42話 今だけの時間①
42話 今だけの時間①
────対ポルム組織ジズ ダク・ターリンの部屋(放送室)
嘘だ。何かの間違いだ。
どうしてピキが?
ドミーなんかになるわけがない!
ジズにいるのになんでポルムに寄生されるんだ!
「ピキ!」
エイドはその部屋にその名前を響かせると、膝に手をつき乱れている呼吸を整えた。
部屋にはニアースとカイン。ダクがいた。
部屋の隅には黒い布をかけられた四角いシルエットがある。
「エイド! どこへ行っていたの!?」
ニアースのその質問には遅れてやってきたドドが答えた。
「ちょっと散歩をしてただけだ」
ドドはあくまでも冷静を装った。
そうすることですぐにニアースの疑問を払拭した。
「ダク、ピキがドミーになったのを知っているのはここにいる奴らだけか?」
「たたた、多分。でもそのうち……」
「んなこたあ分かってる。組織内にドミーがいたら大変だ。そうなった時のために何かしらの対策はしてるだろうさ」
「ピキはここですか?」
落ち着いたエイドが部屋の一番奥を指差す。
黒い布をかけられた四角いシルエット。彼はそれに近づいた。
「見ないほうが良いわよ。もうそれはウサギではないから」
ニアースがエイドの気持ちを想い、そう言ったにも関わらず彼は黒い布を剥がした。
「・・・ピキ」
(檻の中にいたのは僕の知っている生き物ではなかった。
ピクピクと動かす鼻には紫色の瞳の模様。
長い耳にも同じものがあった。
目は白目を向いていて前よりも大きくなった前歯が皮膚を破り、露出している。
間違いない。
これはポルムに寄生されたドミーだ。ウサギじゃない)
「ピキはけがをしているんですね。は、ハントさんに見せて治してもら──」
「認めるんだエイド。俺にだって分かった。これはポルムアイだ!」
何を思ったのかエイドはそのゲージを開けようとした。
しかしカインが咄嗟に彼の震えている両手を掴んだ。
少年は掴まれた手を捻ったりくねらせていたが、握る彼もその度に力を入れた。
エイドが抵抗をやめるとドドも近づく。
「エイド。やれるか?」
少年には「何をやるのか」分からなかった。
だが、ドドが背負っている長銃を手に取ったのを見て「何をやるのか」が明確になった。
「やれるって、正気ですかドドさん!」
声以上に力が入ったエイドの体はカインを突き飛ばした。
そうなった彼には誰も近づけない。
ニアースでも彼が怖くなった。
少年と少女たちは彼からどんどん遠ざかっていく。
けれど、ドドだけは彼のそばを離れない。
「それはもうドミーだ」
「どうしてドミーになったんですか! 出会った時はなんともなかった! 前に抱いた時だってなんとも!」
「それを撃ってくださいドド」
突如部屋に入ってきた白衣の男。
皆が彼の通り道を空ける。
近づくマダー・ステダリーを見てエイドは絶望を感じた。
白衣の男は手にしていた散弾銃をドドに手渡す。
男はそれを震える声と手で受け取った。
「ステダリーさん……」
「どこでポルムに寄生されドミーになったかはその後に調べましょう。とにかく今は──」
「待ってください!」
エイドはピキがいるゲージの前に大の字で立った。
(このまま誰かがアクションを起こさなかったら数秒後にはピキは撃たれる。
この人はそういう人だ。
一度敵と見なしたらどんな手を使っても殺す。
だから僕が行動を起こすんだ。
怖いけれど、大人は誰も助けてくれないから!)
「ピキは危険と決まったわけじゃないです」
「君は我々を食べる怪物を抱けるのですか?」
「ピキは怪物じゃありません!」
「ピキ?・・・あぁ、それの名前ですか。でもそれの名前は、ドミーですよ」
「どくんだエイド。お前が出来ないなら俺が撃つ」
銃など持ち慣れているはずのドドの手元は震えていた。
男は明らかに隣にいる白衣の男からプレッシャーを感じていたのだ。
心の準備をする必要が分からない白衣の男には、人の顔を撃ち慣れている狙撃手でさえも怯えるのだった。
「ドドさんは寄生されている僕を撃てますか?」
「何を言ってる!」
「ドドさんがピキに銃を向けることが出来るのは、それが人間ではないからですか?」
男はついさっき、地上でエイドとした会話を思い出した。それは少年もだった。
2人ともその時の会話の続きをしている気分だった。
「当たり前だろう。それはドミーだ。ましてや人じゃない動物だ。躊躇する理由がない」
「何で人間だったら躊躇するのに、動物だったら躊躇しないんですか! 同じ命ですよ!」
「ポルムに寄生された動物がどれだけの人を殺したと思ってる!」
男のそれは少年の言ったことの答えにはなっていなかった。
答えになっていなかったが、エイドはドドの顔から目をそらして、黙り込んだ。
「お前は6年前を知らねえからそうしていられるんだ。その檻だっていつ破られるか分からないぞ!」
(ドドさんはズルいんだ。
そうやって僕の知らないことや、僕では考えられないことを言って反論させない。
6年前なんか知るわけないだろ!
そもそも僕は何も知らないんだ!
こんな世界嫌いだった。
だけど少しこんな世界の良いところも知った。
その1つがピキだ。
僕にとって、何もない僕にとって、ピキは特別なんだ)
「そうですね。そのドミーがゲージから出てきたら危険です。みなさん退避しましょう」
ステダリーが手の平を2回叩くと彼と少年たちは黙って部屋を出た。
部屋の外から白衣の男と一緒に中の様子を見守る。
エイドには彼らが心のない人間に見えただろう。
だが彼らは冷たい人間なわけではない。
むしろこうするのが普通なのだ。
「エイドも早く部屋から出ろ!」
「嫌ですよ。もうちょっと時間をください」
「彼ごと撃ちなさいドド。最悪の場合ハントくんがいます」
(……この人は正気か? それはエイドを殺せということか? )
「何をしているのですドド。対ポルム組織ジズの中にドミーですよ。緊急事態です」
動かないドドを見かねてステダリーは再度、部屋に入った。
自分の手を上げて電源を入れるようにドドの肩に手を置く。その時──
〝ズゴンッ〟
ドドは自分が引き金を引いたことをその激しい音を聞いて自覚した。
まるで何本もの木が同時に折れたような爆発音は部屋の外まで響いた。
しかし廊下にいた少年少女たちはその音に驚きもしなければ中の様子も心配してもいなかった。
撃たれたはずのエイドも恐怖は感じていなかった。
なぜならエイドたちの目には、彼が見えていた。
オレンジ色の羽を生やしたワイアット・バモンが部屋の入り口に立っていたのだ。
放たれたはずの散弾は氷の粒となり空中に浮いている。
「何を焦っているファイン・ドド」
青年は冷気を発したまま部屋に入った。