誕生② 回想
誕生② 回想
────数十年前 ギリシャの酒場にて
「じいさん。隣良いか」
「……あ、あぁ。構わない」
何日も洗っていないようなコート。
黒いサングラス。伸びているだけの長髪。
幸い酔ってはいないようだが、今までの私ならこんな奴は隣に置きたいと思わない。
にも関わらず置いたのはこいつが今、私のことを「じいさん」と呼んだからだ。
純粋にショックだ。
まさかこの歳で「じいさん」と呼ばれるとは思わなかった。
だが同時にとても面白い奴だと感じた。
「こんな何も無いところに来て、ちゃんと余生を楽しめているのか~?観光なら今はアフリカが良いらしいぜ」
どうやらこいつは本当に私のことを「じいさん」だと思っているらしい。
「逆に問う。若いお前さんは昼間からこんなところで何をしているんだ」
「俺も余生を楽しんでいるのさ」
長髪の男は氷で薄くなった茶色い酒を何かに当たるように飲んだ。
私は酒には詳しくはないがああいう酒が苦いのだけは知っている。
それを一気に飲むことで、後でどれだけの後悔を味わうかも知っている。
「笑わせる。お前はまだ若いだろ」
「──仕事をクビになった。家族はいつの間にか出て行った。俺にはもう何もねえ」
この時こいつと出会ったのは運命だと感じた。
こいつに対して親近感が芽生えた。
決して、同情したわけではない。
ただ、私と似ているなと思ったのだ。
「仕事は何をしていたんだ?」
「軍だよ」
「軍に?正規の軍なら安泰なはずだろう」
軍は余程のことをしない限りクビになどならない。
余程の事・・・反逆か?
何をしでかしたのか知らないが、この男は私に驚くべき提案をしてきた。
「んなことよりじいさん。俺を用心棒として雇わないか?」
「・・・いくら欲しいんだ?」
お金には余裕があった。
というのも娯楽などは全て捨ててずっと研究室で暮らしてきた私だ。
1人で生きるには十分すぎる金はある。
こんな服も買わないような酒飲みには大した額は要求されないだろう。
酒代か食べ物代くらいか。
少なくともここにいる間だけはこいつの保護者になってやろう。
「いくらでも良い。ただ、毎日が楽しければそれで良い」
サングラスを取り前髪をあげた男の瞳が私には眩しかった。
男には髭が生えていて肌は日にも焼けていた。
先ほどのお酒の飲み方からして、いわゆるハードボイルドという言葉が似合う。
だがこちらを見つめる彼は、さっきまでの男とは別人になっていた。
男の目は好青年だった。
「君の名前は?」
「ファイン・ドド。じいさんは?」
さっきまでグラスを握っていた彼の手が差し出される。私はそれを握った。
「マダー・ステダリー」
「何だか博士みたいな名前だな」
彼の手を握ったまま数秒止まってしまった。
「博士みたいな名前」とはどういうことだろう。
彼の知っている物語にそういう名前の博士が出てきたのだろうか?
マダー・ステダリーというこの名前はなんとなく付けただけだ。
いそうでいなさそうな名前を考えたつもりだ。
先ほど私に「じいさん」と言った時こいつには人を見る目がないと思ったが、どうやら違う。
こいつは、ファイン・ドドは恐ろしく勘が良い。
私はますます彼と過ごすのが楽しみになった。
「ならばファイン・ドド。君は今日から私の助手だ」
「良いね~助手。そんじゃあ次は何をしますか博士?」