揺れる鳥の巣③
揺れる鳥の巣③
──ハントさんは左腕を失っていた。
腕を失くした理由はドミーと戦ったということ。
これを見せることでニアースさんを納得させた。
僕は別に「もっと見たい思ったわけではない」けれど、好奇心からハントさんの腕が生えていた左肩に目がいってしまった。
幸いなことに傷口は塞がっており、生々しい物は見えない。
肩の根元はコップの底のように丸かった。
これが傷跡?それにしては綺麗に整っている。綺麗な丸。
「すいませんでした。私ハントさんたちを疑ってそれで、最低なこと」
「良いのよ。私たちも人を疑っているもの」
ハントさんは涙を流しているニアースさんを腕で抱き寄せていた。
「おいおめえら早く行くぞ」
空気を読んだのか読まなかったのか分からないレンさんが、地下の床を持ち上げて待っている。
周囲を気にしつつその穴の中へ、暗い階段を僕は記憶を頼りにして降りて行った。
下へ下へと降りるうちに、自分たちがどれだけ追い込まれているのかを強く感じた。
「そういえばここの生活区の扉って中からは開けられないんですよね」
僕は前方にいたハントさんに尋ねた。
後ろにいるニアースさんに聞いても良かったのだが彼女はまだ、話せそうにはない。
「そうよ。でも今、生活区から出る必要があるかしら?」
「出られないですね」
出る必要、必要というか出たらドミーに殺される。
「あなたたちが本部に帰還したということは、もう少しで他のみんなも帰ってくるのかしら?」
唐突に立ち止まったハントさんが僕らの方を振り返った。
暗くて顔がよく見えなかったのがまだ良かった。
声のトーンから分かるみんなを待ち望む笑顔。
そんな風に喋ることが出来たのは、彼女が外の結果を知らないからだ。
でも、外の真実を誰が言う?
誰が言えばいい?誰が言えるだろう。
三幻鳥は負けた。シンジュウクラスも負けた。偵察クラスもジズクラスも負けた。
洞窟にはドミーが迫ってる。
こんな現実を大人ではない僕らの誰が言えるだろう。
僕らだってまだこの現実を半分疑っているというのに。
「どうしたの? 外で何があったの?」
ハントさんはここの医者だ。
だからだろうか、僕らのわずかな呼吸の変化に気がついた。
「言ってエイドくん」
彼女の後ろにいた僕が指名されたのは適当か。
何で僕がとも思ったが後ろの2人に言わせるよりはマシかもしれない。
「皆さん。僕が言うことを信じられないかもしれませんが、ドミーの群れは洞窟に入り、すぐそこの入り口まで来ています」
これで全てを察してくれれば少しは心へのショックを軽減できるだろうか。
なんて考えた僕はズルいな。
自分で綺麗に全てを言わないで、相手に想像させているんだから。
「それってつまり・・・バモンくんたちが負けたってこと? ねぇ、正直に答えて?」
大人の人が怒鳴っても案外大したことはないと感じた。
これならニアースさんが怒鳴った時の方がよっぽど怯む。
「はい。そうでなければジズクラスのところまで、ドミーたちが来れないかと思います」
「バモンくんが? ウインくんが? アマウちゃんが負けた? みんな……死んだの?」
ハントさんはしゃがみこんでしまった。でもこれは事実だから慰めようもない。
「死体は僕らも見てません。だから可能性は──」
「大人が子供の前でみっともねえ!」
一番後ろにいたレンさんの轟音が、人1人分くらいの幅の通路を揺らす。
「ケア・ハント。お前の気持ちは分かる。だが俺もチャップもそんでこいつらも耐えてる。お前もシャキッとしねえか!」
「あなたは分かっているの? 援軍はもう来ない! 私たちは死ぬしかないのよ!ドミーに食われて終わ──」
「もう諦めているのか? まだ兵力は残ってる。地の利を活かせば勝てる」
レンさんは最後尾から全員を押し退けて生活区の扉の前に立った。
「そ、そうだゾ! まだここから逆転できル!この伝説の料理人プリップ──」
「さ、お前ら行け行け」
「レンさんは?」
扉を開けたまま僕らを先に行かせるレンさんが、ドーサさんの後ろ姿と重なった。
「入るに決まってんだろ。殺す気か!」
レンさんは全員が入るとこちらへ足を踏み入れ、思い切り扉を閉めた。