幻獣チルドレン③
幻獣チルドレン③
「アースじゃ無理よ。でも私たちが幻獣になれば、星を作れるんじゃないかしら?」
カインさんは説明を聞いてはいたが流石に固まっていた。
僕だってこんなこと言われたら訳が分からなくて、ニアースさんを凝視してしまう。
「・・・それってつまりどう言うことだよ」
「あんたの大地。私の海。そしてエイドの空。これらは陸と海と空の幻獣よ」
「つまり俺たちがこの星になるってことなのかよ。そんなこと出来るわけないだろ!」
「それ以外に策がないの! あるなら教えなさいよ! わたしはね!……もっとあんた達と一緒ににいたいよ」
ニアースさんが泣き出してしまった。
どうして泣いたのか僕はピンときていなかった。
「──そっか、俺たちがそれをやったらもう会えないのか」
カインさんに言われてやっと、彼女が泣いた理由が分かった。
自分で言い出したのに僕はこうなることをちっとも考えていなかった。
世界が平和になってまた、3人で普通の生活を送れると思っていた。
「……会えますよ」
2人とも僕の言葉に反応しない。
カインさんは真剣な顔でうつむき、ニアースさんは涙を流している。
「会えますよ! だって陸と海と空は・・・いつでも一緒じゃないですか!」
これはいわゆる綺麗事だ。実際は会えない。
人間ではなく幻獣になるのだから会えなくなる。
例え会えたとしても幻獣に僕の意思が残っているとは思えない。
「信じらんねえな。この俺が地面になるのか?みんなに踏まれるとか笑えるな」
「あんたにピッタリよ」
二アースさんは赤い目元のまま吹いて笑った。
それを見たカインさんはいつものように彼女に近づく。
「んだとこのっ──」
「カイン?一応言うけど私ね、あんたのこと嫌いだと思ったこと1度もないから」
ニアースさんを睨みつけようとしたカインさんはピタリと、足を止めた。急に僕らに背を向けて腕を組んだ。
「ば! バーカ! そんなの、分かってるよ。じゃなきゃお前の班にいつまでも残ってねえよばーか」
僕はつい「あっはは」と声に出して笑った。
「何が面白いのよ」
「2人とも初めて会った時と何にも変わらないなと思って」
「エイド。今まで」
ニアースさんが急に神妙な声になった。
僕はその声を聞きたくなかった。
「そんなこと言わないでくださいよ。だって僕らは、離れるわけじゃ、ないんですよ」
あれ、口がうまく動かないや。
涙で前がよく見えないし、鼻水まで出るし、なんで僕も泣いているんだ。
もしかしたら会えるかもしれないじゃないか。
別に死ぬわけじゃないのに、2人を見ていると心が苦しくなる。
「おれも、もっとおまえらといたいよ!」
「ずるいわよ! なんであんたまでなくのよ!」
僕らは手を繋いで輪を作っていた。
その輪の中に滝のように涙を落とし続ける。
ずっと泣いた。死ななきゃ涙を止められない。そのくらいの勢いで泣いた。
────どれくらい泣いたんだろう。
泣き疲れた僕らは亀裂の入った地面に背中をつけて空を眺めていた。
いつの間にか空には星が出ていた。
パンが死んでも空は赤いまま。
むしろさっきよりも色を足したように濃くなっている。
世界の終わりが近づいていると感じた。もう、時間がない。
「これからはエイドがみんなに星を見せるのね」
「あ~。そうなりますね」
「エイドなら大丈夫。綺麗な星になれるぜ」
「カインさん?僕がなるのはあくまでも空ですよ。それじゃあ死ぬみたいじゃないですか」
笑い声の後、沈黙が長く続いた。
黙ったまま空をただ眺めていた。
隣には2人がいる。けど横を見たりはしなかった。
彼らもそうだった。
僕のことを見ない。誰にも話しかけない。
僕らは地面の一部のよう。だから感じたのは地面の揺れ。
勘だけど、ここの地面がもう直ぐ割れそうな気がする。
「じゃあ、行くわよ」
ニアースさんは伸びをしながら起き上がった。
僕らも伸びをして起きる。
変だけどこうしてあの背中を見てカインさんの前を歩いていると、このまんま今から任務に行くような気分になった。
「ニアース!!」
後ろから大きすぎる声がした。
呼ばれていない僕まで後ろを振り返ってしまう。
「な、何よ!」
「お前さ、海になったらその人見知りな性格やめろよ。お、お前は、か、可愛いし優しいし友達もできる! 恋人だってできるよ!もし出来なくても──ニアースは1人じゃねえからな」
カインさんは親指を立てた手を彼女にプレゼントするように見せていた。
「カイン!」
それに応えるように今度はニアースさんが叫んだ。
「あんたに会えて良かった! あんたが班員で良かった!あんたと毎日過ごしたのとても楽しかった!カインは私の・・・親友よ。こんな私とずっといてくれてありがとうね」
ニアースさんはカインさんに握り拳を見せた。
それはもちろん殴る拳じゃなくてタッチをするための拳。
でもその拳が触れ合うことはない。
2人はその場から動かなかった。
「ニアースさん! カインさん!」
僕も2人のように叫んでみた。けど、何を言おうとしたのかど忘れしてしまった。
何だっけ何だっけ。えっとーえっと……。
「エイド! 俺お前に会えて良かったよ。生まれてきてくれてありがとう!お前真面目すぎるから、ちょっとは俺みたいになれよ?」
「私もよエイド。あなたに会えて良かった。あなたを見ていると毎日頑張れたわ。私あなたのことがね────そう!あなたのその、背中が好きよ。だか、ら。いつも見えるところにいてね」
「ありがとうございます。僕も2人のことが大好きです」
違うんだ。そんなお別れを意味するようなことじゃなくて、僕が言いたかったのは──
「ニアースさん。カインさん。明日も頑張りましょう」
僕、変なこと言ったかな。笑われるかな。でも2人に笑われるのは良いんだ。
「おう、ちゃんとついてこいよ!」
「寝坊したら許さないんだからね!」
結局2人は歩み寄って僕の肩に思い切り手を置いた。
頬を打たれたような音が鳴ったのに全然痛くなかった。
そのまま横一列になって手を繋いだ。
ニアースさんとカインさんの手がとても温かい。
でも、他の物を手に持つためにお互いにゆっくりと手を離した。
カインさんは盾を胸に、ニアースさんは銃を胸に当てている。
僕はツバキを抜いた。刃は折れている。
でも、心臓を刺すくらいなら充分だ。
「あんたたち怖い?」
「余裕だぜ!」
「まさか。平気ですよ」
心臓の鼓動が減速しない。
手と目線が震える。汗も垂れてきた。
いつだ。いつ。誰が、誰からやる。誰からアースを発動する。
僕らは覚悟をしてもまだ、躊躇していた。
でもやらなければ現実は変わら──
「アースオブ──ベヒモ!!」
「アースオブ──リヴァイア!!」
鈍器で肉を潰す音と発砲音が左右から耳に入った。
僕は正面を見たまま刀を胸に刺す。
ニアースさん。カインさん。いつかまた、会いましょうね。
「アースオブ──ジズ!!」
お願いだジズ。
僕の体を使って空になってくれ。
どこまでも果てしなく広がる翼で世界を包んで、みんなを守ってあげて。
夜には綺麗な星を輝かせて、誰にでも平等に幸せを届けてあげて欲しい。
もう誰も争わない。
そういう世界になるまで、どうか見守ってあげてくれ。