落ちた鳥の巣③
落ちた鳥の巣③
────対ポルム組織ジズ 玄関 ホールL
「ニアース。こいつらを任せる」
階段を全員が上り終えて、これからどうしようと誰もが思っていたであろう矢先。
レンさんはそう言った。
前から決めていたと、言わんばかりの声だった。
何を言っても変わらないであろうその声。
もしも言われたのが僕なら「はい、分かりました」と機械のように返事をする。
「任せる? レンさんはどこに行くんですか?」
ニアースさんはレンさんに近づき、2人の距離は手と手が腕を伸ばさなくても十分に届く距離になった。
この距離ならもしも彼がいきなり走り出してもすぐに掴める。
「さっきのニューポルムってのはヤバいんだろ?二足歩行の生物がドミー化した時のヤバさはよく知ってる」
「だから今こうして逃げているんですよ」
「どうせ追いつかれるだろうよ。それにここにはドミーが集まってきてる」
「でもジズから出られれば!」
「出られるのか? 仮に地上に出たとしても追われるぞ」
レンさんはああ言えばこう言ってくるニアースさんの口を閉じさせた。
あの人は頑固な人だ。
けれどここまで僕らの言葉を正面から跳ね飛ばすのは、大人気ないという気がする。
でも、だからこそ気がついた。
この人は何かをやろうとしているんだって。
「レンさん。何か考えがあるんですね?」
僕はレンさんの顔色を気にしながら尋ねた。
伺っていた顔は口角を上げて、錆びているような歯を見せた。
「ジズごと奴らを倒す」
「ジズごと?な、何言って」
「ベンヌシステム──ですね」
僕がレンさんが言ったことのおかしさに動揺していた時、ニアースさんはそれを分かっていた。
べ、ベンヌ? ベンヌシステム?
「何ですかそれ?」
「万が一ジズが負けるようなことがあった時のためにある装置。噂レベルだと思っていましたけど、存在したんですね」
「だからそれって何なんですか!」
「じゃあな、お前ら」
結局それが何なのか僕に誰も説明しないままレンさんだけが歩き出した。
誰も彼を止めようとしない。
一番近くにいたニアースさんでさえ、ただ見送っていた。
シンジュウクラスの件があるので、ベンヌシステムも教えてもらえないものだと思うことにした。
きっと僕がそれを知ったら、力ずくでもレンさんを止めるんだろうな。
「待てよレンさん」
カインさんが今更そう言った。
「システムの起動ボタンはあんたの部屋にあるんだろうけど、そこまで無事にたどり着けるのかよ」
思っていたほどレンさんは遠くに行っていなかった。
まだ僕らの方に戻ってきても恥ずかしく無い距離。
それでも彼は僕らに背中を見せたまま。
「自分らは特別な力があるからって俺らをよ、弱いと思ってんじゃねえぞ?」
「レンさんも死ぬつもりなんだろ。そのシステムを起動させたら生きるつもりないんだろ」
「──死にたいと思って倒れるやつはいない。誰もが最後まで生きたいと思って死んでいく。それは、いつの世も変わらねえ」
「じゃあ、生きて帰ってこいよ!」
僕らがずっと言いたかった言葉。
今まで僕らのために危険を冒した全員へ言いたい言葉。
とうとう表に出た言葉に無性に手を握りしめたくなった。
「いいかお前ら? もうお前らはジズクラスなんてもんに縛られねえ。兵士なんてやめて自由に生きてみろ。地上は地獄だが少なくとも、こんな毎日じゃないはずだ」
これがレンさんの言いたいことだったんだろうか。
最後まで背を向けたままだった彼は、僕らが行かない方の道へと行ってしまった。
その背中が見えなくなるまで僕らは黙っていた。
「私たちは外へ行きましょう」
「どうやってジズから出ましょうか。洞窟の入り口は使えませんし」
「確かダクは壁を突き破ってドミーが入ってきたって言ってたよな。ならその穴を──」
「ダメよ。またそこからドミーが入って来たら最悪よ」
ニアースさんが言った通りそれは少し考えれば選択肢としてありえない。
だが今の状況ではあり得るかもしれない。
洞窟は使えない。
というよりも今更気がついた。
ジズにはそこ以外に外に出る道がない。
生活区の扉の構造。
そしてジズの出入り口は1つ。
まるで攻められた者が追い込まれるように作られた設計と疑いたくなる。
「じゃあ秘密のルートだナ!」
「チャップさんこんな時に冗談は・・・」
その危機感のなさには失望しかけた。
だがその声でその言葉を聞いて、あることを思い出した。
あれは確か夜。
ドドさんと僕とチャップさんで──そうだ冗談じゃない!
あったじゃないか!
ジズには出入り口が洞窟以外にある!
「ありますよ! 秘密のルート!」
「エイドまでかよ」
「だからあるんですって外に出るルートが!」
顔を合わせたニアースさんとカインさんは、こそこそと会話をしていた。
きっと話を信じるか信じないかだろう。
でも僕はこういう時に冗談を言う人じゃない。
それにこの選択肢以外に僕らには選択肢がない。
結局僕を先頭にして秘密のルートへ進んだ。