47話 揺れる鳥の巣①
47話 揺れる鳥の巣①
「──三幻鳥クラスが負けたんだよ」
三幻鳥クラスが、負けた?
バモンさん、ウインさん、アマウさんが負けた?
「……は、はは。そんなことありえない。ですよねニアースさん?」
「エイドが神獣クラスの戦闘を見たってことは」
「そうだ。その神獣クラスの前の第1地点にいる三幻鳥が負けたってことだ」
2人とも普通に会話をしていた。
任務の報告をするように普通につっかえずに噛まずに。
「あ、ありえないですよ! たまたま逃した敵が来ただけで、バモンさん達が負けるはずない!」
信じられない僕は叫んでいた。
いや、認めなくなかったのかな。
2人の言ったことには説得力しかない。
だからだ、それを認めたくないから叫んでいたんだ。
その事実に何も言い返せないから叫ぶしかなかった。
「三幻鳥は死んだ。神獣クラスもダメ。偵察クラスそしてジズクラスもこの有様。戦争は終わりだ。勝負はついた。ジズの負けだ。だが相手はこちらの降伏を受け入れないだろうな」
ドーサさんは残酷にもそう言った。
黙り込んだ僕らを置いて、岩の壁の前で立ち続けるカインさんの肩に手を乗せた。
そうする彼は僕の知っている中で一番優しく見えた。
「カイン。もう撤退しろ」
「話、聞いてたけどよ。俺たちがジズに戻って入り口を封鎖するってやつ、お前も一緒にジズに戻ればいいだろ?なんでニアース班だけなんだよ」
「じゃあどうする?前からはどうせ洞窟の中を埋め尽くすドミーが来てる。お前がアースの力を解除してただの土になった壁で、お前たちがジズに戻って連中が逃げる時間が稼げるのかよ!」
「別にお前1人と土の壁大差ないだろ。それに暫くは岩のまんまだぞ」
「……かもな。でも俺はまだ、力を出せる」
ドーサさんは胸ポケットに手を入れると飴を取り出した。
彼の武器であろう背負っていた棍棒のようなものを頭に当てた。
「おい!早まるなよドーサ」
「飴は5個あんだよ。さらに体を捧げればアースだってまだいけ──」
僕はドーサさんの手首を掴んでいた。
強引に棍棒を降ろさせた。
そうしたのは、一斉に自殺していくシンジュウクラスのあの光景を見たからだと思う。
当然彼は僕の手を振り払う。
「なんだよエイド・レリフ」
「ニアースさんとカインさんは先に行ってください。僕はドーサさんとここに残ります」
「なら私だって!」
「ダメですニアースさん。カインさんと一緒にジズへ行ってください」
「どうしてエイドが残るのよ!」
それが分からないんだ。
けど、どんなにまともそうなことを言ったってどうせ2人は僕に反論するじゃないですか。
だからなんて言おうか、なんと説明しようか迷った。
その時、この場を見てふと思ったことをそのまま言うことにした。
今日履く靴下を選ぶような、そんな軽い気持ちでその言葉を選んだ。
「だって、洞窟には火が必要じゃないですか」
「ダセぇこと言ってんじゃねえ!」
変なことを言ったつもりはなかった。
なのにドーサさんに殴られた。
懐かしい感じがしたと思ったら体は宙に浮いてニアースさんに受け止められていた。
おかげで頭を強く打たなかったから、あの時と違って意識はしっかりしていた。
だからドーサさんを相手に怯んでいるニアースさんの顔も見えた。
僕の名前を呼んで駆けつけたカインさんのことも。
「……カインさん。壁から手を離して良いんですか?」
「しまっ──」
「もう良いカイン。お前の守る力はこの後も必要とされる。ちゃんと休んでおけ」
「ちょっと待ってくださいよドーサさん!」
「エイド・レリフ!!」
ドーサさんは他の誰の言葉も寄せ付けないくらいの声を出した。
「お前〝ポルム、ドミーを倒すまでは僕たちと仲間でいてくれませんか?〟ってあの時俺に言ったよな?そん時に俺は自分の中でもう二度と、仲間を見殺しにしないっていう決まりを作ったんだ」
「……そんな。よしてください!」
「早く行けええ!!」
「ドーサお前、本気で殿をするつもりじゃ……」
カインさんは直接彼に近づいた。
2人は僕らに背を向ける。
僕もニーアスさんも、今の彼らの顔を見ていない。
唯一ドーサさんの顔を見たカインさんは覚悟を決めた目をして、こちらを振り返った。
「行くぞエイド」
自分で立てるのにカインさんに荷物のように担がれた。
視界には洞窟の奥しか見えない。
ドーサさんの姿は首を横に曲げても見えなかった。
後ろを振り返ることすら担ぐ彼が許さなかった。
「おろしてくださいカインさん! ニアースさんもなんとか言ってください!」
3人が去っていく中、シウダー・ドーサは怯えていなかった。
目の前の岩の壁が崩れた時のことなど考えていない。
彼はただ、後ろの3人が生きていれば良いと独りで思っていた。
「エイド・レリフ!いや、エイド(この戦争が終わっても俺と仲間で居てくれないか?って言うのはちょっと俺らしくねえか)」
「エイド・レリフ!!」
「な、なんですか!」
「とっとと行けニアース班! お前らは形だけの仲間だ! お前らはやっぱり仲間じゃねえ!(あーあ。俺ほんとバカだな。何でそんな奴のために今、命張ってんだよ)」
「下ろしてくださいカインさん! あのままじゃドーサさんが! カインさん!」
カインさんの背中と肩を叩いた。
硬い岩の体にはなんの意味もない。
僕を担ぎながらただただ、ジズの方へと向かっていく。
「嫌だ! ドーサさんドーサさん! ドーサさーん!!」
(たくどいつもこいつも俺の名前呼びやがって。
これじゃあまた名前変えないといけねえな。
さっきよりもドミーが増えたってことは、第3地点のレイユとロイトも先に死んだかな。
結局あの2人も守れなかった。
でも最期の最期でやっと、やれなかったことを達成できそうだ。
みんな、もう少しで会いに行くぞ。
結構頑張ったろ俺?だから俺のこと許してくれよ。
なぁ、良いだろう?)
長い息を吐いたドーサは手の中にある飴を全て口に含んだ。
そして持っていた鎚矛についていた短剣を外してそれを握りしめる。
少年の頬は震えている。
だが頷くとすぐに、それを自分の心臓に刺した。
「アースオブ──ワイバオム!」
少年は緑色に輝く何かに包まれた。
それは洞窟の外へ漏れ出し、そこらにいたドミーたちを飲み込んだ。
飲み込まれたドミーたちは皆その場に転がりもがき、断末魔をあげて苦しんで消えていく。
ドーサを包んだその緑色の中から現れたのは、葉桜のような緑の鱗を全身に身につけた少年──だったもの。
頭には鹿と同じ枝状の角を生やしている。
手足には竜の爪。そして鱗と同じ色の蛇の尻尾も生えている。
「化け物ども深緑の炎は見たことあるか?」
そう言って赤い目をした彼は口から緑色の炎を吹いた。
彼──シウダー・ドーサはドラゴンになった。
やっぱり炎は十分だエイド。
お前はここにはいらねえよ。先に行って正解だ。
でも1人は寂しいから、その気持ちだけ置いていってくれ。
ワイバオム──緑色のドラゴン。沼地とそこの生命体を守る幻獣。口から吐く緑の炎はリヴァイアの水でも消えないと言う。