6年前②
6年前②
「ポルムの登場で6年前は世界中が大混乱だった。生き物は無差別にポルムに寄生されて、やがてドミーになり無差別に生き物を襲う。豚のドミーが人間を食ってる動画が俺は未だに忘れられねえ」
「豚が人を食べたんですか!?」
「そんなことが毎日のように起きてた。ドミーになると完全にポルムに支配される。ドミーは怪物だ。元の生き物がなんだろうがドミーになれば全部同じさ」
「でも人間には武器があるじゃないですか!銃とか使えばドミーには食べられないんじゃ……」
「それがな、ドミーになると運動能力がありえないほど上昇する。特に二足歩行のドミーは戦闘機でさえ相手にならないくらいだ」
「二足歩行って、人間のドミーですか?」
いつか話の中に現れると思っていた人間のドミー。人が寄生されて人を襲うなんて、きっと僕なんかの想像を遥かに超える地獄なんだろう。
「いやそれが、人はドミーにならなかった」
「えっ?」
「人もポルムに寄生はされたがドミーになる前に肉体が死んだ」
「殺したんですか?」
反射的にそう言っていた。今の僕は返答次第で相手を殺す──きっとそんな目をしているんだろう。だからドドさんは一瞬、麻痺したみたいに口が動かせていなかった。
「・・・中には殺された人もいただろう。けどほとんどが自滅した。原因は不明だがドミーの超人的な肉体変化に、体がついていけなかったんだと言われている」
「じゃあ二足歩行のドミーっていったい?」
「もともと少し二足歩行ができる動物、猿とか熊がドミーになって完全な二足歩行ができるようになったんだ」
「すごい進化ですね」
「そうだ。脳に寄生したポルムは脳を完全活用するらしい。そのせいで色んな生き物が怪物化した」
「人間はそんな怪物を相手にどう戦ったんですか?」
「やっぱりその国の軍隊だ。警察もだな。武器が持てる国では個人的にも戦っていたがな」
「でも相手は運動能力がとんでもないモンスターなんですよね。それじゃあ戦っても・・・」
豚でさえ人を殺してしまうんだ。鋭い牙や爪を持った生き物のドミーに人は勝てるのだろうか。
「結果から言うと、人間は完全敗北だ」
今のドドさんの声は、洞窟を抜ける風に流されそうだった。でもそれは僕も同じ。だって、完全敗北なんて信じられないよ。
「か、完全敗北って?」
「文字通りだ。人はポルムに勝てなかった」
「そ、それでも今僕たちは生きてるじゃないですか」
「エイド、俺たちは残されたわずかな人類だ」
「他の場所にはもう人がいないってことですか?」
「そうだな。有名な話で言えば遥か東にある──いや、そこにあった日本て国だがそこにいた人間は絶滅したと聞いている。政府のお偉いさん達すら逃げられなかったんだとよ」
「ひ、1つの国が滅びたんですか・・・?」
「まあそんくらいポルムの寄生とドミーが襲いかかってくるペースの早さが尋常じゃないってことだ」
「他の国と助けあったりしなかったんですか!?」
「もちろんしていた。しかしどの国も自国のことで精一杯だったんだ。けどな、日本の壊滅の知らせで残った地域全てが同盟を結んだ14連合軍だ。国同士の因縁とかもそん時は関係なく世界が1つだった」
「その、14連合軍でも・・・?」
「ああ、さっき言った通り人類は負けた。殺すために作った兵器でも使うのはただの人間。
当時世界最強の戦闘機を超える速さや、核の発射台をひっくり返す力を持ったドミーには勝てっこない。ま、いざ戦ってそれに気がついた時にはもう、死んでいるんだけどな」
世界が1つになって戦ったのに勝てなかった。それが今の世界の敵。
「でも僕らのように生きている人たちがいるってことは人類は全滅しなかったんですよね」
「それが謎なんだよ。ポルムもドミーもある時を境に急に襲ってこなくなったんだ」
「急にですか?何かを達成したんですかね」
冗談のつもりでそう言った。でもドドさんは微塵も笑わない。
「そうだ、お前のようにみんながそう考えた。空腹が満たされたとか繁殖期に入ったとか、後は単に飽きたとか」
「繁殖だけはやめて欲しいです」
「ごもっともだ。けど未だに原因は不明でたまにドミーを見かける程度。そもそもポルムの誕生も謎だ。宇宙人とか生物兵器って説があるが証拠はねえ」
「でも取り合えずは一安心ですね」
「人だけで世界の8割以上が死んだらしいけどな」
あまりにも無神経だった僕にドドさんが威圧的な声と目を向けた。世界の半分以上の人が亡くなった。しかも人間だけで。全然安心なんか出来ない。
「ごめんなさい」
「いや、当時は俺もそう思ったさ。でもなエイド、人間もやられたままでは終わらない。俺たちは反撃する」
「でも相手は怪物なんですよね」
「そうだ。だから俺たちも怪物になることにしたのさ」
そう言ってからドドさんの目が左右に動いた。そうして誰もいないのを確認すると、「俺たちの家こそ対ポルム組織ジズだ!」と、宣言するように洞窟の奥を指さした。でも僕にはまだピンとこない。
「えっと・・・怪物になるってどういうことですか?」
「わ、悪いがそれだけは今のお前には言えねえ」
頭をかいたり、目を合わせなかったり、口元に手を当てたりてして変なドドさん。怪物になるという大事なことを今の僕には教えられない。何か秘密的なこと?そんな危険そうなことをしているポルムと戦う組織に、僕は向かっていたのか。
「でも俺たちは今度こそ勝つ。勝って地上を取り戻す」
「僕が対ポルム組織ジズに行っても良いのでしょうか?僕は今、世界のことを少し知ったばかりの人間ですし、正直ポルムと戦いたくはないです。何より──死にたくないです」
ここまで連れてきてもらって、話をしてもらってこんなことを言うのは、相手を傷つける裏切り行為だと分かっていた。でも思っていることは伝えたかった。後から伝えるよりは早い方がいいと思ったから。
「来てくれるだけで、いてくれるだけで良いんだ」
ドドさんはそう言って笑った。騙すような笑顔じゃなくて、僕に来て欲しいと心から言っている。でも、その優しさが僕には辛かった。
「そんな、ただの邪魔じゃないですか?」
「んなわけあるかよ。お前のような生存者は俺たち戦う人間の希望になる。何をするかは来てから決めても良いだろ?」
そうなのだろうか。でも確かにこの先を見ないで判断をするべきではない。ドドさんの第一印象もそうだった。それに考えてみれば僕には他に行くところがない。地上は安全じゃないんだし。
「ドドさんがそう言ってくれるなら僕、ジズに行きます!」
「よし! じゃあ今度こそ帰るか!」
ドドさんは僕の背中を軽く叩いた。それでも少し痛かったけど、ようやく洞窟に明るさが戻って嬉しい。