マボロシの終わり③
マボロシの終わり③
1体のニューポルムがウインへの一歩を踏み出す。
ウインは悪夢の映像を思い出していた。
イラ・アマウが即死した瞬間である。
彼はなぜ彼女がああなったのかをその時は分からなかったが今、ニューポルムの刃物状の手を見て呆れてしまうほどに理解した。
「……終わりか」
何もない草原はウインたちよりも倍近い速度で動けるニューポルムにとって負けるはずがないシチュエーションだった。
そう、何もなければ。
ウインを仕留めにかかったニューポルムはその1歩目で、足を何かに引っ張られたようにして地面に顔を激しくぶつけた。
何につまずいたのか。石?
いや、ここにある石は全て砂に等しい小石。
ニューポルムの足元にあったのは彼らが自ら作り出した障害物だった。
もうそれを作り出したことさえ忘れているだろう。
出会って数秒で瞬殺した相手が、まさか自分の足元にいると思うだろうか。
「……アマウ」
障害物となったイラ・アマウはもちろん死んでいた。彼女はもう死体。
しかしそんな死体の手がニューポルムの足首部分を捉えていたのだ。
これは偶然だろう。しかしウインはそれを偶然と感じない。
「アマウが助けてくれたのか」
(〝まだ、諦めるな!〟ってか?言いそうだなお前なら。
俺の肩を叩いてそんでワイアットに俺が弱気になってるって、ちくりそうだ。
そうだな。まだ生きてるもんな俺。
お前らが稼いだ時間は絶対に勝利へ繋げてみせる!)
「最大限の力を俺によこせ! ケツアル!」
もはや鳥と呼んでも良い姿になっていたウインを、その場で発生した竜巻が飲み込む。竜巻はウインの頭上にあった氷の隕石に到達した。
竜巻はその氷の隕石ごと周囲の物を巻き込んでいく。
「ケツアルダイブ!!」
口が嘴となりそれが自分の体になり始めていた彼にはもはや、言葉を発すのが困難になっていた。
腕は完全に翼となった。
足も人の足とは思えぬほど筋肉で膨れている。
身体中にに翠色の羽。
声以外のどこにもアベル・ウインの面影はない。
けれどそんな体になりつつも青年はまだ、人間を忘れていなかった。
(敵1体を倒すのに死ぬほどの力を使って、何がジズ最強戦力の三幻鳥クラスだよ。
しかも敵を倒す方法も結局道連れだし、かっこ悪いな。
俺たちの後ろにいる奴らには本当すまねえわ。
──思えば、生きるか死ぬかの時代に生まれて、兵士としてしか生きられなくて殺ししかしなかった。
そんで何かを成すことも出来ずもう死ぬのか俺。俺の人生って意味あったのかね~。
けど、もうちょっとで俺の夢が叶いそうだった。
ま、この戦いが終わった時には叶ってるだろうけど。
ジズにはまだドドもいれば、嫌いだけど神獣クラス、黒装束の者もいる。
そんでジズクラスのあの3人がいる。
ジズは負けねえ。俺らなんて初戦にふさわしい雑魚なんだよ!)
「ザマーミロ! ニューポルム!」
ウインが翼を地面に向けて羽ばたくと大地を削る竜巻によって水の隕石が一気に叩きつけられた。
破裂音が荒野に轟く。それは大地が砕けた音。
ウインの操作していた氷の隕石は狙い通りの場所に落下した。
大地には亀裂空には土が舞う。
破裂音の中心は転んで逃げ遅れたニューポルムがいたところ。
氷柱の生えた氷の隕石に押しつぶされたそれは串刺しになり破裂し、再生できぬほど粉々にすり潰されただろう。
その周囲には砕けた氷が散弾のごとく弾けた。
倒れていたバモン、ウインもそれに巻き込まれていた。
彼らの姿は土の煙でもう見えない。
だが隕石が落ちたすぐ側にいて助かる可能性はおそらく、無に等しいだろう。
彼らは敵を倒しはした。
だが、残り2体の直撃を避けたニューポルムは再生をしながら草原に立っていた。
ジズ最強戦力と言われた彼らが、命をかけて倒せたその敵の数は1。
倒すことが出来る最低限の数字だった。
残った2体のニューポルムは再び1歩を踏み出す。
今度はしっかりと足元を確認してから。