誕生③ 回想
誕生③ 回想
当初の旅の目的地であった遺跡へはもちろん彼も一緒について来た。
もともと1人の予定だったためスケッチブックとペンを買ったのだが、どうやらこれは無駄になりそうだ。
「その銃は本物か?」
彼の背中には長銃がかかっていた。
「これは俺の体の一部であり商売道具だ」
「昔からその道1本か」
「そういや博士は何をしていたんだよ。つってもその歳じゃ昔のことは覚えてないか」
その博士をしていたのだ。とは言えなかった。
「言うのが遅くなったが私はまだ30代だ」
本当に言うのが手遅れだったのか彼は何もない砂道でつまずき転んでしまった。
無言のまま起き上がった彼は手についた砂を払いながら私を凝視する。
「……いやいや嘘だろ? だってあんた白髪じゃねえか! 魔法使いみたいな長い髭もあるし」
「髭は剃る行為が非合理的だから剃らない。髪の毛が白いのはストレスだ」
「あんた苦労してんだな~」
ドドは他人事のように言った。
「私はもうこの先を生きるつもりはない。ドドがもしも未来を過ごすなら私から離れることだ」
「未来なんていつ終わるか分かんねえもんを俺は考えない。今を生きるさ」
私には彼のその言葉が小説の中に出てくる特別な台詞のように聞こえた。
彼のような見た目の男が言うような台詞ではない気がしたが、考えることをすっ飛ばして納得してしまう魅力をこの男から感じた。
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「すぅぅげぇぇ寒いなぁぁ。外にでたいぜぇぇ」
遺跡への入り口となる洞窟に入るやいなや、彼は顎を震わせていた。
彼には申し訳ないが私はこの時のために上着をもってきていた。
それに私の住んでいた街はこれくらいの寒さが日常だ。
「地下なのだから当たり前だろう」
「地下なのか?」
「ここは大戦が終わった後に平和を訴えた少女を記念して、防空壕の跡地に建てられたエリーナ聖堂だぞ。兵士なのに知らんのか?」
「んな昔のことなんか知らねえよ。それに大戦っていつの大戦だっつーの」
「確かに・・・彼女の祈りも届かず人間は4回も大戦を行った」
「なあもっとそういう昔の話を聞かせてくれよ。ただただ1本道を降りるだけで飽きちゃったぜ」
この雰囲気がいいのだろうと、言っても彼には分からないのだろうな。
「あそこを見ろ。あの大広間の中央にあるのが──」
それはいきなりだった。
何かが奥の方で爆発した音の後、大地がうなり声を上げた。
頼りない洞窟の壁は早くも崩れ始め、地下で巨大な蛇が暴れているような振動を足で感じた。
私も彼もその場で立ち止まり、意味もなく両手で揺れを鎮めようとしていた。
「これは地震だ!」
「良いから博士! 早く──」
──私と彼の間に天井から崩れた土が降った。
彼の姿は見えず声しか届かない。
私は「自分が洞窟の奥側で良かった」と思った。
「博士!」
「ファイン・ドド! 君は外へ行きなさい!」
それ以降向こうからは何の音も聞こえなかった。
薄情なやつだ。普通「置いていけません!」とか「今助けます!」などを、とりあえず言ってから行くのが当たり前じゃないのか。
どうやら彼はもう行ってしまったらしい。
このまま洞窟で埋もれるよりは大聖堂で埋もれた方が良いと思った私は洞窟の奥へと進んだ。
そこで私は目を疑った。
そこに1人の人影があったのだ。
「ニンゲン ヒサシブリ」
その人影は私の目の前に瞬間移動して、かろうじて聞き取れる言葉で話した。
「おおお、おま、お前は何者だ!」
そいつは人間ではなかった。
山羊のような、悪魔のような、見つめたくはない瞳。
頭に生えるお飾り程度の2本の角。
狼や狐のように突き出た口。こんな生き物がいるのか。
私は研究施設にいた時このような合成獣を見たことがあった。
きっとこれも軍の依頼で作り出された生き物なのだと思うことにした。でなければ卒倒してしまう。
「ワレ パン」
「パン……パンって言うのは幻獣のことか!」
私は遺跡が好きだがその遺跡に関係がある神や、精霊などにもおまけ程度に知識があった。
だがパンという幻獣に関しては名前しか知らない。
というよりこいつが自分のことを幻獣と言ったということはこいつは合成獣ではなく、存在自体がありえない幻獣になってしまう。
そしたらこれは大発見ではないか?
「ニンゲン ワレト トリヒキヲシナイカ」
「取引?」
「セカイヲ ソウゾウスルチカラ セカイヲ ホロボスチカラ ドチラガイイ」
「はい? 今なんて?」
世界を創造する力?
世界を滅ぼす力?
なんだその神にも等しい力は。
そんなものをこんな私が手に入れられるのか?
「キサマノジュミョウ イケニエニ ドチラカヒトツノ チカラヲ サズケル」
「なんでそんな取引を私に持ちかけるんだ? 何か企んでいるのだろう!」
冷静になればこいつは怪しすぎる。
私がたまたま訪れたこの遺跡にいて、そして私がたまたまこの遺跡で1人になった時に出てきた。
そ、そもそも幻獣って言うのだっておかしい話だ。
「──世界を変えたいんでしょう?」
急に流暢になった山羊の言葉は悪魔が耳元で誘惑するようだった。
その声は私の脳と心の全てを支配し、それまで抱いていた警戒心が消えた。
世界を変えられる。世界を変えられる。
こいつと取引をすれば世界を、私のしたかったことが叶う。
「お前は本当に私にそんな力をくれるのか?」
「モチロン タダシ イケニエ サズケロ」
「分かった! なら私の寿命をやる! 代わりに万物を創造する力をくれ!」
目の前の山羊に命だけは助けれくれと言うように懇願していた。
「トナエロ アースオブパン」
「アースオブ──パン」
私はそれを唱えた。けれど何も変化が見られない。
「もう使えるのか?どう使えばいい?」
「イメージシロ」
私は目があまりよくはなかった。
だから視力が欲しいと思った。
若くて綺麗な子供のような目──それを目を閉じて想像した瞬間だった。
私の両目に電気が走った感覚があった。
目を開けて見ると、前よりもよく世界が見えた。
目の前にいたはずの悪魔は救いをもたらす神だったのだ。
「チカラ ツカウホド ウマクアツカエル ヒャクネンイキレバ ワレヲ コエルダロウ」
「ありがとうパン。私はこれで世界を新しく作り変える。そして、神になるよ」