48話 落ちた鳥の巣①
48話 落ちた鳥の巣①
────対ポルム組織ジズ 生活区
「ごごご、ご無事で何よりです!」
良かった。ダクさんも生きていた。
「職員どもは落ち着いたか?」
「はい、なんとか混乱なく今、住宅街に向かっています」
この場所もあの時来た時と変わらない。
上で戦争をしているのが信じられないくらい日常だ。
生活区は相変わらず広く、入り口の丘から遠くに見える家々は写真でも見ているかのように静か。
ここの人たちにはこの緊急事態が知らされていないのかな。
「ダク。本部で何があったんだ?」
「いきなりです。いきなりドミーが──」
〝ズゴン〟〝ズゴン〟
その音は上から何回も響いた。
響く度に気のせいか上から粉のようなものが降ってきた。
何が起ころうとしているのかは十分に察しがついた。
察しがついたのに僕は慌てなかった。
諦めていたのかもしれない。
「何だよこの音」
「来るぞ、奴らが来る! さっきと同じだ! また壁を突き破っ──」
突如、住宅街へ向かう道の方の天井が爆発いや、茶色い煙が落ちてきた。
岩と土の煙を切り裂いて、1つの人型のシルエットが落ちてきた。
それは地面に勢い良く落下し、そこでも砂煙を舞い上げる。
「ど、ドミー?」
「違いますチャップさん。あれは、ニューポルムです」
(ニューポルムが来た。終わりじゃないか。
確か僕が神獣クラスのところで見た時は2体だった。
もしその時の残りだとしたら、こいつらはあの場所からそのまま進んで洞窟を通ってここに来たことになる。
ど、どうしよう。
みんな、みんな負けたんだ。
誰もこいつらを止められなかった)
「私とあなた達なら1体くらい倒せるかしら?」
ハントさんの声には余裕があった。
だが僕はもちろん、カインさんもニアースさんもそんな余裕はない。
こいつにはバモンさんとウインさんがいても勝てなかったんだ。
ましてや僕らはアースを使い切ったと言ってもいい。飴だって3つしかない。
刀と銃と盾が揃っているのに勝てないと分かる。
生身の僕らは一体どれだけ弱いのだろう。
「無理です。今のうちに逃げま・・・逃げられない!扉が」
「扉なら今開ける」
「開けられるんですか?」
レンさんは腰につけているバッグに入っている工具で扉をいじっていた。
「たりーめーだろが。ここの人工物は全部俺が作ったんだ。俺しか知らんことだってあらぁ」
「あなたたちは行きなさい。私は無理でもあれを倒すわ」
「ハントさん! それは自殺行為ですよ!」
「良いのよそれで。私ね、もう死にたいの」
「死にたい!? どうして!」
先頭に立ったハントさんは振り返った。
やりきった後の達成感を味わっているように見えた彼女の顔。
もう死にたいって、左腕がないからですか?何て言えない。
「理由はどうでも良いでしょ?」
どうでも良いって、せめて僕達を逃す時間を稼ぐって言ってくださいよ!
なんですか死にたいって。
なんですか理由なんてどうでも良いって。
ハントさんは無言のまま僕に近づいて来た。
「ねえ、エイドくん。最後に抱きしめさせてくれないかしら」
それに対して僕が何も言う時間も与えず、彼女は僕を右腕だけで抱きしめた。
きっと何か意味があるんだろうと思った。だから抵抗はしなかった。
(この子を抱くと昔を思い出す────戦争は私から全てを奪った。
何もかもを失っても、それでも私だけが生かされて来た。
やっと取り戻しかけていた私のジズがもう終わる。
みんなも死に場所を見つけたのなら、私も見つけるべきね)
「ありがとうエイドくん。それじゃあ、私はここまでだから貴方達は生きなさいよ」
ハントさんは再び砂煙が舞う方へ向かった。
僕らはすでに開けられていた扉に向かう。
ハントさん以外の人が扉を通った後このまま僕も彼らに続いてしまいそうだったが、もう1人来ていない人がいた。
「ダクさん? 何しているんですか? 早く行きましょう」
ダクさんはハントさんと同じ方を見つめていた。
ニューポルムはまだ舞っている砂煙の中で人を殺しているのだろうか。
それとも殺して満足しているだろうか。
僕らに気がついていないとしても、のんびりニューポルムを見ている時間はない。
奴は3秒もあれば僕らを皆殺しに出来る。
「ぼぼぼ、僕も残ります」
ダクさんの背中を見てきっとそう言うんだろうなと覚悟していた。
でも言われるとやっぱりショックだ。
けれど止めている時間はない。
早くこの場から逃げないといけない。
僕は扉の方へ向かった。
しかしカインさんはダクさんに近づいた。
カインさん、洞窟では僕にあんなこと言っておいて、自分だってそうするんじゃないですか。
「な、何言ってんだダク! お前がここに残る必要なんて」
「ありますよ。忘れたんですかカインさん。僕はジズの通信クラス長ですよ?他の人に扉が開いたと知らせないと」
カインさんに両肩を揺らされながらダクさんはすらすらと喋っていた。
「でもそんなことしてもどうせみんなニューポルムに!」
「僕は役に立ちたいんです。皆さんのようにジズの一員として、ジズの人間として仕事をしたいんです!」
「……戦争で命を失うことだけが、戦いで役に立つことじゃねえんだぞ」
カインさんはそう言ってダクさんを離した。
諦めた彼は扉の前へ戻って来た。
力に任せてダクさんを僕のように担げたはずだ。
けれどダクさんの気持ちを尊重したんだと思う。
だから僕はもう、誰にも何も言わない。
「ちゃんと追いかけてこいよ。お前の無線じゃないとドーサのやつも悲しむからよ」
「・・・はい! 待っていてください!」
この会話が最後になるかもしれない。
この顔が最後の見た顔になるかもしれない。
そう思って僕は生活区の扉を閉め──閉めたらこの扉はまた、レンさんが開けないと中から開けられないんじゃと思った。
なので扉を閉める寸前で止めておいた。
僕らは進まなくちゃ行けない。
行く場所も目的もない。ただ逃げている。
けれど死ぬわけにはいかない。
心を強く保ちながら階段を一段一段踏んだ。