ピタゴラスを目指して②
ピタゴラスを目指して②
────ゲーツ・ローツ財団ギリシャ支部 ピタゴラス
荒野の中に瓦礫の山が存在していた。
ひとつひとつの瓦礫から余程大きい建物が建っていたのだと分かる。
また、その建物はつい最近までここに形を保っていたのだろう。
崩れながらもまだ綺麗な瓦礫がそれを訴える。
瓦礫の山の上には2人のシルエット。
髭を生やした白衣の男と黒装束の者が立っていた。
まるで敗者を踏みつける勝者のように。
「やあ、よく来ましたね」
(その人は僕らよりもずっと高いところ、積み重なっている瓦礫の上からそう言った。
最初はそこに石ころの塔があるのかと思った。
でもそれを瓦礫だと分かったのはここが、僕らが何日も歩いて目指した場所──ゲーツ・ローツ財団ギリシャ支部ピタゴラスだからだ)
「何であなたが、何でここにいるんですか!」
「ピタゴラスをこんなにしたのはお前か! マダー・ステダリー!」
僕の声はコペルトさんの全身から搾り出すような怒りに轢かれた。
「私じゃありませんブラックですよ。いや、もうそう呼ぶ必要もありませんね──皆さんに彼を紹介しましょう」
博士は黒装束の者と一緒に空に近いその場所から飛び降りた。
2人は地上に降臨する天使のようにゆっくりと僕らの前へ降り立つ。その姿は風を操るように見えた。
一体何を使ったんだ? アースだろうか?
でも何も属性らしきものはない。
しかしそんなことは降り立った黒装束の者が自分の黒い手で、頭の部分の黒い布を引きちぎってからどうでも良くなった。
とうとう外の空気に触れたその顔を見た時僕は、自分の目と現実を疑った。
「・・・なんだこいつは」
「まさかドミー!?」
いや、ドミーじゃない。
白目ではなく黒い瞳があるし、ポルムアイだってない。
でも、じゃあなんて言ったら──
「や、ヤギ人間だ」
それだ。カインさんが言ったそれが一番近い。
ずっと人間だと思っていた黒装束の者の正体は──横長い黒色の瞳と頭から後頭部へ向かう2本の角がある、黒く短い毛を生やしたヤギ人間だった。
「違いますよカイン・ビレント。彼の名前は──」
「ワタシハ パン スベテノゲンジュウヲ スベルモノ》
ヤギのような顔をしたそいつは前へと出ている細長い口を動かし、ブロックのように四角い歯を見せながら僕らが理解出来る言葉を発した。
「ヤギが、しゃべった・・・」
「何を驚いているのですニアース・レミ。当たり前でしょう?パンは神にも等しい存在なのですから」
パン? このヤギ人間はパンっていうのか?
いいや、それは後で良い。
僕はまずお前に言いたい!
「どうしてあなたはここいる! どうしてジズを見捨てたんだ!」
ジズは崩壊した。
ドミーに多くの人間が殺された。
なのに何でこの人は他人事のように楽しそうに話しているんだ。その態度を許せない。
「良いですねエイドくん。君のその真っ直ぐな目! 怒りを込めた拳!君はとても変わりました。成長しました。熟しました」
「ふ!ふざけ──」
「マダー・ステダリー博士。ジズのトップであるあなたがなぜここに? そしてピタゴラスを崩壊させた理由は?」
僕の背中に手を当てたニアースさんがジズの中にいる時のように話した。
〝博士〟なんて今更つける必要ないだろうと思う。
「崩壊させるようにパンに指示を出した理由は、ピタゴラスが私の計画の邪魔だからです。ここで待っていた理由は、あなたたちが来るからですよ」
どうしてジズを見捨てたのか。
どうしてここで僕らを待っていたのか。
どうしてピタゴラスが邪魔だったのか。
そしてあのパンっていうのは何者なんだ。
納得のいかないことがいくつもある。
でも、その前に今すぐにでも1発殴りたい。
「お前は、お前は何をしようとしているんだ!」
「──私はこの地球から、人間を1人残さず消したいんですよ!!」
両手を広げて天を向くマダー・ステダリーのその姿は、今までで一番輝いて見えた。
夢を見る時のような子供の顔。
だけどこの人の夢は叶えてはいけないことだ。
パン──神が最初に創造した幻獣。山羊と人間を合わせた姿をしている。怠惰な神はパンに世界を創る力と滅ぼす力を与えた。与えられた力でパンはまず、3匹の幻獣を創り出した。