔でなによ。気持ち悪い」


 「運命って、本当にあるんだなって」


 「そうね。きっとエイドと会えたこともそうだと思うわ。だから私はこの先が楽しみよ。私とカインとエイド──この3人が出会ったのは意味があると思うわ」


 「だな。何かあると思う」


 2人が持っている缶と缶を合わせた時、ちょうどエイドが戻ってきた。


 「それ、何してるんですか?」


 「乾杯って言うのよ。エイドもほら、出して」


 「カンパイ?」

 

 席につくと言われた通りに彼もそうした。3つの缶がパンの上で顔を合わせる。カインが音頭をとって3人の「乾杯!」の笑い声が食堂に響く。



 外伝Ⅰ もう1人の記憶喪失? 終わり

エピローグを投稿し終えてからふと浮かんだ物です。 最初から浮かんでいれば本編とリンク出来たなと反省しています。それでも書いてしまったのはやはりこの作品に対して未練があるのだと思います。


またいつか、設定から書き直したいと思います。ここまでお付き合いしてくださりありがとうございました。

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