50話 ピタゴラスを目指して①
50話 ピタゴラスを目指して①
あれから何日が経っただろう。
僕らはずっと外で食べて飲んで、着替えて寝るを繰り返した。
最初の数日間はドミーを警戒して寝れるものではなかったが、なんとあの日以来僕らの前にドミーは現れていない。
もちろん今でもジズにいた人達のことを考える。
ドドさん、ステダリー博士と黒装束の者は結局今もどうなったのか分からないまま。
だけどそれらの不安は夜を迎えるたびにどうでも良くなって、あの人たちはもう関係のない人だと思うようになり話題にもならなくなった。
今の僕らが話題にすることと言えば・・・
「今日の夜も星が見えそうだな!」
「まだ見飽きないの?」
「星を見るのは6回目くらいだろ!」
本物の星をニアースさんとカインさんで見ることが出来た。
これは僕の密かな夢だった。
本物の星は前に見た光る石とは全然違った。
遠い紺の空の中にハッキリと見える無数の白い光。
光の輝きはずっと変わらず、常に僕を狙い続けているような獣の目のよう。
空にあれだけあるなら1つくらい僕にわけてくれないだろうか。何て思う。
たくさんの星をずっと目で集めるように見ていると、自分が今立っているのか横になっているのか分からなくなる。
自分は今あの空の中にいるんじゃないだろうかと本気で感じたこともあった。
星空。初めて見たときは感動のあまり、嬉しさのあまり涙を流していた。
空は良いな。なんの争いもなくて静かで平和だ。とても美しい。
僕は、あの空になりたい。
「スナイパーちゃんは飽き性なのか」
「ところで目的地はまだなんですか~?」
「ずっと歩けば明日の夜には着くぞ」
ジシスさんに止めを刺したニアースさんはコペルトさんからすれば仇だ。
だから一緒にいて良いのか心配だった。
当初は移動中僕とカインさんの後ろにいて、寝る時も銃を握ったまま。
けれどそれが今のように警戒のない声であの人と会話をするようになった。
だからといって2人の中にある気持ちが消えたわけじゃないと思う。
2人がはっきりとその話題に触れたことはない。
でもニアースさんは謝らないだろうし、コペルトさんだって謝罪なんかを望んではいないと思う。
2人の関係は完全にすっきりしなくて少し心配だけど、今はこれで良いのかもしれない。
時間が経ってからまた改めて話せば良いんじゃないかな。
「コペルトさん。その目的地の・・・なんでしたっけ?」
「ピタゴラスだが?」
「それって本当にあるんですか?」
「ゲーツ・ローツ財団ギリシャ支部。通称ピタゴラスは今の俺が所属している組織だ」
コペルトさんは黒いコートの胸元についているライオンの象徴を僕に見せつけた。
いわゆる軍隊というのが負けて世界がポルムに寄生されドミーに侵食されていった中、ジズのような対ポルム組織はいくつか存在したのだと彼は言う。
その中の1つであるゲーツ・ローツ財団は、世界が滅ぶ前から所持していた最先端のロボット兵器と科学でドミーたちに対抗した組織。
各分野の優秀な科学者たちが所属しているという。
そんな彼らの発明品がこの植物の種だ。
見た目は黒く光沢もあるから薬のように見える。
これは栄養豊富で1粒でも満腹になる。
財団は種を大量生産し、食べ物に困らない生活をしているらしい。
また、空気や土、僕らの排泄物から綺麗な水を作る水筒のようなものまで作成し、1人1つ持っているという。
ジズだって良い場所だったけれど、そんな魔法のような物を使う組織があっただなんて驚きだ。
僕らが今日まで生きてこられたのも、コペルトさんがそれらを持っていたからだ。
「でもそんな組織があったなら、どうしてジズを救ってくれなかったんですかって、僕は思います」
「ピタゴラスだってあのジズが崩壊するのは予想外だったんだ」
僕が「嘘だ」と目で言うと「本当だ」とコペルトさんは声で念を押した。
「イーサン・コペルトさん。あなたと今日まで過ごしてあなたが悪い人ではないというのは分かりました。でも私はまだ疑問に感じていることがあります。ジズとの戦いの後、あなたがどういう経緯でその組織に入ったのか。またその組織は──」
「分かった分った。ちゃんと話すからそのマシンガンのような口を閉じてくれ」
コペルトさんはニアースさんの前で両手を上げて降参のポーズをした。
「マシンガンのような口!?」
「ニアース。それは本当だから黙って話を聞こうぜ」
「ラッパ口のカインには言われたくないわ!」
「ラッパって何だよ!」
「声が大きいからラッパよ。そんなことも分からないの?ほんと可哀想ね~」
「うるせえよこの、マシンガン女!」
2人は相変わらずだ。
ジズで何度も見た、手が出る言い合いの光景に僕は少しほっとしてしまう。
「どうぞ。あの2人は気にせず話してください」
「いや、いいよ。面白いから見させてもらう」
「面白いですか?」
僕が面白いと思うのは自然だろうけれど、この前まで部外者だったこの人がそう思うのはなんでだろう。
「この班の班長はエイド・レリフまるでお前だな。そんであの2人は俺とバモンに似てる」
そうかこの人は元、三幻鳥の班員だったんだ。
「・・・バモン教官とはよく喧嘩を?」
「まあな。俺とバモンが言い合っているのをウインはお前みたいに黙って見ていたよ。止めもしないで、笑っていた。……あいつはいつもニコニコしていたな」
今も言い合っている後ろの2人を見て、彼は声に出して笑っていた。
なので「仲が良かったんですね」と言うと低い声で「んん?」と、首をかしげて僕を見た。
「勘違いしているみたいだが俺が嫌いだったのは、あのジジイとその隣の黒装束の者だ」
「その2人は結局よく分からないままでした」
「ブラック達は死んでねえよ」
「どうして分かるんですか?」
「死体を見ていないからだ」
自信を込めた顔でそう言われて背中が縮んだ。
「そ、それは確かにそうですけどジズはベンヌシステムで崩壊。ドミー、ニューポルムの侵入もありました。周囲にもドミーがいましたし生きている可能性は低いんじゃ」
「でも俺たちみたいに生きてる奴らもいる」
「そ、それは……」
「とにかく今はピタゴラスへ向かうのが最優先だ。分ったら夕飯の準備にかかれ。俺の話はその時に改めてする」
「カインさんニアースさんそろそろご飯の準備に」
「筋肉ラッパ!」
「マシンガン氷女!」
「筋肉ちび!」
「男女!」
何があったか知らないがとても幼い言い合いをしていた。
でも、僕らって本来ならこういうことをして過ごしていたのかもしれない。
「も~。ニアースさんとカインさんはどうして同じ班になったんですか?」
「このアホが他に行き場所がなかったから入れてあげたのよ」
「あ!? それは俺のセリフだよ! お前が1人で余っていたから入ってやったんだろうが!」
その後も2人の言い合いは続いたがコペルトさんのゲンコツで決着がついた。