対ポルム組織③
対ポルム組織③
「君が生存者の?」
「エイド・レリフです」
只者ではない。この人のことをそうとしか認識していない僕は、特に臆することなくちゃんと相手の目を見て自分の名前を言えた。
「初めまして。私はマダー・ステダリー。よろしく」
僕の顔を覗き込む男の人は髪の毛が白く、雑草のように育てられた髭が印象的。白衣の裾から出してきた彼のシワのある手を握って、ステダリーさんがこの場で一番の年長者だと感じた。
ハントさんと同じく白衣を着ているけれど、ステダリーさんのはコスプレじゃなくて本物に見える。まるで科学者。
「ハントくん、すぐにこの子の体のチェックをしてください」
「了解です」
「ダクは仕事場に戻って、チャップはみんなの食事を作ってください」
誰にでも噛み付くようなハントさんがこの人には返事を言わされていた。あの2人も何の癖もなく「了解しました」と、言う。
「ドド、君は私と奥に来てください。話があります」
「・・・分かりやした。じゃみんな解散だ。またなエイド」
「はい、ありがとうございました」
みんなそれぞれが行くべきところに向かっていく。扉がいくつもあるけどここ以外にどれだけの部屋があるんだろう。1人だと迷子になりそう。あれ、僕はどこに行けば良いんだっけ?
「エイドくんあなたはこっち。私の部屋に行きましょうね」
「は、はい」
返事をする前にはハントさんに手を握られて、僕はどこかへと連れて行かれた。
────マダー・ステダリーの部屋────
「任務の完遂お疲れさまでした。ファイン」
「2人だけになった時だけ名前で呼ぶのやめてくれません?」
「いいじゃないですか。あなたは私の友人なのですから」
白髪の男と、長髪の男が2人だけで話をしている。否、そこにはもう1人いる。薄暗い部屋に溶け込むように、頭から足元まで真っ黒の黒装束姿の者だ。その者、顔はもちろん目も鼻も口も見えない。そんな黒装束の者を合わせた3人は1つの机を囲み椅子に座っていた。
「で、話ってのは何ですか?」
「エイド・レリフの所属はジズクラスにします。なので彼の武器をお願いします」
「待ってくださいあいつは! エイドはまだ適合の儀式でさえ──」
立ち上がったドドは勢いよく机に両手をついた。それは自分の髭を撫でている男への抗議。だが男の表情は変わらない。むしろにやりと歯を見せた。
「彼は適合しますよ」
呼吸ひとつ乱さないステダリーの前にドドは何も言えない。黒装束の者はドドの方を見ていたが、座ったままの老人が怯みもしないので彼もまた冷静を保つ。
「……飴、不味かったぜ」
ドドはそう呟いて部屋から出て行った。
「子供を戦いに巻き込むなんて、どんな戦局になってもしていいことじゃねえだろ・・・」
廊下の壁に寄りかかったドドは握りしめた拳で白い大理石の壁を叩く。
────ケア・ハントの部屋(医務室)────
「ここが衛生クラスの部屋よ。そこに座って」
「失礼します」
白い光に照らされた空間。色々な薬品の匂いが鼻を刺す嫌な感じ。でもやっと普通の部屋を見た気がする。最初の玄関は広すぎたしその次に見たグリフォンの間も広かった。それにこの部屋はさっきの部屋や廊下と違って自然な石の色ではなく、人工的な灰色をしている。
「何か飲む?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そう?遠慮しなくて良いのよ。たくさん甘えて?」
「は、はい」
目の前に迫っていたハントさんについ緊張してしまう。さっきまでは病院で先生に診てもらう気分だったけど今はそう思えない。
「エイドくん──君は本当に、生存者なの?」
「・・・え?」
ハントさんが背を向けた。顔を見なくても声で分かる。僕は今、彼女に疑われている。まるでニアースさんに名前を聞かれた時のように。ハントさんはこちらを見ないまま、部屋を回りながら話し始めた。
「あなたは私のイメージと違ったの。普通の生存者ってもっとね、怪我をしていたり、体調不良だったりするものでしょ?」
外の世界は寄生生物のポルム、それに寄生されたドミーというモンスターがいる。まず外の世界で生存していることがおかしいくらいなのに僕は無傷。確かに自分でも変だなって思う。
「そ、そうですよね」
「・・・良いのよ。元気そうで綺麗な顔でなにより」
再び椅子に座ったハントさんは僕を見つめる。彼女の黒い瞳は僕の体を舐めるように動いて、胸からお腹へとどんどん視線が下へ降りていく。
「今からエイドくんの体を診るから、そのままじっとしていてね?」
「わかりました」
見るってなんだろう。見るだけで僕の体のことが分かるのかな。普通は何か機械とか使うと思うけど。でも毒針を打たれたくないから絵のモデルになりきった気分で体を動かさないよう、指先にまで神経を集中した。
「ところでエイドくんはアースを見たことは?」
「・・・ないです」
アース。何度か聞いた言葉だ。聞いたことはあるけど見たことはない。
「そう、じゃあ私のアースが初めてになるのね。ふふ、そう思うと嬉しいわ」
「え!? ハントさん何してるんですか!」
彼女は胸の中から取り出した注射器で、いきなり自分の手の平に針を刺した!注射器には生々しい鮮やかな赤色が溜まっていく。何をしているのかさっぱりわからない。とりあえずこの人を止めないといけない。そう思い腕を伸ばした時──
「アースオブ──セーンムルウ」
ハントさんはまるで呪文を唱えるようにそう言った。いや、実際呪文だったのかもしれない。彼女は黄色い光を放ち、僕はその光に飲み込まれたのだから。